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あらかじめ決められた恋人たちへ「4'」

第2章「記憶・歯車・意識的特異点とプラグアンドプレイ」

第1章はここから


 夢際伝言板 @月◯☆日(△曜日)
 *伝言板の内容は、本日限りです。
 〈御用件〉 
・死ぬってどんな感じなんだい?
・どうでしょうね、そんなに悪くないわ。ただ意識になるだけよ。
・カズチャンネルで言ってんだ。惑星間のパンツのサイズ表記が統一されたってよ。
・それは喜ばしいことだわ。火星と木星の表記がややこしくて困ってたのよ。
・笑えるな。
・ねえ、今どんな感じなんだい?
・自由——なのかな?
・でも君ともう逢うことはできない。僕は悲しい。
・そんなことないわ、私たちの意識は繋がってる。
・あっ流れ星だ!
・それは私よ。
・そうなの?
・疑うの?
・ううん。あれは君だ。とても綺麗だよ。
・ありがとう、嬉しいわ。
・今度はいつ逢えるの?
・そうね、私を思い出してくれたときかな?
・いつも君のことを想ってるよ。
・冗談でしょ?
・本当さ。
・カズチャンネルが始まったよ。
・なんて言ってるの?
・自己殺人者の増加についてだよ。
・多いからね。
・君に聞くのもなんだけど、なんでだと思う?
・個を理解した気になっているからよ。
・個を理解する?
・そうよ。いつかあなたも自分自身を理解できる日がくるわ。
・僕自身を理解する日か……。
・そのときまた逢いましょう。
・また今度——夢の中で。

     14   

「よく飽きずに本を読んでいられるわね」
「そうかい? 好きなことだからじゃないかな」
「それでも飽きるわよ。一日中なんて頭が可笑しくなっちゃうわ」
 僕らはピーナッツを齧りながら話した。
「君は夢中になれることってないの?」
 彼女は上を向いたり、下を向いたりして考えた。その間ずっと右手の人差し指は右目の泣きぼくろを押さえていた。指が離れると何かしら頭に浮かんだのだろうか? 何事もなかったようにビールを流し込んで言った。
「ないわ」
「悲しいことだな」
「そんなことはどうでもいいのよ」
 少しだけふて腐れて言う。
「そんなに面白いの?」
 興味はあるようだ。
「面白いさ」
 僕はこの本について話した。

「こんなことが本当にあるのか? この世界は——、四次元の立方体は閉鎖を始めている。僕はついにヤマドリダケモドキに辿り着けるというのか?」(「惑星は銀河の夢を見る」1968年)
 ラークが機星ピューレムの高軌道上に生息する巨大鯨の鼻の中にあるワームホールを通過する際、五次元世界の真実から四次元世界を観察した時に発せられた言葉で、僕はこのフレーズがこの本の醍醐味だと思っている。
『惑星は銀河の夢を見る』は機星ピューレムと機星ジェイルスの両星が惑星ヤマトリダケモドキを巡る42回目の戦争の物語で、エリエゼル計画の生き残りであるラークが、遥か数千年昔に核戦争で滅びた地球に似た惑星ヤマトリダケモドキに人類の魂を移し替えるというSF小説なんだ。
 そして個人的に面白いのがね、キノコ菌を巡り戦争が起こっているということさ。機星ではキノコ菌が発生しない仕組みになっていて、たまに偶然できるキノコを巡って争いが起こるような星なんだ。何故発生しないのかは書かれてはないけど、それでみんなキノコが大好きで笑っちゃうだろ。僕は世界で一番嫌いな食べ物だけどね。
 ラークは地球人の生き残りで数千年の間眠りに就いていて、冒頭でピューレム人の女性博士であるランウェイがラークが目覚めるシーンでこう言ってる。
「ああ、神がついにお目覚めになった」
 ラークはここで第二の誕生を果たして人間を超越した存在に位置づけられるんだ。そのあと機星間の戦争に巻き込まれるのだけど——、まあ詳しくは今度本を貸すよ——えっ、大丈夫? それで? ああ、うん、それでね。
 このシーンが好きなのはね、錯覚の存在世界が失われていくということなんだ。
 それは生が失われていくことで、全てが零に戻って、五次元でもあり四次元でもある世界になるということ、つまりは身体があると思い込んでいたことが——心、魂が再生、浄化していくというシーンなんだ。その魂ってのが絶対的自己愛、そして自他愛でもある。
 結局? 
 結局のところはラークとランウェイ以外の人間は死んでしまって、二人はヤマドリダケモドキで暮らすことになるんだ。ピューレムは白き星と呼ばれヤマトリダケモドキの衛生になり、ジェイルスは黒き星と呼ばれて亡くなった人間の魂を補完して宇宙の彼方に飛ばしたんだ。
 ヤマトリダケモドキに魂を移し替えるんじゃなかったかって?
 初めはそのはずだったんだ。でも、ラークにはそれができなかったんだ。ジェイルスにある魂を宇宙の始まりと終わり、可測宇宙の彼方、つまりは平行する複数の宇宙のどこかへ飛ばしたんだ。結局ラークは神でもなんでもなかったんだよ。人間が創り出した想像神でしかなくて、どうすることもできなかったって話しさ。
 それで最後にね——。
 もう十分?
 分かったよ……。読みたくなったらいつでも貸すよ。

