エセー小説『自己分析』~1日にどれだけの字数書けるかチャレンジ~
”われわれの職業の大半は狂言である。そのたずさわる役目が変わるたびに、新たな姿や形をとり、新たな存在に変質するものもある”
モンテーニュは『随想録』で、こう書き残している。『随想録』は『エセ―』という名前でも人口に膾炙している書物だ。
ショウタは首を傾げると、その格言めいた表現に自分なりのバニラエッセンスを一振りかけることにした。というよりもほとんどの骨組みも、いわんとするエッセンスまでも改変してしまっていた。
「僕が選ぼうとしている職業それは小説家である。その大半は狂言である。たずさわる作品が変わるたびに、新たな姿や形をとり、新たな存在に変質するものである」
ショウタは、青いボールペンが残した筆跡を見て、ふと思った。自分が考えて書いたはずの言葉であるのに、どこか見知らぬ本棚から発掘した未知なる言葉のように感じた。
たしかに小説家という人間の性質を表わしているように思えた。自分の書いた文章というのは、元来自分に属しているはずなのだ。それはそうだ。人が書くものというのはその人が書いているのだから、その人の中からしかでてこない。
と、小説を書いた事のない人は言うのだ。そう、それは間違いではない。だが経験していない人の場合においてのみ正しい。これほどまでに経験した人と、していない人の違いが生じるものも珍しい。
小説を通じて、物語という力を借りていくと、驚くべきことが起こる。自分が考えたこともないような言葉や文章が、初めて出会うオアシスのように湧き出てくることがあるのだ。
それは不思議な体験であり、そこには実は書いている本人の、思想も主張も越えたものがあるのだ。
作家が本人という枠組みを超える。それが小説であり、物語が持つ恐ろしいエネルギーなのだ。
一つ一つの物語に固有の個性があって、それこそ、たずさわる作品が変わるたびに、新たな姿や形をとり、新たな存在に変質するものなのだ。
たとえば、ある作品では右っぽい思想を掲げているキャラクターが出ていようが、ある作品で左っぱい思想を掲げているキャラクターが出ていようが、作者自身に矛盾があるわけではない。それどころか、右っぽい思想も左っぽい思想もそれ自体作者の意見とは別個のモノとして物語は機能する。そうでなくては、餃子の皮みたいに薄っぺらい物語にしかならないのだ。
だって小説はフィクションであり、狂言なのだから。狂言師のような役者が演じている役と、本人の考えや行動が別個のものであるのが自明のようにね。
と、ショウタは自分が小説について海外公演を行うとしたらこんな原稿でいけばかっこいいだろうと妄想を膨らませながら、開いた本と自筆を見比べていた。
ショウタはモンテーニュの『随想録』を閉じると、パソコンを開いた。彼の一日は、パソコンを立ち上げるところからスタートする。人工的な日光浴と称し、朝日のかわりにブルーライトを浴びることを、健康的だろう? とうそぶく。
スーツを着たままベッドで寝るように、パソコン内のデスクトップにはWord原稿を作業途中のまま置いてあった。
とはいえ今は朝とは到底言えない、夜の10時すぎだった。夜になってからショウタは文章を書き始めた。
ショウタには独自の行動規範となるものが存在するらしく、それを順守しなければ、レゾンデトールは保てないのだ、というのが口癖だった。まったく、厄介な人物であったが、内なる意志は静かに揺らめく炎のように熱く存立していた。
ショウタはよく自己分析をしていた。だが、ショウタは自己分析を就職活動ではじめて知ったような連中には一定の距離を置いていた。ショウタにとって自己分析というのは、ものごころがついた頃から、外を走り回るのと同じくらい自然にやってきたことであり、それは彼の生育過程から切っても切り離せない種類のものとなっていた。
イズミはそんな様子のショウタを一瞥すると、「はじまるわね」と呟いた。イズミは茶色いヘアゴムを口にくわえ、艶やかな黒髪をかきあげると、爽やかなポニーテールをこしらえた。
ショウタはパソコンが起動したのを確認すると、目だけを上げてイズミに合図を送った。
「わかったわよ。付き合えばいいんでしょう?」とイズミはあまり気乗りのしない声を装って言った。
「イズミ、君ってほんとに最高だね。僕は君がいないとたぶん干上がっちゃうんだろうな」
「はいはい、湧き出るイズミがなくなるからね。で、今日は何についてやるの?」
「小説家として生きていくために、自分に何ができるんだろう? どうすればより良くなるんだろう? と僕はいつもいつも考えるんだ」
「さあね、いっぱい読んで、いっぱい書いていくしかなさそうね」
「そうなんだよ。イズミは本当に僕の気持ちをよく分かっているね。これから一日でどれだけの字数を書けるのか、自分なりの限界を見定めていくためにnoteに書いていくとするよ。間違いなく駄文になるだろうけど、人生のある時期においては、クオンティティが重要な意義のふくらみを持つことがあると思うんだ」
「でもね、ただ大量にクオンティティを追うだけでは、意味がないとは思うけどね。結局のところクオリティを評価されるのだから」
「ぐぐ、ぐうの音もでない……。いきなりの先制パンチ」
「本を読むことに関しても、読んだ冊数を自慢する人がいるけど、あれも気を付けないとね。たとえば年に100冊読んだという人と年に10冊の人がいても、必ずしも100冊の人の方が読書経験を積んだとは言えないのよ。ただの流し読みや斜め読みじゃだめなのよね、小説の場合は。読書というのは、その人の中でどれだけ化学反応を起こせるかだと思うの。小説という物語世界の中に入り込み、読み終えてそこから出て来た時に、読んだ人の心の中でどんな変化が起こったかが大事なの。読んだことで、残るものがあるかなのよ。残るものは、必ずしも言葉やフレーズじゃなくてもいいの。文章が呼び起こす風景であってもいいし、物語の想起する抽象的なイメージでもいい」
