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新刊無料公開vol.6「逆算から始めよ」 #地元がヤバい本

※この記事では、11/15に刊行された『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)の発売記念として、本文を一部無料公開します。

「え、えーと、ここが裏庭で、ここに小さな小屋があって、ここが母屋になります。えーと、できれば地域における賑わいの核のような施設にできないかなと......」
つくってきた資料をプロジェクターで投影しながら、佐田たちが主催するマーケットに出店している 人ほどの人たちに解説をする。急にこんなことをするはめになったのは、僕が佐田に「本当にうちに出店してくれるなんて人がいるかわからない」と言ったことに端を発していた。わからへんならやってみいや、と言われ、単なる手伝いのはずが、マーケットの終了後、 打ち上げの前に出店者たちに実家再生計画について説明することになってしまったのだ。ほとんど何も決まっておらず、おどおどしながら説明する中、一人の出店者が手を挙げておもむろに質問を始めた。
「あのー、瀬戸さんちは、このどこをいくらで借りられるのですか〜?」 「え、えと、まだ改装費とかが決まっていないので、家賃とか細かなところは決まっていなく て、これから決めていきたいなと思ってて......」

 「お店に使うところの改装も瀬戸さんがしてくれるんですか。どこから自分で負担しないといけないんでしょうか」

 「え、えと......それもまだまったく決まっていません」

「はは、それじゃ何も決まってないじゃないすか」


みんながどっと笑い、僕はものすごく恥ずかしくなった。そのほかにも次から次へと質問されたが、ざっくりとしたことしか考えておらず、どれも「これから決めます」としか言えな い。むしろ、質問されて初めて気づいたこともたくさんあって、最後は自分が情けなくなり下を向いてしまった。
「まあ、今日は無理やりおれが瀬戸に話してくれって頼んだんや。だからまだ何も決まってへ ん。けどな、おれらが新しく何かできる場所ができるかもしれんねや。こいつが実家を壊して売っぱらうんやなく、何かを仕掛けたいって思い始めてるんはたしかや。また詰めて話するから、頼むわ」
質問が一巡したところで、佐田がいつものようにガハハと笑いながら助け船を出してくれた。
「今度、瀬戸んちにみんなで行って、現地を見て回る機会つくるから待っとってくれ。いやー、あそこ絶対めっちゃええ場所になると思うわ。おれが言うんやから間違いない。まあ、今日はひとまずお疲れさんでした!」「カンパーイ!」
乾杯をしたあとも、出店者の何人かは現地の写真を見せてくれと言ってきた。関心を持ってくれる人がたしかにいるということは自信になる。マーケットについても、今日の売り上げがこれだけあったとか、次回はここをもっと工夫しようとか、前向きな声ばかりが聞こえてくる。さすが佐田のまわりに集まってくる人は明るい。佐田が言っていたとおり、結局、何をするかも大切だけど、誰とやるかのほうがもっと大切なのだ。
2時間ほど経つとさすがに朝から動いていたこともあって、みな、三々五々帰っていった。 後片付けを手伝っていた僕に、佐田が手を動かしながら話しかけてきた。

「瀬戸、お前な、なんで事前におれに相談せえへんねん? 自分だけで抱え込んで、当日ぶっつけ本番で、今日のあれはないぞ。やったことないんやから、わからんことがあんのは当たり前や。すぐ聞かんかい」 

「う、うん。なんか忙しそうな佐田くんに相談するのは気が引けて......。でも、逆に迷惑かけちゃったね。ごめん」

 「さっさと決めていかんと、時間ないんや。銀行にもどうするかハッキリ伝えなあかんのに、 こんなスピードで進めとったら、やれるもんもやれんくなるわ。次は、瀬戸んちの現地内覧会や。それまでに大枠のプランを決める。小屋と母屋の貸出スペースを決めて、裏庭の活用方針を決める。入ってもらいたい店のイメージも何となく決めて、その業種業態に合わせて家賃を設定する。よし、今日、この場で決めるぞ」
「えっ、こ、この場で決めるの」

