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気づくと溶けている時間、12月の不思議……
12月、気がつくと日が完全に落ちている今日このごろ。
ただ単に、自分の時間の使い方が下手なだけなのはわかっているんだけど、、、、
やっぱり、気がつくと日が完全に落ちている今日このごろ。
12月、1年で一番、太陽が出ている時間が短い冬至があるこの季節は、日が落ちるのがとにかく早い。午後4時半になるとほぼ暗くなっている。
夏だったら、午後6時過ぎから庭仕事を始める、なんてこともできる時期もあるけれども、この時期は絶対に無理。庭仕事をしたければ、昼間のうちに全部やっておかないといけない。でも昼間は家事や仕事がある。
ということで、気がつくと日が落ちていて、今日、やるべきことはほとんど何も進んでいない、という事態になる。
こうやって、ワタワタと毎日を過ごしているうちに、私の人生の時間っていうのは少しずつ削れていくんだな、と思う。
いや、考える。
頭ではわかっているけれども、感情的な部分では実感していない。だから、人生が削れていくっていうのは、感覚ではなく思考で考えるだけだ。
今、というワタワタと毎日のルーティンに追われる時間が永遠に続くような気もするけれども、でも、いずれ私も命が終わる。
なんにも成し遂げず、作り上げず、ただ単に終わっていくんだろうな、、、、と感じる今日このごろ。まあ、そんな人生だっていいさ。
若い頃は、あれもやりたい、これもやりたい、って思っていたこともあったけれども、なんだか知らないけれども、ほとんどのことできずにワタワタしているだけで50歳を過ぎてしまった。
このまま、やっぱり60歳を迎えて、70歳を迎えて、だんだんと本当に身体が動かなくなっていき、周りに迷惑をかけるようになっていくのだろうか。
実際に老人介護を家でしていると。自分の数十年後の姿かもしれないと考えると、ちょっと怖くもなったりする。
でも、自分がそこまで長生きできる保証もない。できることなら、そこそこ身体が動かなくなったくらいで命が終わればいいと思うけれども、自分が願うタイミングでお迎えがやってきてくれるとも限らない。
もしかしたら、明日、交通事故や心筋梗塞で突然逝くかもしれない、もしかしたら100歳まで生きちゃうかもしれない。
長生きするなら、死ぬ間際まで仕事や家事をしていたいと思う。そのためには、やっぱり今の健康を保つことか、と人生に執着していないといいながらも、やっぱり健康維持が気になる今日このごろ。
何だろ、この矛盾?