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対談:オードリー・タン × 松本紹圭 〈2〉
〈1〉 グッド・イナフに今日を生きる/今日の世界と未来の世界に共有を
〈2〉 重要なのは「space」キー/アニミズムの世界観へ変容する時を迎えて
〈3〉 よき祖先となるために、終えてゆくもの/AI時代に私たちが育む、キャンバスを描くリテラシー/何を望むかによって、掃除の仕方は変わる
重要なのは「space」キー
紹圭
あなたの視点からみて、「支配」や「所有」に満ちたこの世界をどう思いますか。
オードリー
そうだね。私のキーボードには、「control(コントロールする)」と「command(命令する)」があるみたいだ。「escape(逃げる)」もあるね。「shift(交代する)」もあるよ(笑)
そんな風にこの世界には様々な哲学がありますが、私にとって最も重要なキーは「space(余白)」です。このキーはみんなにスペースを作り、そして他のあらゆるキーと連携する。
紹圭
なるほど、最も重要なキーは「space」ですね。
あぁ、漢字で「空」。空っぽ、つまり...
オードリー
そう、「空」。
紹圭
「空」ですね。大乗仏教で最も重要な概念です。
オードリー
職務経歴書を書く時、人事のフォームに所属政党の欄があって、私は「無」とだけ書きました。性別欄にも「無」と書きましたよ(笑)
紹圭
(笑)私は、あなたが未来から来た人のように感じていました。そしていつも、菩薩のようなイメージがありました。実際にお会いしてもなお、そう感じています。
以前、オンラインでお会いした時、私はあなたに尋ねました。「いかにして私たちはよき祖先になれるのか」と。「グッド・イナフ・アンセスター(じゅうぶんな祖先)」というメッセージを携えた人に投げかけることができたのは本当に光栄でした。あの時、あなたはどう答えたか覚えていますか?
オードリー
それはもう、かつての別の人生の話だね。
紹圭
あぁそうだね、別の人生。もちろんそうだ。既にあなたの祖先のことです。昨日のあなたは既にあなたの祖先ですから。
オードリー
その通り。
紹圭
その通りですね。はい、あの時あなたの祖先は、未来世代が選択できる「より多くの選択肢を残すように」とおっしゃいました。
オードリー
ええ。そして今日、私は「より広いキャンバス」について話しましたね。とても似た考え方ですが、異なる言葉です。
紹圭
なるほど。「より広いキャンバス」についてもう少し詳しく教えていただけますか?
オードリー
はい。「より多くの選択肢」は、未来世代に選択肢を与えるように感じられますが、それは依然として相互に排他的なように思います。より多くの選択肢を作っても、彼らは1つしか選択できない。でも、「より広いキャンバス」においては、彼らは複数の選択肢を選ぶことができます。異なる考え方の組み合わせを試すこともできる。
例えば、「空」と「無」の思想を組み合わせれば、この広いキャンバスで何でも感じ得るということです。相互依存的(interdependent)、共依存的(codependent)に相互作用して存在できる。つまり、5つの選択肢を残して、そのうちの1つを選ぶというわけではありません。他の4つの選択肢は、未だ存在しない。私たちが未来世代により多くのキャンバスを残すことで、彼らもまた「グッド・イナフ・アンセスター」になることができます。ですから、この「キャンバスの共有」は、「選択肢」より優れたメタファーだと思っています。
紹圭
なるほど、とても刺激的なお話です。
私はよくリーダーの方々に、よき先祖になるにはどうすればよいか、と問いかけます。その際、時々あなたの回答を紹介するのですが、中には、選択肢やキャンバスを広げるほど情報過多で混乱してしまうのではないかという人もいます。どう思いますか?
オードリー
それが、私が「キャンバス」の方がよりよいメタファーだろうと思う理由です。100万の選択肢を残しておくと、100万の選択肢を読み進めるだけでも大変です。キャンバスならば、どこからでも始められます。それで問題ありませんよね?