「ああ、イズミの言う通りだよ。イズミの場合は、どういうものが残るんだ?」
「私の場合は特殊かもしれないわね。小説が私の中で実感として立ち上がってくると同時にね、立方体のような空間が立ち上がってその中に物語に合わせた音楽が溢れて来るの。私はその立方体のボックスを大事にひとつひとつ取り出すことができるの。それが私にとっての小説よ」
「さすがだよ。僕は多読もしてきたけど、やっぱりイズミくらい残すような読み方をしていく方がいいのかもしれないな。本の種類によっても読み方は変わってきて、たとえばビジネス書なんかだと、提案されているアイデアをいかに体系的に自分の中に取り込むかという作業だし、いわゆるロジックツリーとして連ねて自分の中に入れていく感覚だよね。そこには化学反応というよりも、頭の中に空き容量を用意して、そこに正しく配置するような金庫管理屋さんの作業だね。一方で小説というのは、田んぼの中を泥だらけになって泳ぐように、もっと泥臭くて、身体的なものなんだろうね。物語世界に飛び込んで、自分の経験や考えと対照させて、現実世界との距離感との折り合いをつけていくようなイメージだね」
「そうね。あなたもなかなか良い感性でものを言うじゃない。読むことは量を追うことも意義があるけど、それ以上に質を追うことが重要だと私は思うわ。まあ、大量に読んでいく中で、自分にとって素晴らしい作品に出逢う可能性を上げることができるから、大量に読んでいくことは依然として意義があるのだけどね。基本的に名作と呼ばれる作品というのは普遍性をもっていて、どんな時代の人どんな文化の人にでも訴えかける力があるものよ。けれど、名作と呼ばれるものだって、すべてがすべて心に刺さるわけじゃない。あたりまえだけど、それは人の心にはその人固有の襞があって、ぴったりと当てはまるかは実際に読んでみて、身体に通してみて、符合するかを確かめないといけないのよね。そこがおもしろいところよね。だって世界的な名作よりも、無名の新人が書いた一作の方が刺さる可能性だってあるのだから」
「そう、ほんとそうだよ。僕が目指しているのは、自分にとって世界のどんな名作よりも刺さる小説だよ。そんな小説を書いていきたいんだ。それが広がって日本中、世界中の人々の心を揺らし、価値観や世界の見え方などを混ぜ返すなにかしらの竜巻を起こせたらいいなと思っているんだ」
「ナイスな心持ちよ。そう、それで書く方よ。今回、量を追っていこうとしているけれど、ショウタはこれまでどんな書き方をしてきたのかしら?」
「比較的、文章はじっくり書いてきた気がする。どちらかというと遅筆かな。はやいほうではないと思う。速さの要因は、書くべきものを生み出す速さ、それを文章化する速さ、納得いくように改変する速さ、タイプの速さ、パソコン(Word)の処理の速さの5つに分けられる気がするな。そうすると、その中でボトルネックは、書くべきものを生み出す速さな気がするね。やっぱり物語全体との整合性を片手で捉えながら書いていくからさ、こういうことを書くのが適している、と自分が納得するものが生じるまでに時間がかかるんだよね。書くべきものっていうのは広すぎるんだけど、たとえばキャラクターの名前だとか性格も含んでいるよ。そうすると、やっぱり納得して書き出すまでに時間がかかるんだ。それに場所の設定もいつも結構悩むんだ。どういう地盤で生きている人物だったら、この物語のテーマともかみ合ってくるのかというのは、なかなか即決できないんだ。物語というのは、きわめて有機的なものだから、ひとつのシーンがまったくデタラメなものが混じると、そこから続きの物語もデタラメなものを踏襲しつつ進んでいかなければならないんだ。そうなってしまわないように細心の注意を払っていると、筆は進まない。僕は、これだ! という書かなければならないって使命感すら芽生えるシーンが浮かんで書くことが多いよ。だから自分の小説を読んで、感動するんだろうな。個人的にキテるシーンが満載だからね。そして連なったシーン達が物語の大きなエネルギーによって牽引され、大きな未知の物語として僕の前に現れるんだから、もう僕のための小説になっていて、もう打ち震えるほどすごいんだ」
「人っていうのは、それぞれに立脚点があるはずなのよ。赤ちゃんだって、子どもだって、大人だって、女だろうが男だろうが、間の人だろうがね。立脚点も、身近な家族から友達からコミュニティから国家から世界そのものまで色々あるの。ショウタは、小説があなたの立脚点になっているんでしょうね、きっと」
「そうかもしれない。で僕の場合はさ、その書くべきものが一旦自分の中で生じてきたら、そのイメージを言語化していくプロセスは、前よりも早くなってきた気がするよ。小説を初めて書き始めた当初なんかは、自分の表現力が一番ボトルネックだと思っていたんだ。思っている事というか、小説において書きたいことがあるのにそれを、納得ある形で言葉にできないもどかしさが常にあったよ。やっぱり書き始めた頃だからっていうのは大きいだろうね」
「たしかにそうかもね。初めて小説を書き始めたときというのは、書きたいと思う題材が掃除をしたことのない部屋の埃みたいに積もっているからね。その一方で、小説として書くという経験をしたことがない分、書きたい題材を掴むことがまず難しい」
