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名古屋城の木造天守問題を斬る!

 私の好きなことの一つに「城めぐり」がある。中学生の頃は岐阜県の「岩村城」が大好きだったが、いまは日本一の絶景山城と呼ばれる同じ岐阜県の「苗木城」(写真上)にロマンを感じる。この2つの城、天守閣などの建物は遺っておらず、石垣があるだけだ。名古屋に住む我が家から一番近い城跡は、織田信秀が築城した末森城。現在は城山八幡宮の境内になっているけど、わずかに空堀が遺っているだけである。

 城郭の華と言えば、天守だろうか。江戸時代などの木造天守が遺っているのは、世界遺産に登録されている姫路城を含めてわずかに12天守だ。いずれも国宝か重要文化財に指定されている。城好きを標榜するわりにはまだ7天守(松本城・丸岡城・犬山城・彦根城・姫路城・松山城・松江城)しか探訪できていない。

 江戸から明治に時代が移って天守を解体した際、そして太平洋戦争で焼失した際に天守を失った城郭が多い。水戸城、名古屋城、大垣城、和歌山城、岡山城、福山城、広島城の7城は国宝であったが、空襲(広島城は原子爆弾9で天守閣を焼失している。仙台城と大阪城も空襲で焼失。首里城は戦艦からの艦砲射撃で壊滅した。

 戦後はかつてあった天守をコンクリートで復元する試みが主流であったが、平成に入ってから史実に基づき木造で復元する動きとなった。木造天守が復元されたのは、大洲城、掛川城、新発田城、白河小峰城、白石城の5つだ。その後、現在コンクリートの天守を解体し、木造天守に戻そうという試みが広島城と名古屋城で検討されている。

 名古屋城はいわずと知れた名古屋のシンボルであり、徳川家康が清州城から清州越しで名古屋の城下町そのものも築いたという点からしても、まさしく名古屋の原点であり、象徴ともいえる。名古屋城の天守木造復元は2つの大きな問題をクリアしなければならない。いや、500億円以上の費用が掛かることを入れれば3つかもしれない。

① バリアフリー化の問題
 市民討論会で、最上階までのエレベーター設置を訴えた車椅子の男性に対し、他の出席者から差別用語を交え「ずうずうしい、我慢せい」などひどい差別発言があったことで、「障害者差別」を巡る問題が改めて表面化している。「昔のままに木造復元するというのに、エレベーターを設置するなどありえない」「設置を求める障害者の方に問題がある」など、差別発言を擁護するものも少なくない。しかし、このようなコメントをする人たちが、根本的な部分で理解していないことがある。それは、「実は名古屋市も江戸時代のままの完全な木造天守を造るつもりなどまったくない」ということだ。最初に障害に対する差別発言は決して許されないと明記したい。

② 江戸時代の姿を完全に復元することはできないという問題 
 江戸時代当時の姿によみがえらせようという計画が、河村たかし名古屋市長が旗振り役となって進められている。「名古屋城天守閣木造復元」は建設費500億円を要する巨大公共事業であり、河村市政最大の目玉ともいえる。
現行のコンクリート製天守は、当初の計画では2019年に取り壊され、2022年に木造天守として竣工することになっていた。しかしながら、2023年現在、何も進んでいないのが現状だ。
 名古屋城は国の史跡であり、文化庁の許可なしには建て替えられない。文化庁が認める絶対的な価値は、天守ではなく創建当時から残る石垣。再建するには石垣を調査し、保護方針を決める必要があった。調査の結果、石垣の劣化はかなり進んでおり、地震規模や場所によっては崩壊の危険があるとされ、その対応も急がれているところだが、どこまで進んでいるのか報告はない。
  次に天守だが、復元とはいっても新築の木造建物である。巨大木造建築物として、建築基準法の適用を受けるかどうかが課題となっている。それ以前の問題として、そもそも「観光客を入れる」とうたう以上、入場者の安全・安心の担保は絶対条件となる。江戸時代のままに再現すれば、耐震・耐火性能に問題があることは明らかであり、もしも、千人単位の観光客の入城時に火災が発生し、首里城のように燃え上がったとしたらどうなるだろうか。取り返しのつかない大惨事となることは容易に想像できる。  
 このため、名古屋市が考えているのは史実に忠実な木造天守の建設ではなく、「ハイブリッド」構造の木造建物だ。様々な補強を加え、燃えにくい工夫も施し、スプリンクラーや史実にはない階段を非常用に追加したものを造る計画らしい。「できるだけ史実に忠実に」と言っているが、客の安全を確保しようとすれば「完全復元」とはならない。このことは全く報道されないため、「江戸時代と寸分たがわぬ木造天守が造られる」と思っている人が大半だと思う。だからこそ、エレベーターのみが昔のままの復元を妨げるものであると思い込んだ人たちによる「障害者は我慢しろ」などというひどい差別発言につながり、残念ながらそれがあたかも正論であるかのように擁護する人がいるのではないだろうか。

