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 『東京都同情塔』を読んで

 『東京都同情塔』を読んで
             神宮 みかん
 九段理江さん×杉山達哉さんの対談を聞きに行くにあたって『東京都同情塔』を読んだ。
 

講演会のポスターです


 国語力がないのであろう。全く意味がとれなかった。
 途中で挫折し、読まずに行こうかな、とも思った。でも、それでは自分の力に何もならないと考え、己を律し一読した。

【対談以前】 


 『東京都同情塔』は改めて純文学って一体全体なにものなのだろうと思わされた。はっきり言って何も得るものはなかった。これで売れるのかな? と思った。
 でも、芥川賞受賞作。新しい何かが秘められているのだろうとも思った。ま、だから月間新潮も時の精査に打ち勝ち創刊120年という歴史を持つのだろうと思った。
 さて、『東京都同情塔』を読んで印象に残った一文を書き出しておきたい。

 “いくら学習能力が高かろうと、AIには己の弱さに向き合う強さがない。無傷で言葉を盗むことに慣れきって、その無味を疑いもせず恥じらいもしない。”

 この文意はわかるが、では、この盗むことに対して疑ったらどうなるのかな? 結論を示せていないと思った。
 『東京都同情塔』に答えは書かれているのだろうけれども、わからなかったので対談ではこれを主眼に聞くことに決めた。

 【対談以後】


 面白かった。
 印象に残った点を3つ挙げたい。
 1.九段さんは創作理由に「鼻歌を歌うように気持ちがいいから」とおっしゃった。つまり、私が主眼として聞こうと思っていたことは恥じらわずに傷つける感触。ネット特有の匿名の感触に対しての警鐘だと推察できた。
 また「鼻歌を歌うように気持ちがいいから」という九段さんの言葉に私の小説に対して恩人が言ってくれた「自慰行為になるなよ」というせりふを思い出した。
 頑張ります。
 2.『東京都同情塔』はAIで書かれている部分は5%より少ないとのことであった。ただ、耳目を集めるうえでAIは大きな役割を果たしたのは事実だろう。言い換えれば、販促にAIを上手く利用できたと言える。
 3.書籍売上は減少しているが、新人賞応数は増えているという現象に対する言及通りに本そのものよりも文章の書き方についての質問が多かったような気がした。
 備考:会場の雰囲気、温度。九段さんのラッパーとしてのお洒落な装い。水を持って帰ってくれる優しさ。どれも刺激的だった。


 最後に、九段さんの飾らない人柄、文化を大事にする前橋市の取り組みに惹かれました。ありがとうございました。


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