「ふわふわ空中に浮かんでいたり、海底の砂に沈んでいたりするからね。いっぱいあるのは分かっていても、それが一体どのへんにあって、どうやって掴むかというところから始まるんだ。そうして掴めるようになっても、どうやって小説の中で言葉にしていくか、小説用の言葉を持っていないんだ。試行錯誤したよ。もがく中で、僕は自分なりの文体を身に付けていくことができたと思うよ。文体というのはそういうものなんだよ、たぶんね」
「そうね、文体というと、筆跡みたいなもので単なる作家のクセだと思う人もいるけど、ちょっと違うのよね。文体は、もやもやとした書きたいイメージと、小説というフォーマットをつなぐ、もっと普遍的で個人的なものなの。ブラックホールの姿をうつす映写機のようなものかもね。作家にとっては」
「うん、人によって解像度も拡大度も異なるからね。イズミはほんとうによく分かっているね。というか君は小説を書いた事がないっていうのは嘘じゃないか? だってこんなに小説のことを理解しているんだぜ。並大抵のことじゃないよ」
「その話はまた今度にしましょう?」とイズミはいたずらっぽく微笑むとすぐに話題を引き戻した。
「そうそうショウタそれでさ、書きたいものを小説の中にうまく落とし込めるようになってきたんだよね。それは大きな進歩よ。小説の世界において武器を手にしたということよ。RPGでいうならあなただけの装備を身に付けられたのだからね。文章化する速さの次は、納得いくように改変する速さだったわね。それについてはどうなの?」
「これはいわゆる書き直しの作業のことだね。書いたばっかりのものっていうのは往々にして荒々しいものなんだ。粗削りでね。だから、やすりをかけていく必要があるんだ。丁寧にその掘られるべき完成形のスタチューをイメージしながらさ。夏目漱石の『夢十夜』で運慶が彫刻を掘り出すシーンのと同じ要領でさ、木の中にもともと埋まっている仁王をただそのままに取り出しているだけさ。まあこれが理想だね。とはいえ、しっかり整えなけばならない。必要とあらば書き足しもしなければならない。そのやすりかけであり、継ぎ足しの作業には時間がかかるよ。正確には時間がかかるというよりも寝かせる時間が必要なんだ。一度自分をリセットして、真っ白な目で見つめ直すことが肝要なんだよ。削りたての彫刻のまわりには木のかすがいっぱいあって、なかなか自分が掘った姿を正しく見れないものなんだよ。だから木くずを吹き飛ばした後で、また別人の目で小説を見返すんだ」
「それは非常に重要ね。書き直すことによって、なめらかに物語は繋がっていくし、むしろそれによって物語が掘り出されていくような感じでもあるものね」
「そういった書き直しなんかにかかる時間と比べたら、タイプの速さだったり、パソコン(Word)の処理の速さなんてものは微々たるものだよね。まあときどき、自分の脳の速度に指が追い付かなくて、気持ち悪くなるときはあるけどね。というよりも変換ミスの方がおおくてそれがストレスになることはあるなあ。パソコンの処理の遅さも、時間としてはそんなに影響はないはずなんだけど、急にフリーズされちゃうといらいらしてしまうことはあるよね。ワードもたまに変換が変になることもあるし、止まることもあるし、正体不明の更新とかもあるしね」
「そうね、そういえばショウタはむかし全然パソコンができなかったよね? というかパソコンが嫌いで、打つのも、ものすごく遅かったような」
「忘れていたけど、ほんとそうだよ。その時を思い出すと、よくがんばってここに立っているよなって思うよ。パソコンなんてなかなかの大敵だったよ。大学当初はほぼゼロの状態で、レポートを書き上げるだけでひいひい言ってたよ。文字を打つだけのWordでさえ苦労したんだから、ExcelやPowerPointなんてなおさらだよね」
「そう考えると今の進歩はすごいわね。Excelもショートカットキーを使いこなしていて学生のときのショウタが今の自分を見たら卒倒するくらいよね。パワポも何不自由なく使えているもの。不自由どころじゃないわね。外資系金融で狂ったように鍛えられたからでしょうけど、速く良いもの作れるものね。もっとも普段はめんどくさがって作ろうとしないけどね」
「おいおい、それは面倒とかじゃなくて、効率の問題なんだよ。投下した労力に対してどれだけ意味があるのかを合理的に判断しているだけさ。そういえば、Excelもはじめて大学のときに解析に成功したときは感動したな。あれだよ、何万セルの実験データを取って、それをグラフ化するんだ。今考えるとそこまで難しい事じゃないけど、当時の自分はその波形があらわれたときに感動したことを覚えているよ。ああ、そういえば理系の実験科目でフーリエ変換をやったことがあったな。そのときは意味がわからなかったけど、手探りの中なんとか解析を終えて波形をばらけさせて形に出来たことは、嬉しかったなあ。何かを学ぶことって、元来喜びなはずだよね。能力を上げていくのも喜びなはず。その感情がどっかに迷子になって、義務感だけが募るのはおおよそ正しい事じゃないように思えるね」
「へえ、大学ってそんな感じなのね。楽しそうじゃない」
「あれ、イズミは大学……?」
「ふふ。あーアロマのディフーザーが切れたわね。水をいれて来るわ」とイズミは自分のことになるとのらりくらりと話を逸らす。
ショウタはイズミと会話をこれだけ交わしているのに、彼女の過去について何も知らないことに気づいた。イズミが大学に行っていたかどうかすら知らなかったことには愕然とした。
もちろん、彼女がどういう学校に行っていたかなんて、彼女の本質を揺るがすようなものじゃないだろう。
ショウタはイズミの表情や身振り手振りやちょっとした口角の上がり方で感情を読み取ることができるのだ。それくらい相手を熟知している。
でも、過去の情報というのが、ほんとうにショウタとイズミとの関係性をゆさぶるものにならないと果たして言えるのだろうか?
