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掌編小説【辞書に埋もれた部屋】

 辞書に埋もれた部屋

      神宮 みかん

 夏目漱石『夢十夜』を精読した。

 すると、あなたはこんな部屋に出合うようになった。

 辞書に埋もれた和室。部屋には華という気高き美女の作業机。

 八月八日に決まってその部屋にいる華。華の好物はピッツア。あなたは前橋で最も美味しい称号を得たピッツア(通称:キング・オブ・ピッツア)を手に携えて必ずドアをノックする。理由は容易に想像がつくだろう。あなたが華に憧れているからだ。

 あなたは焼きたてのピッツアを片手に言う。

「ピッツアを買ってきたぞ。誕生日おめでとう」

「嬉しいな。でも、ちょっと待って論文が書きかけ。少ししたら行く」

 華は文学部で国文学を専攻している才女であることは知っている。でも、それ以上のことをあなたは知らない。また、経歴の凄さに訊ねる自分を思うとたじろいでしまう。

その日、華は着物で薄紅色の三省堂国語辞典を見開いていた。

「今日の研究は何?」

「字の意味。例えば、男。第四版(1992年2月10日発行)だと【男(名)①人間の生まれつきのはたらきとして、子どもを産ませる力をもつ人。男子。男性。②人間以外の動物のおす。③物の考え方、心やからだの能力の点で、一人前になった男性。④からだや気持ちが強い、弱い者をかばって正義を守る、積極的に行動する、などのように、男らしいとされる性質を強く持った人。⑤一人前の名誉ある男性。⑥愛人としての男性。】では、第八版(2022年1月10日発行)【①人間のうち、種子を作るための器官を持って生まれた人。男子。男性。(生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分はこの性別だと感じている人もふくむ)②成人男性③からだも心も強く、たのもしい④一人前の男性⑤愛人としての男性】。要は、SDGの観点から男の意味は変化してきている。同じ編者がいるのに字の意味が異なるの。つまり、字の意味は生きているの。面白いでしょ」

 華は二つの辞書をゆっくりと閉じた。

「ピッツアも調べてくれよ」

 あなたは恋人でもないのに華に対してぞんざいに言った。華は不満気な顔をした。態度を急変させるあなた。あなたは言った。

「自分で調べます」

 あなたは第八版(2022年1月10日発行)の辞典を引いた。

 ピザ(イpizza) 小麦粉から作った生地を平たくまるい形にし、トマトソースやチーズなどを載せて焼いたイタリア料理。ピッツア。ピザ。パイ(古風)。(―トースト)

 華はあなたが一読すると言う。

「2022年はこんな形。ピッツアの意味はどう変わると思う。では、2040年の辞書を引いてみてよ。本当に文字の意味は生きていると思うわよ」

 あなたはどうピッツアの意味が変化したのだろうと期待に胸を膨らませながら辞書を引く。

 ピザ(イpizza) 小麦粉から作った生地を平たくまるい形にし、トマトソースやチーズなどを載せて焼いたイタリア料理。

 なんだ、辞書に全く変化はないじゃないか、からかいやがってと思いながら先へ進んだ。 

ピッツア。ピザ。パイ(古風)。(―トースト)(―キング・オブ・ピッツア(名)群馬県前橋市発祥のお祭り。)

 あなたは華の目を見つめた。

「そういうこと。お祭りずっと続いて評価されているんだよ。これからも頑張ってね」

「ありがとう」

「因みにこの辞書の編者を見て」

 編者の名に華の字が入っている先生がいた。あなたは苗字を確認しようとした。華はあわてて辞書を閉じた。

「私も努力してここまで行く予定。お互い継続をして未来で会いましょう。今日は会うことができて嬉しかった。ありがとう」

 あなたは思いの丈を伝えようと思った。その時、部屋がぐらつき始めた。八月八日の深夜十二時を過ぎたのだろう。部屋は辞書に埋もれ消えた。

 次に出会う華はどんな女性になっているのだろう。

 あなたは手許にある第八版(2022年1月10日発行)の女、を辞典で引いた。

 女 ①人間のうち、子を生むための器官を持って生まれた人。女子。女性。(生まれたときの身体的特徴と関係なく、自分はこの性別だと感じている人もふくむ)②成人女性③一人前の女性④恋人や愛人としての女性。

 僕は③、④に例文を書き足した。

例文:華はキング・オブ・ピッツアが好きな女性。僕と結ばれる女性。

 にわかに華の苗字とあなたの苗字が重なる。未来に思いを夢見た。

 

 

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