日本語の素晴らしさ:振り仮名を考える
昭和21年、吉田茂内閣総理大臣により「現代かなづかい」実施に関する件が制定され「当用漢字表」が公布された。そこには「ふりがなは原則として使わない」と付記されている。現在は「常用漢字表」になっている。調べてみると、「当用漢字」は1946年の当用漢字表に含まれている漢字1850字のこと。1981年の常用漢字の告示に伴い廃止された。「常用漢字」は2010年に公示された改定常用漢字表に含まれる漢字2136字のことで、現在も使用されている。「常用漢字表」にない漢字や読みをどうしても使う場合には、NHKも含めマスメディアでは、その漢字にふりがなをつけるのが原則である。
漢字に「ふりがな」をつけることを、「ルビをふる」という。そもそも「ルビ」という言葉の語源ってなんだろう。調べてみると、イギリスに起源があるという。
19世紀後半のイギリスでは、活版印刷で使われる活字の大きさに応じて、宝石の名前をつけていた。5.5ポイントの活字は「ルビー」と呼ばれていた。イギリスの活字では、他にも「4.5ポイント=ダイヤモンド」「5ポイント=パール」「6.5ポイント=エメラルド」など、宝石の名前や宝石に関する名前が多く付けられている。1877年以降(明治10年代)、本格的に活版印刷が普及した日本では、振り仮名に使われていた7号(8級、5.25ポイント)の活字の大きさが「ルビー」に最も近かったことから、日本でも7号活字を「ルビー」と呼ぶようになった。「ルビー=振り仮名」として定着していく過程で、振り仮名を「ルビ」と呼ぶようになった。
5.5 ポイント活字をルビー(ruby)と呼んでいたのはイギリスで,アメリカではアゲート / アガート(agate)すなわち「瑪瑙(めのう)」と呼んでいたことだ。「 瑪瑙 」の「 瑪 」も「 瑙 」も「 常用漢字 」ではなく、「新常用漢字表」にも追加候補字としてあがっていない。ということは、こうして原稿にする場合には、瑪瑙 にふりがな“ r u b y ”あるいは“ a g a t e ”をつける。
漢字にふりがなが必要なのは、日本独特の文字に関する歴史があるからだ。日本には中国から伝来した漢字しかなかった。その後、日本独自の仮名文字が生まれる。漢字と仮名はそもそもの特性が異なり、漢字は「意味」を表す表意文字で、仮名は「音」を表す表音文字。漢語と和語がミックスされて今の日本語ができあがり、その橋渡しするために室町時代には「振り仮名」が定着したようだ。
江戸時代に入ると、戯作の世界で表現としての振り仮名が多用される。滝沢馬琴は『南総里見八犬伝』にて、本文中にさらし首を意味する「獄門台」をあえて「 梟首臺」とし、文字の右側に《きゅうしゅだい》という読みを、文字の左側に《ゴクモンダイ》という意味を振り仮名として書き入れた。
ルビを忌避する人々の代表的存在である山本有三氏は1938年に発表した『戦争と二人の婦人』の巻末に 「ふりがな廃止論」を展開し、次のように語っている。
山本有三氏は、前記の『当用漢字表』の策定にも関わっており、なるほど「ふりがなは、原則として使わない」と付記された理由がわかった。
これに対して、作家の井上ひさし氏は表現者として反対の立場をとった。1981年に井上氏は『私家版 日本語文法』の中で「振損得勘定」と題した文章を発表した。その中で以下のことを述べている。
漢字制限・新かなづかい・原則ルビなしによって、昭和 21 年を境にして、日本語の文章の歴史に断絶が生じて、現在に至っている。安野光雅氏は次のように語っている。
一部の「官僚や文化人」たちは、未来(アメリカを代表とする西洋世界に同化すること)に目を向けて、先人の遺産――日本語で書かれた書物――に目を向けず、切り捨ててしまっている。よって、多くの大学が「国語」の入学試験から、「古文 ・ 漢文を除く」ようになった。古文・漢文の注釈書には、ルビがいっぱい付いている。常用漢字を習っていない小中学生の教科書には振り仮名がついている。常用漢字だけでは作家は小説を書けないし、研究者は論文を書けないだろう。常用漢字以外の漢字を否定するのならば、漢字検定は何のために存在するのだろうか。
東大王の難読漢字オセロを楽しみにしている私としては、日本独特の漢字文化をこれからも大切にしてほしい。トップの画像として使用させていただいた「愛には心がこもっている」…漢字ならでは、日本語ならではの美しい言葉だ。
余談だが、中学生のころ、古典の先生が黒板に次の文字を書いて、何と読むかとクラス全員に問うた。漢字としては存在しないその先生が考案した漢字だ。「男毒男」で一文字なのだが、振り仮名は9文字になる。答えの分かった方、わからないけど気になる方はメッセージをいただければ返信させていただく。