ショウタにはすぐには答えが浮かばなかった。いくつもの可能性があって、長いイアホンの紐のように複雑に絡み合っているのだ。数学のフーリエ変換をもってしても、要素に分けられるか怪しいものだろう。
ショウタは手持ち無沙汰のまま、漂ったアロマの残り香を嗅いだ。だが、香りは部屋の空気のなかに親密に溶け込んでいて、あまり匂いを感じることはできなかった。
「次は、どのアロマがいい?」とイズミは戻ってくるなり、ごきげんな口調で訊いた。
「何があるんだっけ?」
「ラベンダー、ローズマリー、ユーカリ、ティートゥリー、ローズウッド、ベルガモット、レモン、オレンジスイート、ライム、フェンネル、フランキンセンス、イランイラン、ゼラニウム、ベンゾイン、ペパーミント、ジェニファー、マジョラム、グレープフルーツ、レモングラス、そんなところかしらね」
「いやいや、そんないっぱいの中から選べるわけないよ。悪いけど。イズミのおすすめで頼むよ」
「そうね、じゃあイランイランとラベンダーにしましょう。ちなみにイランイランには催淫効果があるのよ。ラベンダーはリラックス効果。つまり?」
「つまり?」とショウタはイズミが何を言い出すか量りかねて聞き返した。
「ということは?」とイズミは意思を曲げることなく、ショウタに何かを言わせたいようだった。
「わかったよ。そこから連想するのは、淫靡なベッドの世界だね。というか、イズミはもうベッドに行きたいの?」
「よくわかったわね」
「もう夜の1時を過ぎているもの。眠くなって当然だよ。そろそろ会話はやめにして、寝る用意を始めようか」
「そうねそれがいいかもしれないわ。ちなみにここまでで3時間書いて、約7,600字ね。総括したら寝ましょ。あー」とイズミは大きくあくびをした。
不意に垣間見えたイズミの無防備な表情にショウタは思わず、跳ね起きそうになった。何が跳ね起きるかって? そんなの言えっこないよ。こんなことを言いだすなんて、とにかく今日はもうそろそろ寝た方がいいのかもしれないな。
「夜の10時15分からスタートして、3時間で7,600字か。僕の中ではかなり書いた方だね。まあプロットもキャラもなにも考えずに徒然なるままに走り書きしているだけだから、ほんとうに適当な文章だし、文章というよりも、ほとんどおしゃべりに近いかもね。普段、小説を書くときは、もっと時間をかけてゆっくり文章を紡いでいくからね。だいたい、3時間だと、1,500字くらいな気がする。それと比べたら今回はだいぶハイペースだね。逆に、普段の小説執筆がいかに精魂込めて作り込んでいるかが分かるってもんだね。うん、今日はおつかれさま。よくがんばりました。じゃあ、明日は、マインドマップと大谷マトリックスの文章版だね。あれだよ、むかしにやった自己分析の一種さ。マインドマップの方は、自由に発想を広げられるし、思考を発散することができるからね。最初の手がかかりとして利用するのにとても適しているんだ。大谷マトリックスの方は、明確な目標設定がある場合に、とても有効なシートになるからね。明日が楽しみだよ。こういうのも一度どこかでやっとかないとなとはずっと思っていたんだけどね。なかなか執筆をしないとっていう自分自身にかけてしまうプレッシャーで自分を見つめ直す機会を取れずにいたからね。立ち止まって自分がどこにいてどう進んでいるかを確かめることも必要だからね。思いつきだったけど、今回一番良かったことかもしれないな」
「結局、現段階では、がちがちのかっちりした自己分析はせずに終わっちゃったもんね。一番最初に自己分析だ存在意義だとかレゾンデトールだとかって息巻いていたのにね。おかしくなっちゃう。まあそれが即興アドリブの良い所でもあり、困った所でもあるわね。あぁんはぅー」とイズミは再びおおきなあくびをした。さっきのよりもどこか艶めかしい響きがあった。
「ああ、イズミ、もう寝ようね。好きな作家についても語りたいな。せっかくだから小説についておもっていることさらっと話したいね。明日もがんばろう」
「そうね、ショウタ、おやすみ」
「おやすみ、イズミ」
カーテンの隙間から漏れる陽光にショウタは起こされた。朝日はいつもじわじわとショウタを夢の世界から引き剥がす。
枕元に置いてある時計を見ると、昼の12時を指していた。
「おいおい、朝日なんてもんじゃなかったな。どんだけ寝てたんだよ」
とショウタはひとり呟いた。
するとイズミが部屋に湯気の上がったふたつカップを手にしながら入って来た。
「遅かったわね。今日の夜までどれだけの字数が書けるかのチャレンジをするんじゃなかったの?」とイズミは香り立つコーヒーをショウタに手渡しながら言った。
「ありがとう。ほんとそうだよね。朝早く起きて、書こうと思っていたのに、結局、あれだ、9時間以上寝てたよ。8時間寝ないとだめな人間なんだけど、9時間はちょっと長かったな」
「8時間も9時間もたいして変わらないわよ」とイズミはショウタの肩を小突いた。
「あぶない、コーヒーがこぼれそうになったじゃないか。きっと夢の世界が僕を引き留めたんだ。ショウタ! 待って! 行かないで! っていう感じでさ」
「へえ、そんな懇願されるような夢だったの? さぞかし極彩色のめくるめく激しいものだったんでしょうね」
「なんだ、夢に妬いているのか? まあ、夢なんて起きていくうちにどんどん零れ落ちていくんだけどね。こうして話をしているうちにもさ」
「で、どんな夢だったの?」
「そうだな、中学の時の国語の先生がなぜか出て来たよ。僕は一番前の席に座っていて、でも中学生じゃないんだ。たぶん小説家として座っていたんだよね。それで国語の現代文の問題について回答を求められて、僕はぺらぺらとその問題の答えだけでなく、その背景にある歴史、イデオロギーについてまで語ったんだ。偉そうなことを言ってと僕はどやしつかされたんだよ。まったくひどい夢だったよ」