 
     15
          ☆

『猿、ゴリラ、チンパンジー。
 何故、私だけ進化してしまったんだ? 
 猿、ゴリラ、チンパンジー。
 愛していたはずのあのゴリラに美しさのかけらも感じない。
 妹のように慕っていたあの猿に愛しさのかけらも感じない。
 師のような存在だったあのチンパンジーに知性のかけらも感じない。
 猿、ゴリラ、チンパンジー。
 何故、私だけ進化してしまったんだ?
 猿、ゴリラ、チンパンジー。 
 私は孤独だ』とボクはこの夢に名付けた。

 

『テオクリトス問題
 五人のけが人が横たわっている小情景詩にテオクリトスが突っ込んでくる。
 牧歌を切り替えれば五人は助かるが、切り替えた先には一人の病人がいる。
 五人を助けるか、一人を助けるか?

 そうだな、私の答えはこうだよ。
 五人を助ければ犠牲になった一人が罪悪感になる。
 一人を助ければ、犠牲になった五人が罪悪感になる。
 私はね、五人をテオクリトスで犠牲にして、私自身で一人を谷底へ突き落とす。
 だってその一人っていうのはヒエロンニ世だろ?
 テオクリトスに手を汚させるわけにはいかないよ』とボクはこの夢に名付けた。

   

『親愛なる君へ
 既婚者である君に私の最後の書の冒頭にこんなことを記すのは常識的ではないと思っている。
 だが私は今でも君を心から愛していると伝えたい。
 私に少しの勇気と決断力があれば今頃、私の隣りで美味しいハーブティーを入れながら、その美しい笑顔を私に注いでいるのであろう。
 私の肉体はもうじき朽ちて君のことを忘れてしまうだろう。
 だが魂は君のことを決して忘れはしない。
 富や名声なんていらない。次は必ず君といつまでも一緒に居たい。
 おお神よ、どこかで私の言葉をお聞きならば、どうか最後にこの願いを次の来るべき未来へ——。
 私はこれからあなたを探しに向かいます。
 無慈悲で理不尽なこの世界の答えを問う為に——。
 神よ、あなたは今何処にいらっしゃいますか?』とボクはこの夢に名付けた。
 
          ☆

     16

「ラスベガスで休暇中だよ」
 僕は彼女の問いに答えた。
「ラスベガス? いいご身分だこと」
 彼女は新しく和紙で作られたメニューを眺めながら言った。
「それで本当はどこに行ったの?」
「さあ、分からないよ。君にも伝えてないのかい? ちょっと旅に出てくるって言ってただけで行き先なんて聞いてないよ。マスターは聞いてないの?」
 カズは拭きかけのジョッキを途中で止めて、僕をちらりと見て少しだけ笑顔を作り無言で左右に首を動かした。
「本当にどこに行ったのかしらね」
「まあ、彼のことだよ。その内尻尾でタップダンスでも踊りながら帰ってくるよ」
 
 山猫は仕事を辞めて数週間旅に出た。もしかすると数ヶ月だったかもしれないが過ぎ去ってしまえば、それが一日であろうと、一週間であろうと旅に出たという事実だけが残り、どれだけ旅をしていたなんて大して意味のないことだ。ただ、太陽は変わることなく昇っては沈み、僕はそんな世界の循環を感じることができないくらい、瞬きを繰り返しては朝と夜が交互に訪れた。
 
 山猫は僕にも、そして『命の別名』にも行き先を告げずどこかへ向かい。そして気がつけば『SIX』できんきんに冷えたビールを飲んでいた。
 それからというもの山猫は旅に出るようになった。行き先はもちろん伝えることなく、彼が居るはずの真中のバーカウンターは空席の時間がしばしば続いた。
 いつも居るはずの山猫がその場所から居なくなることが、なんだか僕にはこの世界のどこにも存在しないような気がして、光よりも早く振り返れば、進んできた道が虚空であって、やっぱり僕も存在しない人間なのかと思うことが怖くなった。でもそんなことはなくて、夏になれば汗で首筋を掻きむしり、冬になれば起毛のマフラーが首筋にちくちくして掻いた。
 