先ほど私は英語表現を誤ってしまったかもしれません。キャンバスの上に共依存関係(codependent)はなく、そこには縁起が生じています(dependent arising)。キャンバスの一隅で何かを始めれば、他の部分にも影響します。でも、同じ一つのキャンバスです。異なる一隅が集まっているというだけで、複雑さはもはや問題ではなくなります。あなたはいつでも、別のところから始めることができるのですから。
アニミズムの世界観へ変容する時を迎えて
紹圭
ここまで、人間の選択について話してきました。あなたの哲学的観点から、動物や植物、もしくは宇宙のあらゆるものの「存在」をどのように位置づけていますか?私は、西洋社会の思想家たちから問われることがあります。あなたの友人のE.グレン・ワイルからも…
オードリー
ああ。彼と話されたんですね。
紹圭
ええ、彼から尋ねられています。ぜひ、「AIとアニミズム」の関係について話しましょう。アニミズムに対するあなたの見解をお聞きしたいです。(AIなど)「non-human(人間ではない)」存在や要素は、どのように含まれているでしょう。
オードリー
既に、含まれていますよね。 ただ、中にはそういったものを排除してNature(という概念)をみる人もいる、というだけです。道教の観点では、天、地、動物、微生物、植物、それらはすべて私たちの祖先です。つまり、〈ルーシー〉は現代人であるかもしれないし、そうでないかもしれない。いずれにしても、〈ルーシー〉も私たちのアンセスターですよね。「謙虚である」には、このことを認める必要があるだろうと思います。
人間は宇宙の中心にはなく、ただ星の周りを回っているに過ぎないと知ったとき、その事実を受け入れるのは、一部の人々にとって非常に困難なことでした。同じように、〈ルーシー〉が私たちの祖先であるということも、一部の人にとっては非常に難しいことだった。「正しいか/間違っているか」という標準的回答のある質問に対して、人間よりも機械の方が相応しい回答ができるということを、今、多くの人が分かっています。
けれど、それを受け入れることはとても難しい。一つひとつの事例で起きている困難さは、何らかの形で自分自身を Fabric(この世を織りなすもの)から排除していることに起因します。「私たちこそ最高なんだ」と言い、今度は「機械が最高になる」と言っている。これでは途方に暮れてしまいます。
でも、もし私たちが既にその Fabric の一部であるなら、そこに新たなメンバーを迎え入れればいいだけのことです。
紹圭
そうですね。まさに、私が最近考えていたことそのものです。私たちは「人類」という概念の転換期に立ち会っているんだろうと思います。ざっくりと言えば、特にアブラハム系の宗教が支配的な西洋世界において、人間という存在は、何より第一に位置しています。私たちは「人類」という概念を持っているがゆえに、他の種と区別して自らを際立たせたいと思う種なのですよね。
オードリー
「私たちは、ネアンデルタール人ではない」「〈ルーシー〉でもない。」
紹圭
ええ。「だから私たちは、他の動物とは違います。私たちは特別です。唯一無二です」と。
これが「人間性」という概念の背景にあります。そうしたロゴス、すなわち理性を持ち合わせたおかげで、私たちは科学を発展させ、ついにはこうした文明を築いてきました。しかし残念ながら...あるいは皮肉なことに、ロゴスの力をもってロゴスを支配しそうなAIを私たちは創り出しました。
オードリー
もちろん、(AIは)より優れたプログラマーであることは認めます。
紹圭
私たちはこれまで、動物と自分たちを区別してきましたよね。「人間は動物と比べて特別だ」というように。
オードリー
私たち(人間は)は数学ができる。プログラミングができる。理論を知っている。
紹圭
翻って、今、私たちは「AI」と「自分たち(人間)」を区別する必要性に迫られています。ですから、思想家たちの多くは…
オードリー
影響を受けますね。思想家たちも「Gemini」「o3」「DeepSeek-R1」* を試して、今や〈 machine-thinkers(AI思想家)〉が考えることがいかに優れているかを目の当たりにしていますから。
* Gemini :
グーグル社開発(2023年12月)。テキスト、画像、音声など複数データを同時に扱い推論する生成AI。
* OpenAI o3:
OpenAI社開発(2025年1月)。パターン認識からの推論のみならず、段階的に推論を重ねる思考プロセスの仕組みを採用したAIモデル。
* DeepSeek-R1:
ディープシーク社開発(2025年1月)。推論能力に特化した大規模言語モデル。
紹圭
そこで、AIと比較して独自性を発揮できる新しい基盤が必要で、彼らは動物であることの価値を再発見しようとしています。そもそも私たちは動物であり、肉体や感情、家族、記憶などを持っています。
オードリー
そして、私たちは毎晩、死ぬかもしれない。
紹圭
そう。この点で私たちは異なります。こうしたことが理由で(人間という存在を問い直し、その価値を再発見しようという模索の中で)、思想家たちは私のところに来て、AIとアニミズムの関係について話したがっているのだろうと思います。シンプルに言うならば、アニミズムでは、この世のあらゆる一隅に魂の存在をみます。人間だけでなく、動物、植物、石、川...
オードリー
そして、雷に。京都で私は体験しましたよ。
紹圭
はい、この視点に立てば、自分たちを他より優れた人間存在であると考える必要はありません。
オードリー
もちろん。
松本
ですから、人間が他の種よりも優れているべきだという文化を持つ人々は特に、こうした価値観の変容を経験する際、多少の苦痛を伴うことになるだろうと。
オードリー
私がお話した2つの変容ほど、酷なものにならないといいです。私たちはもはや宇宙の中心にはありません。これは、科学者を打ちのめしてしまうでしょうか。進化論も強烈な衝撃をもたらし困難が生じましたが、今回は、よりスムーズに転換できるのではないかと思います。
紹圭
そうですね。
つづく
本対談の音声は、後日、武蔵野大学100周年記念事業プロジェクト「カンファ・ツリー・ヴィレッジ」のpodcast番組「VOICE」にて公開される予定です。
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