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掌編小説【ショルダーハック】

ショルダーハック

神宮 みかん

 新潟発の東京行きの新幹線は自由席が八両もありかつ高崎で飛び乗ったにも関わらず座席がないぐらい込んでいた。またか、と思い嫌気がさした。

 今日、僕はITパスポートというパソコンに関する情報処理の基礎的な知識を有するかどうかを判断する試験を受けに行く。お恥ずかしいことに前回は不合格だった。

 だから、込み具合に不合格にならないかと不安になった。でも、前回は後二問正解すれば合格できた。今回は前回と比べて試験勉強に多くの時間を費やした。よって同条件で試験会場へ向かうのであれば、合格間違いなしだ、と自信を持つことができた。

 僕は三人掛けの席に注目をしながら空席を探した。三人掛けの席であれば真ん中が空いているのではないかと思ったからだ。

 案の定、空席は見つかった。でも、若い女性であろうか。いや、僕よりも少し上の女性だろうか。顔をうつ伏せて寝ており気づく様子も見せない。イラつきを覚える方がバカみたいだという意味不明なイラつきを覚え、仕方ない、と思い直して次の座席を探した。

 すると、次の座席は容易に見つかり座ることができた。

 隣座席の男性は電子書籍リーダーで読書を楽しんでいた。

 ショルダーハックという用語が頭に浮かんだ。

 ショルダーハックとは肩越しに情報を盗み見る行為。逆を言えば、盗み見られること。そのリスクに対しての対応策はスクリーンに情報漏洩防止のシートを貼ること。ITパスポートの知識が日常生活に活かされていると思った。

 一方でスマホの画面の為に眼が痛かったので合格した先輩からのアドバイスを無視して過去問を解かなかったことが思い出され不安になった。

 でも、参考書は十月に受験をした一度目のテストの時と比べてマーカーが塗られ、何月何日に勉強したということも記されていた。

 僕は十分学習をした。合格できる、と確信を抱くことができた。


 僕は駅弁を抱え十二両車に九両ある指定席を通り抜け自由席に向かった。自由席は三両しかないにも関わらず空いていた。

 座席に座るやいなや〝565〝という数字が浮かんだ。前回が〝575〝だった。因みに合格点は600以上である。つまり不合格だった。

 なんで不合格だったのだろう。何が悪かったのだろう、と思い参考書をひろげた。

 まじまじと用語の意味や勉強した日付が書き込まれている参考書を見た。もう一定程度の知識を得たからそれでいいかな、知識なんて関係ないと思った。

 だが、参考書の目次を見た時、ITパスポートを受けようと思った理由を思い出した。

 確かに、会社で受験を推奨されている試験として興味を持った。でも、僕にとってのITパスポートを受け、ITパスポートから得ることができる知識の利活用は別にある。

 それは、自分が企画する町おこしの雑誌をいかに目的に沿って作成できるかを学ぶためである。具体的には専門用語を覚え、業者との話合いやどのような段階に自分が取り組んでいる企画があるのかを客観的に把握する知識を得る為である。

四巻目の表紙

 僕は瞑目し、合格、ただそれだけだと思った。

 明日は会社である。不合格を申し開きする余地も必要も全くない。自分の挑戦を実現する過程の一環として試験に合格すると決めたのだから。

 過去問は眼が痛いという言い訳をしない為にも紙のものを買おうと思った。

 目の前に座る乗客のスマートフォンに画像が見えた。ショルダーハックという言葉が行きと同様に思い出された。

 肩越しに誰かが僕を見ているような気がして振り返った。でも、誰もいなかった。

 誰も見ていないのかもしれない。でも、最近、上司から良くやっているな、頑張れよ、と言ってもらうことができた。見てくれているんだな、と思うと後ろが怖くなくなった。

 高崎、というアナウンスが流れ始め高崎アリーナが見えてきた。新幹線が高崎駅に滑り込み、停車をした。

 僕はドアの窓に映る僕に向い語りかけた。

“チャレンジを成功させたいんだろ。地盤、看板、鞄がなくても、ペンの力で時代を作りたいんだろ。自分を信じていけよ。文学のクズ頑張れよ”

 僕は頷き新幹線を降りた。

 新幹線はプラットホームに僕を残して走り去った。

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