差別 ~社会の歪みが生じさせるもの~
2016年のことだ。「土人」という日本語を久しぶりに耳にした。沖縄県東村の米軍ヘリパッド建設現場で、大阪府警の機動隊員が建設反対派住民に対して発した「土人」という言葉が波紋を呼んだ。高校生に「土人っていう言葉、知ってる?」と聞いてみたら、「知らない!」という答えが返ってきた。もはや死語である。広辞苑等の辞書には、「土人」とは、①その土地に生まれ住む人、土着の人、②未開の土着人という意味の言葉であり、差別的・侮蔑的な意味合いを持つ、と書かれている。「土人」という言葉は、新聞社が使う「記者ハンドブック」でも差別語、不快用語とされており、記事にする場合は通常「先住民」や「現地人」と表記することになっている。そのため、テレビ放送はもちろん、一般社会でも使われない言葉となっている。かつて日本にも「北海道旧土人保護法」という、アイヌ民族を対象とした差別的な法律があった。日本政府は、国連が1965年に採択した「人種差別撤廃条約」を1995年に批准したからか、1997年に「アイヌ文化振興法」を公布し、「北海道旧土人保護法」を廃止した。「土人」の発言について、有識者は、「人種差別を助長しまたは扇動すること」を禁じた国連人種差別撤廃条約に違反すると指摘しているものの、当時の沖縄担当大臣は「土人と言うことが差別であると断じることは到底できない」と国会で発言しているた。明治以来、「琉球処分」「沖縄捨て石作戦」「基地問題」と、政府は沖縄に苦難の歴史を強いてきた。これは「差別」以外のなにものでもない…。
ヘリパッド建設現場で機動隊員から「土人」と罵倒され、殴る蹴るの暴行を受けた方が、1997年に芥川賞を受賞した作家:目取真俊(めどるま しゅん)氏であることをつい最近まで知らなかった。目取真氏が当時書かれた文章を引用する。
「南の島に住む、遅れた「土人」たちは、理性的に物事を判断することができない。だから政府がやる正しいことに反対しているのであり、こういう輩は力で抑え込んで当たり前だ。あるいは、反対する連中は中国(シナ)から金をもらってやっている工作員であり、暴力をふるって叩きのめしてもかまわない。そうやって自らの暴力を正当化している。
インターネット上には、この種の沖縄に対する差別意識丸出しの書き込みが氾濫している。まだ20代の若い機動隊員の口から「土人」「シナ人」という言葉が出てくるのは唐突なようだが、ネット右翼が拡散するデマから知識を得ているのだろう。きちんと琉球・沖縄の歴史を学ぶこともせず、理解しようともしていない。歴史的にある沖縄への差別と在沖米軍・自衛隊の強化、中国脅威論が結びつき、新たな差別意識が生み出されている。」(沖縄タイムス 2016年11月3日より引用)
同じ2016年、差別の問題は横浜でも起きた。2011年の福島第一原発事故で、福島県から横浜市に自主避難した男子生徒が、5年間にわたって、同級生から学校でいじめを受けていた問題だ。彼は、横浜の小学校に転校した直後(2年生)から、名前に「菌」を付けて呼ばれ、5年生になると、「(原発事故の)賠償金をもらってるだろう」と遊興費を脅し取られた。学校側に何度訴えても教師に信用されず、無視され、いじめの恐怖から脅しに従わざるを得なかった。被害額は総額150万円にもなったという。
このいじめ問題は、子ども同士の単純ないじめではない。残念ながら、このいじめを増長させ、被害児童を苦しめたのは「大人社会の歪みの構造」だ。原発事故の影響で、福島には放射能と賠償金のイメージが定着してしまった。この事件の加害児童を加害者にしたのは、その親であり、その地域社会である。福島の被災者に対する、心ない大人の偏見や差別意識が、加害者となった児童に伝播し、いじめの根源を形作った。学校と教育委員会は、被災者の特殊事情を配慮し、丁寧に見守るべきだったが、被害児童の訴えを無視し続けた。この問題を調査した第三者委員会は、「教育の放棄である」と断じた。
「今まで何回も死のうと思った。でも、震災でいっぱい死んだから、つらいけど僕は生きると決めた」…手記から、被害児が、非道ないじめに耐え忍びながらも、震災で学んだ命の重みをかみしめ、生き続ける道を選んだのだとわかる。被害児の賞賛されるべき正しい決断であり、このような勇気と思いやりを培うことこそが本来の教育の使命であろう。
日本は差別や人権侵害に満ちている。女性の人権問題、高齢者の人権問題、障がい者の人権問題、子どもの人権問題、HIVやハンセン病などへの差別問、沖縄だけでなくアイヌ民族への差別、同和問題、セクシャルマイノリティの方々への無理解、在日外国人の人権問題など、まだまだたくさんの差別や人権侵害がある。その根底にあるものは「社会の歪み」なのだが、社会を歪ませているのは私たち人間なのだ。
私たちは、人の痛みへの想像力が欠如していることから生み出されるのが「差別」だということを心に刻まなければならない。
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