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あらかじめ決められた恋人たちへ『1"』

  

 第3章「別れ・再生・目覚めの日とシリアルストリーム」


第1章、第2章はここから

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 今宵もようこそ、なんでもあるけど、なんにもない、カズチャンネルの時間だ。
 もう何度この放送をインターネットを通じて全世界に放送しただろうか? 
 そんな何度目なんて僕自身は別に問題じゃないのだけど、やっぱり放送ってのは続く限り何度目と銘打った方が視聴者には分かりやすくていい。
 第一回放送から早くも五ニ週と二日経った。つまり今日は五三回目の放送ってことだ。
 
 五三回なんてあっという間だったよ。その間に色々なことがあった。
 そして今日で最後だ。
 みんなはこの五三週間どうだった?
『活動的』
 充実したってことかな? 
 確かに今年はこの国が揺れ、世界が揺れた。それは現在進行形で続いていることだけど、僕らについて考える機会が多かった気がするよ。様々な思想の元に様々な人間が動いて、様々な出来事があった。これも時代って言葉で一括りにしてしまえば簡単なことだけど、意思がある僕ら人間はそんな言葉一つで終わらせちゃいけないな。他には?
『彼氏に振られました』
 そーか、それは辛いことだよ。
 きっと直ぐに新しい恋が見つかるよ。僕が断言してもいい。男なんてキャラメルポップコーンみたいなものだよ。映画が見終わるまでにキャラメルがタップリついたコーンなんて何個も出てくるだろ? たまに全くついてないやつもいるけど、そいつは飲みかけのコーラの中にでもぶち込んどけばいい。大切なのはキャラメルがついているか、いないかだけなんだ。映画を見終えたとき、箱の中にはまだ大量のポップコーンが残ってるだろう。それは君に出会えなかった残念な男達だ。つまりは君にはまだこれから沢山出会いがあるってことさ。気に病むことはないよ。他にはあるかい?
『禁煙始めました』
 素晴らしいことだ。
 冷やし中華始めましたみたいに、季節限定にならなければいいけどね。僕は駄目だよ。何度禁煙しても気付けばコンビニで煙草を買ってるよ。
 これはもうどうしようもない。肩身の狭さは続くよ。
 
 さてと、じゃあ今日のミュージックはこれにしよう。 
 最新のポップミュージック「空色レター」から『散歩道』でどうだい?

夕暮れの散歩道は切ない風が吹いて
ただ、あなたを想うでしょう
ふたりで歩いた木の葉の絨毯はあの日の風にさらわれて
ただ、僕を寂しくさせるのです
窓辺に飾った花は枯れてしまったのかな
それとも、新しい花を飾っているのかな
ふと、あなたに会いたくなるのです
忘れかけた陽炎は見上げた鱗雲に
あなたを連れ去って行くでしょう
ふたりで歩いた散歩道は新しい風が吹いて僕をひとりにさせるのです
あなたの髪は伸びてしまったのかなそれとも
変わらずにあの日のままなのかな
そっとあなたを想い出すのです
木枯らしはあなたをさらって
夕焼けの空へさらわれて
遠く冬の匂いがした

 これは別れの歌だね。チープな歌詞だよね、本当に笑ってしまう。でも僕はなんとなく好きなんだ。ボーカルがタイプの女の子だからじゃないよ。本当に何となく好きなだけ。
 いつも歩いた散歩道で別れた恋人を思い出している歌だ。君たちにもあるでしょ?
 あー今あの人何してるのかな? って思うときって。
 僕はね、思うんだ。
 
 例えば卒業式、例えば会社を辞めるとき、あとはね、この歌の歌詞みたいにふと昔の恋人や友だちを思い出したとき、もう一生会わないであろうって人のこと。もちろん意識的にあいつには絶対会いたくないって奴もいるけどさ——。
『俺もあるな、小学校の時クラブ活動で仲の良かった他県の友だち』うん。
『私も、小学校の時かな。どこか遠くへ転校してしまった子』うん。
『初恋のあの娘』うん。
 みんなあると思うんだ。そんな人のことを思うときって、僕も思うんだ。だから相手も僕みたいなやついたなって思うこともあると思う。それをね、僕はこう表現するんだ。

『心に喪を纏う』って。
 
 今まで出会った——たくさんの人達、その人達を一瞬でも心に思い浮かべることができるのであれば、それはその人の「喪」を心に纏っているんだと思う。
 僕は今、ここで言いたい。
『ありがとう、君たちの心に僕の喪を纏ってくれて。
 さようなら、出会ったことのないたくさんの人達』

 最後に一通メールを紹介しようと思う。
 東京都稲城市在住。
 ハンドルネーム『深夜三時のマインドカフ』さん。
 
 ねえ、聞いてほしいの。
 あなたの寝息を感じたくて、大きな鍋いっぱいに水を貯めて火を点けた。
 なかなか水は沸騰してくれなくて、私は急かすの。早くして——早くしてって。
 ようやく沸騰を始めた水を眺めて私は急に寂しくなった。
 あなたの家の鍵を鍋の中に入れると、ぐつぐつと音を立てた。
 裸足のまま飛び出て甲州街道を歩いたわ。
 怖いくらい——とても穏やかだったの。 
 
 そこで映像は途切れた。真っ黒だ。ブラックホールみたいに吸い込まれそうな光を放つパソコンの画面には僕の顔がぼやけて映し出されて、窓辺から差し込む月の光が、今日は十五夜だと僕に思い出させた。パソコンをシャットダウンさせ冷えた珈琲を飲み干した。
 そのままどこかにあるはずの月を探した。

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