「へえ、あんまりずっと夢に潜っていたくなるタイプの夢じゃない気がするけどね。夢っていうものの一番の機能はね、眠りから覚めさせないようにすることなの。起床を防ぐものよ。覚せい剤の真反対ね」
「ああ、まだあったよ。山奥の見知らぬ土地に僕はいたんだ。そこでは懐かしい小学校の友達が小さなグループになって散らばっていたんだ。僕はなぜか挨拶しなきゃと思って、票の取れない政治家みたいにそのグループを巡っていくんだ。そうすると、奥地に広大な土地があって、小さな門だけが現れたんだ。猛々しい瓦が重なっていて、立派な造りだった。たぶん国家権力もこんなところに門があるなんて知らないぜ。忍者が屋敷に忍び込むように、僕と雄々しいおじさんは落ちたら大怪我するような塀の上をつたって中に侵入したんだ」とそこまで話すとショウタは一息をついた。
「で、中には何があったの?」
「そこから先は君には言えないよ。地下に潜ると、お風呂場のようなものがあったとだけ言っておくよ」
「なによそれ」
「でも結局は浴場に入ることなく、夢は終わってしまうんだけどね」
「あら、そう。夢も終わったんだし、早く書く方へ移りましょう」とイズミは心なしか冷淡に言った。
「そうだね。まずはマインドマップ的なことをやってみようか。マインドマップというのは思考を発散させることで、自分の中で思っていることを顕現化させるツールのことだよ。ある意味で夢と似ているかもしれないな」
「顕現化させるという意味ではね。でも、夢が対象としているのはもっと深部のものよ。そして表面にあらわれて来ても、すぐには夢として表出したものが、自分が本当に考えていたことかどうかの判断はつかないわ。判別をつけてはならない類いのものなのよ。たとえば自分が誰かを殺してしまう夢を見たとしても、自分の中に殺人衝動があると即断してはいけないようにね」
「それもそうだね。夢とは違って、マインドマップは表出したアイデアは確かに自分が思っていたことだと腹落ちするようなものだからね。さあ早速はじめて行くか」
「ショウタ、マインドマップをやるといってもまずはテーマを決めないといけないわ。例えば、私の好きなもの、私の嫌いなもの、私がなりたいもの、私の趣味、私の得意なものや苦手なもの、尊敬する人、子どものときの夢、みたいな感じでね。それにレベル感の設定次第でかなり様相は変わってくるわ」
「そういわれればそうだね、最初に設定するテーマのレベル感によって、だいぶ出力が変わってくるね。僕が考えていたのは、好きな小説とか、書きたい小説、目指すべき小説、とかそういうものにしようかなっと思っていたけど。ちょっと狭めすぎているのかもね。まずは大きめのことがいいのかもしれないな」
「じゃあ早速やっていきましょうか。まあ本来マインドマップというのは手書きで紙に書き落としていくものなんだけど、文章だけでやってみようか。まあもはやマインドマップというよりも自由連想といった感じね。テーマはそうね何がいいかしら?」
「そうだね、まずは一番オーソドックスに、自分の好きなもの、でやってみようよ」
「よし、じゃあ10分間でやってみよう。時間を区切ってその中で頭を振り絞るのがポイントだもんね。よーいスタート!」とイズミは号令をかけ、ショウタは作業に取り組んだ。
・音楽:B'z、ZARD、宇多田、あむちゃん、藤原さくら、小柳ゆき、松田聖子、山口百恵、中森明菜、MIYAVI、ミスチル、ラルク、グレイ、SIA、テイラースイフト、ラフマニノフ、ベートーヴェン、琴、ハープ、
・美術、絵画:印象派、モネ、フェルメール、ルノアール、ムンク、グレコ、マネ、会田誠、
・小説:海外文学、日本文学
・哲学:フランス哲学、英米、ギリシャ
・運動:アスレチック、ランニング、筋トレ、野球、スイミング、ボルタリング、
・良い気候:夏のシアトル、夏のバンクーバー、夏のロンドン、秋の避暑地—群馬や栃木、秋の京都、花粉がないとこ、湖がきれいなところ、川がきれいなところ、水が美しい所
・書くこと
・テレビ
・映画
・漫画
・宇宙
・学問というもの
・相対化してみること
・新しい視点
・優しい人
・綺麗なもの
・子ども
・・・
「しゅーうーりょう!」とイズミが声を出すと、ショウタはうなだれた。
「全然時間が足りない! なんだこれ。最初に音楽を書いてしまって、そこから好きなアーティストは誰がいたっけ? とか考えてるとそこだけであっという間に時間がなくなったことに気づいてしまった。これはレベル感をコントロールするのをミスった気がする。もっと、最初に、好きなものをどんどんあげていくべきだったんだ。それに途中からレベル感がばらばらで混迷をきわめているし」
「はいはい。まあ、それでいいのよ。これはビジネスの場面じゃないし、きわめて個人的なものなのだから、ロジカルである必要はないわ。そういう枠組みを超えたとことで、考えていきましょう。つまりね、時間がない中で、やるということに意味があるの。この1日でどれだけ字数が書けるかの小箱バージョンね。時間がないなかで最大限に書こうと思うと、どうなると思う?」
「ぐちゃぐちゃで、まとまりがなくなる!」とショウタはまた髪の毛をぐちゃぐちゃにかきむしった。
「そうなの。それが意義なのよ。まとまりのないプリミティブな状態、カオスな状態に陥らせるのよ。それがどういうことか、その人の傾向が現れやすいのよ。たとえばね、あなたは、最初に思いついた音楽という好きなものを、まず掘っていこうとした。でも途中で全体像への意識というバランス感覚を発揮し出したの。それによって、一次的な好きなものを答えようとシフトチェンジしたの。ショウタ、あなたは、何か物事を始めるときに、最初は直情的に一気に没入しながらも、すぐに全体的なバランスを眼差して調整しようとしていく、そういった傾向が浮き出ているのよ」とイズミは得意げに言った。
