「かか」宇佐見りん著
若干21歳にして芥川賞を「推し、燃ゆ」で受賞した宇佐見りんさんのデビュー作「かか」を読んでみた。正直、この作品の第一印象は「読みにくそう」だった。ひらがなと漢字のバランスが明らかに歪で怪しく違和感を覚える。それは実際独特な「かか弁」と言われる、様々な地域の方言や造語がちりばめられている故の話で、この作品の非常に不安定な世界観をある意味説明ではなく「文体で」構築しているようにも感じられる。
その独特な文体に疲弊してしまうといった類のレビューも見られたが、個人的には「若干疲れるけど三島や川端の作品に比べれば、まだ読みやすい(彼らの作品は生まれた時代が違うので純粋に難しいという意味で/笑)」という印象で…なんというか、個人的に理想とする、あるいは憧れに感じる文体ではないかもしれないが、こういう独自のものを構築してしまう才能には素直に敬服してしまった。あえて「っ」を抜く文体も、時に柔らかい印象を与えるというよりは、主人公のアダルトチルドレン感の強い歪な人間像を想起させるようで、技法としては凄いと率直に感じた。
最も、この独特な文体は「極めて狭いコミュニティで機能する言語」を表現している、という考察も見られて、ああ確かにこの家族内だけでしか分からない言葉が数多く展開されているのには、そういう背景もあるのかと。
とはいえ、この作品の感想を最後まで読んだ上で、率直に述べると…確かに凄い作品なのだが、
「結局、どこに行きついたのか、作中を通じて何を伝えたかったのかが分からなかった」
いや、伝えたいことはむしろ結末ではなく本編にあるのかもしれない。社会問題なのか、SNSでの独特な人間関係の構築なのか、いずれにせよそういう要素はこの物語には欠かせない。ただ、作品の結末にたどり着いた読者に何を伝えようとしていたのか、今一伝わってこなかったような印象も受ける。
自分の読解力のなさと、宗教に絡めた背景知識が決定的に不足している故の浅い考察は当然否定できないし、昔の文豪の作品にもこうした結末で終了するものはあるから、それに倣った話ではあるのかもしれないが…なんとなく、現代の若者の生きにくさを表現したものとしては、性や残酷を隠さない意味では生々しさこそあれど全体的には観念的な印象を受けるので説得力という意味では微妙だし、作者が本当はターゲットにしているかもしれない、文学的表現や技法にあまり関心を抱かないであろう若者に対しては、文体も含め諸々敷居が高いような印象を受ける。そういう意味でもこの作品は、誰かに共感や主張男届けるといったことを、元来目的にしている感じではないのかもしれない。
ただ、文芸賞を獲得した作品ということもあり、そうした文壇の世界に飛び込みたいという、本人の強い意志の表れなのだとしたら、確かにこの作品の独特な熱の感じられ方は納得がいく。
要するに、「思想や社会問題ありきの文学」ではなく、文学の世界に純粋に飛び込む中で、「若者の孤独感」を中心とした作中で展開される社会問題や後半部で展開される宗教的・哲学的思考が必要だったという話なのかもしれない。芸人・ビートたけしが「社会風刺は目的ではなく、芸の手段の1つにすぎない」といったように、この作品にもどちらかといえばそういう姿勢が感じられる。
仮にそうでなくとも、そう感じさせるほどに良くも悪くも作者の「自身の思いつく表現を作品に落とし込みたい」願望の強さも感じられるだけでなく、その意味だと「未熟さすらも忌避しない怖いもの知らず」の印象すら受けるし、難解な表現を駆使するところは、ある意味本人の話者としての未熟さや荒削りへのギミックとして機能しているようにも感じられる。北野武監督の「自身の映像作家としてのデビュー作」ともいえる「3-4x10月」のような、映像表現が重なりに重なって、歪なようで核の部分は成り立つ物語が出来上がるような印象も、まだ作家性が確立されないうちは見られるのだろうし、この作品も少しそういう印象は受けるが、その危うさの伴う中に感じられる何らかの魅力や感心も、この作品を構成する要素にも思える。
いずれにせよ、確かに出版関係者の目に留まるだけの才能…というよりは、恐らく古典作品も含めて様々な文学に触れてきたことの努力と純粋な興味が、この作品で1つの形となったような印象を受ける。故に、次作の「推し、燃ゆ」では同業作家からの評価としての「芥川賞」につながったのだと思うし、そうした文学的な技術の面を高く評価する声が多かったのも納得がいく(平野啓一郎氏は表現力は文句のつけようがないと評価しながらも、「推し」という概念に、諸々「新しさはない」と若干否定的だったらしい)
ということで、色々な意味で興味深い作品だったので、ホントに乱暴に書いてしまったけど、この気持ちが冷めないうちにまとめておきたかったので、乱文や雑な考察をお許しいただけば幸いです(笑)
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