 「そんなもん、この場で決めても1週間後に決めても内容変わるか?」 「け、けど、そんな決め方してもうちお金ないし、失敗する余裕なんてないからさ」
慌てて言う僕に、佐田は普通に返した。
「逆算や、逆算」
「え、逆算?」「ようわからんままに、誰が入るかの営業もせんと改装費かけようとするから不安になるし、 失敗するって思うねん。それは考えてるんやなくて、単に悩んで不安になっとるだけや。最初に家賃がとれるであろう場所を決めて、その家賃総額から何年で投資回収するかを決める。あの場所なら母屋の1階に2店舗、2階に4店舗、小屋に2店舗の8店舗は入るやろ。うちのマーケットに出している今日のメンバーもおるし、おれも1階の1店舗分は借りて店やるから安心せえ」
逆算の意味より、佐田が借りてくれるという話のほうに驚いた。 「さ、佐田くんも借りてくれるの?」「せやから、一緒にやろう言うたやろ。けどな、それはお前がおれに営業して言うべき話や。なんでおれから言われて、しかもびっくりしとんねん。ええ加減にせえ」
佐田は呆れた顔をしつつ、おもむろに近くにあったイベントチラシの裏を使って、ボールペンを走らせた。
「逆算っちゅうんはこうや。ええか、8店舗で月に30万は家賃収入があるカタチになったら、 年間360万が収入になる。そのうち半分の180万を改装費に充てるとしたら、3年の投資回収なら180万×3年の540万が改装の予算。暫定的に5年の利用計画で考えれば、ざっくり360万の収入×5年=1800万で、改装投資部分の540万を引いても、1260万 が手元に残る。その中から瀬戸んちに払う金と、この事業の儲けを決める」

「なるほど......けど、そんなにうまくいくかなぁ」 

「うまくいくかちゃう、これは失敗せんための原理原則や。あとは、瀬戸、お前がうまくいかせんかい。誰がやっても、自動的に成功する手堅い方法なんてない。けど、やるべきことははっきりしとる。営業して、入る店決めて、その人らが支払える家賃から逆算して改装費を決める。そしたら、次はその資金をどうするかや。売り上げを決める、そのあとに利益を決める、 そこから差し引いた金額が使っていい経費や。昔から言うやろ、『入るを量りて出ずるを制す』って」

 「けど、正直な話、逆算しても僕のところはもう540万をぽんと出せる余裕はないよ。無理 だよ」

「お前はほんまにできへん理由を考えさせたら一流やな......。そんなもん、別で集めればええ。さっきの計算を基本に、お前が200万、おれが150万出資して小さい会社をつくる。 おれがもっと出してもええ。そこに350万融資をつけて700万の資金にすれば、初期投資の540万を引いて手元に160万残る。毎月30万が現金で入ってくるから、これで当座はなんとかなる。転貸やし、入居時に保証金とかとれば運転資金に困ることはほぼないやろ。新規創業やし、逆算営業で入居者が先に決まっていれば収入の確度は高い。それに、おれが一緒にやると言えば銀行も貸すはずや」
「......すごい。佐田くんは今までもそうやってきたの?」
「だはは! お前、東京の大学行って、働いて10年経つのにそんな計算ひとつすぐできんで何やっとったんや」
冗談めいた佐田の言葉は、悪気がなくともぐさりとくる。本当にそのとおりだと、思わず自分で笑ってしまった。
東京の大学に行って東京の会社で経験を積めば、地元のためにできることも増えるだろうと昔から何となく思っていたけれど、高校卒業後そのまま働いて、自分で事業をやっているやつ にはまったく敵わない。
「流れはわかったな? ほんまの勝負はここからや」
佐田の話は励ましにもなったし、プレッシャーにもなった。小さいまちだからとか、やったことがないからみたいな言い訳はもうきかない。
どういう場にするか、プランをつくっては佐田からメッセンジャーでダメ出しを受け、修正する毎日が続いた。佐田の店を手伝っている建築、工務店のチームが簡単な画面もつくってく れ、具体的な画も少しずつ見えてきた。あとは関心を持ってくれた人がやりたい内容に合わせ て、最終的な家賃を決めればいい。