 結局のところ、今でも僕は山猫がいつもどこに旅に出ているのか知らない。山猫は話しをしないし、僕も話題を振らない。互いにどこか頑固なところがあって、僕が切り出せば楽しそうに尻尾を振りながら話すのかもしれないし、もしかするとその機会を待っているのかもしれない。だけれども、僕は山猫がどんな人間か多少なり知っているつもりだ。山猫は話したいことは自ら進んで話す。そういう人間だ。つまりは僕には話せないところへ行っているということだ。互いになんでも話せるのが親友かもしれない。でも僕らは互いに異なる存在であり、踏み込んではいけない領域があることも理解し合えるそんな親友だと思っている。

「久しく三人で飲むこともなくなったわね」
「ああ、確かにそうだ。最後に三人で飲んだのがいつだったか覚えていないくらい前のことだ」
「そうね……」
 彼女は殻のピーナッツを右手の親指と中指で転がしながら考えた。
「私もよ」
 沈黙。カズの足音、ジョッキの重なり合う高音がバックグラウンドミュージックだ。
 先に口を開いたのは彼女だった。
「彼は一体何者なのかって時々思うの」
 僕はジョッキに唇を乗せて聞いた。
「私たちと違って尻尾があって、でも私たちと何も変わらない。文字を使い、言葉を使い、ビールを飲むと酔っぱらうし、可愛い女の子を見つければ目線を向けるごく普通の人、なんて言葉にしていいのか分からないけど、でもやっぱり違う気がするの」
「それは分かる気がするよ。僕はね、彼は特別なんだと思う」
「特別?」
「そうさ、人は他人と違うことを怖がるんだ。いつでも一緒、同じじゃなきゃ不安になるだろ? 僕も同じさ。小さい頃、左利きが嫌だった。みんな右利きだったから自分だけ何故左利きなんだろうって考えたよ。僕と彼では抱えてる問題は全く違うけど、彼はどこか特別な存在じゃないのかって僕は思うんだ」
「特別ね……」
「不満かい?」
「そんなことはないわ。ただ彼のことを考えているだけよ」
「僕も一緒に考えるよ」

 広辞苑の『人間』の定義の中に、いつか『尻尾がある』がつけ加えられるかもしれないと僕は記した。
 もう一つ『神』の定義に書き加えられる可能性だってあるわけだ。
 ただ、前にも記した通り、そんなことはないと思う(たぶん)
 もしあるとするならば『尻尾の生えた人類』そんなとこだろう。

「それじゃあ一足先に僕は帰るよ」
「あら、今日は早いのね。何か予定でも?」
「ああ、定期的な父親からの呼び出しでね。これからトマトを食べに実家に帰るんだ」
「トマト?」
「そうさトマトだよ」
「どういうこと?」
「父親は完璧主義者なんだ」
「それとトマトがどう関係してるか話しが見えてこないわ」
 僕は壁に掛かった時計を確認すると、移動時間を逆算してもう少しだけ彼女とトマトについて話すことにした。
「父親はね。なんでも完璧じゃなきゃ嫌なんだ。それでね、唯一トマトが嫌いなことがコンプレックスでどうして嫌いなのか考えてたそうなんだ」
「それで?」
「自分が食べることができないのは、まだこの世界に本物のトマトが存在していないからだと気が付いたらしくて、それ以来本物のトマト作りをしているってこと。そして先日また偽物のトマトが出来上がったんだよ。本人は今度こそは本物だと思ってるだろうけどね」
「なんだか面白い人ね」
「そうかい? ただの頑固な親父だよ。毎回付き合わされるこっちの身にもなってほしいよ。僕が食べて、うんトマトの味だって言うだけに帰省してるわけだし」
「お父さんは食べないの?」
「一口も食べないさ。僕の言葉で書斎に籠ってまたトマトの資料を見て研究に戻るだけで、昔に比べれば格段に美味しくなったけどトマトはトマトだ。結局のところ本当のトマトの本当ってのが分かっていないから、いつまで経ってもトマトのままなんだ」
「究極の問いね」
「そうさ。僕にはどうでもいい問いだよ」
 時間を確認すると先ほどから長針が進んでいなかった。体感では十分は話したと思ったのだが、直ぐに電池切れだなと直感した。僕は親切心でカズに告げると一言「ありがとうございます」と一礼した。
「じゃあ行くよ」
「気をつけてね」
「君も飲み過ぎには気を付けることだな」
「心得てるわ」
 背伸びをしながら立ち上がると、首から下がったロケットペンダントが勢いよく揺れて空のジョッキに当たり店内に涼しげな音が響いた。
 申し訳なさそうに頭を下げるとペンダントを手に取り少しの間見つめた。


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