「ほおなるほどなあ……」とショウタは腕を組んで考え込んだ。
「そうかもしれないな。イズミの言う通りだな。まだまだ書けていないこともいっぱいあって、たとえば、好きな音楽や美術も他にもいっぱいあるし、アロマも好きだし、食べ物、お茶やコーヒー、シンプルさ、性癖的な部分、もっと具体的なグッズもそう、お気に入りの目薬だってあるし、お気に入りのコップや香水や場所や言葉や概念だって、もっともっとあるのにと思っていた。全然自分を出せなかったように思っていたけど、そういう傾向としての形で自分が出ていたとは驚いたよ」
「面白いでしょう? さあ、次はどのテーマでやろっか? まあ次はこの自分の現れがどういう傾向にあるのかについて多少は意識はするだろうから、ちょっとは変わっていくだろうけど、それも含めてやっていきましょう」
「確かにね。じゃあ、自分が将来どうなっていたいか、将来の理想像、についてとかはどうだろう?」
「良いテーマね。現在の自分の次は未来の自分についてね。そしたらその次は過去になりそうね。時間はどうする?今回も10分のままで行ってみようか」
「そうしよう。科学の実験でも同条件下で比較することに意味があるからね」
「よーいどん!」とイズミは高らかに言った。
・小説家として、自分の書きたいものを書く
・小説家として売れる、一定の評価をされる
・食うに困らない、自由で気ままな生活
・ストレスが少ない生活
・対人関係で困らない、いらいらしない、不快がすくない生活
・気候の良い所で、自由に過ごせるくらいに。花粉症時期は海外へいって、猛暑のときにも海外にいって、秋には京都にいて、みたいな渡り鳥のような
・家族をもつ、こどもをのびのび育てたい。イズミみたいな素敵な奥さん
・常に、新しい事に挑めるような環境
・心身ともに健康
・友達がいて、月に何度かわいわいする
・たまに環境を飛び出すような無茶なことをできるようなマインド
・世の中を自分ができるもので少しでも良くすることに貢献できたらいいな
・埋もれている資源を活かすようなことをしたい。ポテンシャルがあるのに眠ったままのものを活かせたら
・世の中の不条理や、人間の尊厳を脅かすようなことを減らしていきたい
・空気が綺麗で、湖などの水辺が近くにあって、笑顔で暮らす環境
・誰にも書けない小説を生み出し続ける
・僕だから書ける小説を書く。自分で自分に感動したい
・ありきたりな、平和、健康、周りの人、困らないだけの資産、自分の尊厳としての小説、そういうごく普通のものを僕は求めているのかもしれないな
「ストーップ!」とショウタはちょうど最後の文を書き終えたところで、イズミの声が静寂をさいた。
「ショウタ、今回はどうだった?」
「あれだね。前回の反省を意識したのはやっぱりあったね。なるべく具体的な下部のレベル感の項目に潜りすぎないようにしたのはあるし、将来の姿をどんどん挙げていこうとしていたね。今回は文章で書く感じになったからか分からないけど、逆に時間に余裕があった気がするよ。たぶん、文章に含める情報量が多くて、すぐに満たせたのかもしれないな。むしろ、最初はすらすら出て来ても途中から、滞って来てしまったかもしれない。ちょっと最後の方はアイデアが出てくるのが遅くなってきたから。そこからが勝負って感じだったね」
「うん、今回のマインドマップというか自由連想はなかなか興味深いわね。まずは小説が出て来て、小説家としての在り方が書かれていたわ。それから環境ね。住環境、生活環境、対人環境といったそういったもの。それから、ねえ、”家族をもつ、こどもをのびのび育てたい。イズミみたいな素敵な奥さん”って何よ! どこまで本気なの?」とイズミは恥ずかしそうに、でもそれを隠そうとしながら口調を強めた。
「ああ、そのまんまだよ」とショウタは事もなげに答えた。
彼にはそういう女性を困惑させるところがあった。意識的なのか、無邪気なのか、意図的なのかはよく分からなかった。
「もう。それから社会貢献が後半に来たわね。これはきっと自分の夢を実現できて余裕がでたらやりたいと思っていることなのね。そして最後にはまた小説。ほんとに小説馬鹿ね。どんだけ小説が好きなのよっていうか、これだけ書くってことはきっと小説があなたにとってかけがえのないものなんでしょうね」とイズミは微笑んだ。
「そうだね、やっぱり僕にとって小説は欠かせないものだな」
「ショウタはなんでここまで小説を書きたいと思うようになったんだろうね? それを探るためにも過去のマインドマップをやってみましょう。テーマはそうね、小説を私が書くようになった理由、影響を与えたもの、とかでどうかしら?」
「いいね。どこかでそのテーマは考えたいと思っていたんだ。断片的には思い浮かべることはあるのだけど、体系的に考える機会は案外ないからね」
「じゃあ始めるわよ。よーい、はじめ!」
・アメリカ留学時に、日本語を絶っていたことで、逆に日本語を渇望していた
・飢餓状態で日本語の本を読むと日本語が身体中に染み込んで来た。自分には日本語が本質的に欲しているものなんだと気づいた
・辛苦含めた色んな経験をするなかで、自分の中にあふれ出るものがあった。それはきっと、経験をして自己変革が行われている過程で、自分と世界との折り合いをどう付けていくか、それに対して小説という形式を求めるようになったんだと思う