「ここが土間です。2階にあがると、結構景色がいいんですよ」 内覧会まではあっという間だったが、佐田やその仲間が告知に協力してくれたこともあって、 20人ほどが集まった。 各部屋を回りながら説明すると、「へー風が通って気持ちいいですね」とか「裏庭にある木が大きくて気持ちいいですねー」と、自分では当たり前だと思っていた景色一つひとつに感想が寄せられる。自分が褒められているわけでもないのに、何となくこそばゆい気持ちになった。
縁側にスクリーンを置いて、一通りプロジェクターで投影しながらプランの説明をした。前回の反省を踏まえ、今後ここをどう活用していくのかというビジョンの話から始めて※19、どこが使えるのか、表通りから裏側への動線を通して人が通過できる場所にすること、裏庭の活用方法などを話した。

ビジョンの話から始めて※19…地域でのプロジェクトでは、関わる人すべてがひとつの会社の社員であることはほとんどなく、複数の仕事を掛け持ちしていることが当たり前で、むしろ無償で協力するだけの人も多くいる。強制的な業務ではないので、なぜこれが必要なのか、何を目指して取り組むのかというビジョンで共感を得られなければ、人は動かない。ビジネスモデルだけを考えるのでは不十分なのだ。いかに動機を多くの人に伝えられるかが問われる。

今回は、特段質問は出なかった。

 「すごい気持ちいい場所ですね。今店をやっているところがちょっと身に余るほど大きくて。このくらいのスケール感でできるなら、すごくいいなぁ」 「裏庭を使って、夏は映画上映会やったり、秋には焼き芋でもしたいね!」
話しているうちに、いろんな意見がどんどん出てきた。貸し出すフロアや家賃の大体の基準はもう定まっている。水回りや電気などの最低限の設備についてはこちらで投資することになったけど、それほど建物が傷んでいなかったこともあって、全体の投資額は500万円くらいに落ち着きそうだった。そ の分、家賃にも余裕が出たのがよかった。
おもむろに、一人の女性が立ちあがる。「私、自宅で子ども向けの英会話教室をやっているんですけど、今度独立しようと思っているんです。ここ、2階からの景色がとっても気持ちよくて。こういう場所で子どもたちに教えたいな、と思いました。借りたいです」「も、もちろんです。どこをご希望ですか」
簡単な図面を開いて説明を始める。ほかにも、実に10人以上の人が関心を持ってくれたのだった。やってみるからわかることが世の中にはたくさんあるんだ。不安だからとやらなければ、いつまでも不安がただそこにあるだけ※20

不安がただそこにあるだけ※20… 悩んで暗くなっている人を、誰も助けてはくれない。むしろその暗さから、さらに協力者がいなくなる。だからこそ、不安であるときほど明るく前向きに考えて、不安の原因を特定し解決する方法を試してみるなど自ら動き出すことが必要になる。そうして、明るく、一つひとつ前に進んでいけば次第に仲間が集まり、問題解決もスピードアップする。

店を閉めて売ることは簡単だけど、簡単だからいいわけじゃなかった。親父たちが商売をやっていたその場所を、次の時代に商売をやる人たちに使ってもらう。少し前には考えてもいなかったことが、実現するかもしれない。そして何より僕が人生で初めて、自分の手で物事を決め て取り組むことができるかもしれない。始めてみれば、不安よりも楽しみのほうが、ずっと大きくなっていた。
内覧会のあとにはみんなでバーベキューをしながら語り合った。酒のせいもあるのか、今ならなんでもできるような気がする。こうして、実家再生計画の歯車はいよいよ動き出したのだった。

(次回へ続く)

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木下斉
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