マルチチュードの社会包摂、その他の類似の社会思潮について
女性の社会参画、障がい者雇用の推進、移民・難民の受け入れ。こういった政策は、根本的には、新しい労働者を労働市場に受け入れるための、資本蓄積のドライブを進めるための施策に過ぎないと、とりあえずは総括できるのかもしれない。
資本蓄積を進めるためには、原理的に、常に新しい労働供給が必要である。
※技術革新を考慮しなければ。
しかし、もはや現在では、初期の資本主義経済のように、農村や地方から新しい労働者を連れてくることはできない。
そこで、これまで周辺的な地位に追いやられていた、女性、子ども、障がい者、移民(その他、ネグリ=ハートの称揚する、いわゆる「マルチチュード」に相当する有象無象の人々)などが、新しい労働者候補として、労働市場へ動員されることになる。
女性の社会参画のための政策や、障がい者を労働市場に受け入れる政策や移民政策などの社会包摂のための施策、それらは、すべて、結局のところ、この資本蓄積の運動の上にあり、労働者の不足に対して、資本が必要とするために、その必要に応じて生じているものといえる。
だから、ネグリ=ハートの称揚する「マルチチュード」は、結局のところ、単なるプロレタリア予備軍に過ぎないものとなってしまう。
この根本的な制約条件に対し、(さまざまな施策、運動に携わる者は)基本的な態度として、そのことに自覚的でなければならないのではないかと思う。
追記:
フェミニズムについて、興味深い記事を見つけたのでリンクを2つ追加。