・経験が溜まってきて溢れたというよりも、世界への自分なりの理解だったり、困難性に対する認識、乗り越え方を自分なりに構築できてきたことで、それを物語に乗せることで、依然として残っていた世界と自分への違和感を何かしらの形でスムーズに変換したかったのかもしれない
・小説というフォーマットが自分に一番適していた。哲学的な在り方、ロジカルな方法論、そういったものの間で機能している鷹揚な存在に映った
・もともとは、幼いころから本が好きで、よく読んでいた。現代文が得意だった。小学校での図書委員事件。高校では図書委員長として本を読みあさった。幼稚園、小学校のときは創作をしていたような気がする。小学校のときの作文では誰よりも分量を書いていた。みんなが原稿用紙1枚をやっと書いているときに、ひとりだけ10枚を書いていた
・物事に対して、人とは違う解釈というものをしようとする子どもだった。美術の時間での絵画解釈は相当レベルが高かった
・中三のイギリス研修のとき、将来有名になるとしたら、芥川賞受賞と書いていた
・高校時代にも小説とまではいかないものの、小説を書こうとしたことがあった。しかし友達との共作でやろうとしたため、うまくいかず書き切ることはなかった
・大学二回生の終わり頃にも、ルサンチマンを乗り越えるために書きたくなる時期があった。掌編レベルを書いたが、自分が小説を書いたという意識はなかった。卒論が終わった頃、卒論で醸成した思想を携えて、2014年の3月あたりにも小説を書きたくなる時期があったものの書くには至らず。おそらく無目的的な時間を追求し、色んなものを無作為にインストールしていたからだろう
・アメリカ留学中の2015年4月に書きたいと渇望するようになって、そこから現実世界がインターン等で忙しくなって、日本帰ってからは就活で忙しくて、書き始めたのは、たしか、2016年の2月からだったと思う
・そのはじめて書いた処女作が、思いの外、自分にとって刺さりまくる小説が書けた。あれは自分で自分に感動するというめったにない体験だった。ポテンシャルというか才能があるんじゃないかとそのときに思った
・それで割と満足していたものの、また書きたいなという思いは抱えたまま夏ごろに書き直しをして、やっぱり小説の面白さを実感した。修士のあいだは奔放な濁流のようにプライベートで色んなことが起こった
・そして修士論文の中に論文の解説小説を含めるというアイデアを教授から受ける。修論のために小説を執筆するという異常なことをやると、論文自体の出来よりもその小説の方が評価される
・修論が終わり、時間ができたところで、新作を書いた。処女作の荒々しくもポテンシャルに溢れていた作品とは違うものを書こうとし、実際に小説として一層完成度の高いものが出来上がった。ここで自分には才能があると確信する
・社会人になってからは激務すぎて小説を書く時間がなかったものの、ロンドン研修の間は余裕があったので、新作の執筆を始める。日本に帰ってからは激務のためしばらく書けないが、週末のわずかな時間に少しずつ書き溜めていき、一年半ほどの時間を経て傑作が完成した。20代全てをつぎ込む気持ちだった。これだけのものが書けるのなら、と本気で小説家を目指そうと仕事を辞めて小説に向かい合おうと決意する
・仕事をやめてからは、その傑作を超えられるかの不安と戦いながら、長編と、スピンオフに近い童話を書き上げる。そして今に至る。
ショウタは、書き終えると、イズミが優しくショウタの書いた文を眺めていることに気が付いた。
時計をみると、10分を優に過ぎているどころか、30分も経過していた。
ショウタはイズミの優しさを悟った。彼女は、ショウタが書き出した勢いを止めずに見守ってくれていたのだ。
「これはあなたにとって通り抜けなければならない振り返りだと思うの」とイズミは言った。
ショウタはイズミをまっすぐに見据え、頷いた。
「あなたの中で小説を書いている必然性、それをあらためて見つめ直す時間が必要だったのよ。あなたは、10分で収めようとしなかったのがその証拠よ。一回目、二回目と10分の中でいかに上手く書くかを磨いてきたはずのあなたが、バランスも考えずに書き続けていたんだもの。これは書き終えるまで、書かせてあげないといけないと思ったわ」
「ありがとう。そうしてもらえて良かったんだと思う。気が付いたら破竹の勢いで書き殴っていたよ。自分が小説に向かっている理由というか、軌跡が見えたよ」
「おつかれさま。ちょっと休憩しましょうか。3時間ぶっ通しで書いて疲れたでしょう」
「たしかに言われてみれば、疲れを感じて来たよ」
「おやつタイムにしましょう。好きな小説とか自分が書きたい小説については、休息のあとにやりましょう」とイズミはてきぱきとキッチンに立った。
「少しはリフレッシュできた?」
「イズミの作ってくれたゼリーは絶品だったよ」
「ようしエネルギーもチャージできたみたいだし、続きに入っていきましょうね。つぎはいよいよ小説についての書き出しね」
「自分が書きたい小説と、読み手として好きな小説だと、微妙に違ってくるんだよな。むりに限定させないためにも、書いても読んでも良いと感じる小説くらいにしておこうかな。好きな小説、良い小説って感じで」
「いいんじゃない? さて、じゃあ時間はどうしましょうか? このテーマは結構あなたにとって価値のあるものだからね。今までとは違って、これから小説を書いていくにあたってダイレクトに影響していくものだから、10分って区切りすぎない方がいいかもしれないわね」
「たしかに、これは10分では収まらなさそうだね……」
「それじゃ、こうしない? まずは10分で書いてみる。そして一旦10分で書けたものについて話し合う。その後に、書き足りないと思ったものをまた時間を取って書いてみるの」
「さすがイズミ。泉のようにアイデアが出てくるんだから」