③ 障がいのある人も外国人も享受できる史跡であることが必要
 城郭研究家としてよくテレビで各地のお城を探訪されている千田嘉博教授は、名古屋城石垣部会のメンバーとして名古屋城の史跡調査にも深くかかわっている。千田氏によると、名古屋城跡は、“史跡の中の国宝”ともいうべき『特別史跡』であり、櫓や門も含め、石垣や堀、城のかたちに本質的価値があるとのことだ。史跡整備を行うときに文化庁が求める専門家委員会にあたり、オブザーバーとして文化庁の調査官も入ることになるが、現時点で文化庁は名古屋市のプランを承諾していない状態だ。現行のコンクリート製天守は耐震強度が不足していることが再建の理由のひとつになっているが、選定として土台となる石垣の安全性の確保が必要なのだが、千田氏の石垣部会は『石垣はきわめて危険な状態』と指摘しているにもかかわらず、名古屋市がまとめた天守の木造復元計画書は、『石垣は安定している』と結論づけてられているとのこと。大天守を支える天守台は、積み上げられた石のいたるところにひび割れなどが見られるのが現状であるにもかかわらず、石垣の状態は深刻で、天守台では石垣が崩壊過程に入っていることを示すS字変形が進行し、空襲を受けた際の石材の熱劣化で、ひび割れや破断も広範囲におよんでいる。明治以降の修理の際に基礎部分を削ってしまったために安定性を失っている箇所も多く、いたるところで石垣の間から木や草が生えている様子が見られる。それは内側の土が表面まで出てきてしまっていることを意味し、すなわち石垣の内部構造が壊れてきている証拠なのだという。だからこそ、史跡としての価値を守るだけでなく、来場者の安全のためにも早急に調査と分析を進めて、適切な保全措置をとらなければならないとのことだ。
 千田氏は、史跡のバリアフリー化は今や常識だと語る。石川県の金沢城は木造復元した櫓・多門櫓内に本来あった木造の階段も復元しながらそれはあくまで展示物とし、別に来訪者が使うゆるやかな階段やエレベーターを設置している。文化庁も史実にもとづく整備とバリアフリーの両立が大切だという考え方で、すべてオリジナルの通りでないと再建を許可しないということはない。今の時代にそくした誰もが豊かな文化とわが国固有の歴史を体感できる史跡が必要で、障害などによってそれを享受できない人がいてはいけない。ヨーロッパの城などでもバリアフリーは当たり前で、海外からも多くの観光客を迎えることを考えると、史跡のバリアフリーをさらに推進する必要があり、名古屋城は特別史跡として、それを率先して進める立場にあると千田氏は語っている。

 私は、千田教授の意見はよりよい木造復元を実現させるための建設的な提言だと感じる。世界に誇り得る名古屋城の歴史的価値を守り、未来に継承しし、バリアフリーであり、インクルーシブな史跡であって欲しいと願うばかりである。


名古屋城

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