「いずみだけにね。はい、じゃあジェネラルに、好きな小説・良い小説をリストアップしていきましょう。スタート!」
・強度の高い小説
・普遍性の高い小説
・個別性の高い小説、
・特定の尖った視点や観点を持った小説
・感性の美しい小説
・見たことのない新しい小説
・含蓄、思想性等の深みのある小説
・読んだ後に残るものが大きい小説
・物語性の高い小説
・神話性の高い小説
・その世界に没入できる小説
・伏線やらすべて繋がっていて構成が優れた小説
・風景や音や匂いや味や手触りといった感覚が呼び起こされる小説
・キャラクターが魅力的な小説
・象徴性の優れた小説
・共感を呼ぶ小説
・底に愛がある小説
・読んだ後に、自己変革だったり、世界に対してのまなざしを取り戻せる小説
・世界の良い部分や美しい部分を気付かせ、なんとか生きていこうと活力を与えられるような小説
・救いとなるような小説
・人間の存在、人の性質、汚いえぐい部分も包含して、を描いた小説
・理由はなくとも、その小説を読んで良かったと思える小説
ショウタは、10分も経たないうちに、もうある程度出し切ったと言わんばかりにイズミの顔を見た。
「早かったわね。今回は、最後の方は出尽くしたって感じなのかしら?」
「うん、無理やり挙げるとするならまだまだ書けることは書けるんだけど、どんどん被ってくる気がしてね」
「書きたい小説っていうのはある程度纏められるのかもしれないわね。裏を返せば、あなたにはもう小説に対して志向性が定まっているとも言えるのかもしれないわね」
「確かにそうかもしれないな」
「今書き出したものを、グループ化して分類し直してみたらどうかしら? そうすれば、あなたの小説の柱が建てられるような気がするの。好きな小説、良い小説といいながらも、結局ほとんど、あなたが書きたい小説になっているようだしね」
「はは、間違いないね。纏め直して、適宜加えたり引いたりしていこう」
そしてショウタはイズミと協力しながら作業をはじめた。ポストイットのひとつひとつに文章を書いていき、似たようなものを集めてグループを作っていった。すると、雑多にあった文章たちが大きな輝きをはなった塊になっていった。
〈普遍性〉
・時代や文化をこえた普遍性の高さをもつ小説
・神話性の高い小説
・象徴性の優れた小説
・人間の存在や気質、社会の性質や傾向、世界の構造や仕組み等、あたたかい面も汚いえぐい部分も包含したものを描いた小説
〈強度〉
・強度の高い小説
・含蓄、思想性等の深みのある小説
・読んだ後に残るものが大きい小説
・伏線やらすべて繋がっていて構成が優れた小説
・物語性の高い小説
・その物語世界に没入できる小説
〈美しさ〉
・感性の美しい小説
・風景や音や匂いや味や手触りといった感覚が呼び起こされる小説
・文体や文章が気持ち良い小説
〈オリジナリティ、作家性〉
・個別性の高い小説
・特定の尖った視点や観点を持った小説
・見たことのない新しい小説
・キャラクターが魅力的な小説
・名言やキラーフレーズが散りばめられた小説
〈救い〉
・救いとなるような小説
・共感を呼ぶ小説
・底に愛がある小説
・読んだ後に、自己変革を起こせたり、世界に対してのまなざしを取り戻せる小説
・世界の良い部分や美しい部分を気付かせ、なんとか生きていこうと活力を与えられるような小説
・理由はなくとも、その小説を読んで良かったと思えるカタルシスのある小説
「おおー! 結構いい感じにまとまったわね」
「普遍性、強度、美しさ、オリジナリティ、救い。この5つにグルーピングできたよ。”普遍性”や”強度”の高さというのは、日ごろから言っていたことなんだけど、”美しさ”や”オリジナリティ”っていうのは、声に出していたことはないけど、芸術においては間違いなく不可欠な要素だね。そして自分でも驚いたのは、”救い”だよ。救いなんて考えたこともなかったよ。でも、救いという言葉が浮かび上がって来たときに、僕は生まれたときから座っていた場所みたいにすとんと居心地の良さを感じたんだ。ああ、僕が書きたい小説というのは、救いの小説なんだな、って」
「普遍的で強度が高くて美しくてオリジナリティという作家性があって救いのある小説。素敵じゃない」とイズミはうっとりした表情でショウタを褒めた。
「これもイズミのおかげだよ。君の着想がなければここには至っていなかったんだから」
「これはあなたの力よ。私はか細い手を貸しただけ」
「イズミには感謝しきれないよ。この勢いで、さらに深めていきたいと思う。イメージを膨らませていくためにも、具体的な作品をあげていきたいんだ。自分が目指すべき小説の輪郭をはっきりさせるためにもね」
「いいじゃない。たとえば、普遍性がある小説は誰々が書いたこの小説で~みたいに参考となる作品を列挙していこうという意図なんでしょう?」
「その通り。もともとは、具体的に好きな小説というテーマで、別個にやろうと思っていたんだけど、この際、ここに紐付けて行く方が効果的だなと思ったんだ」
「いいじゃない。やってみましょうよ。好きな小説の中で、これら五つの要素があるものをマッピングしていきましょうよ。こういう地図が頭の中にあれば、今後小説を書いていくにあたって、羅針盤のような役割をしてくれるでしょうし」
イズミはそう言うと、手際よく先ほどの五つの分類を書き記した。ショウタとイズミは、お互いの好きな小説をまず五つ挙げて、どこに当てはまるか議論して言った。それから思いついたものをどんどん挙げていった。
結局、すべての項目で10個ずつランキング形式でリストアップした。合計で50作品を宝石店のディスプレイのように並べることになった。
この順位や作品群は日を追うごとに変化するだろうし、アップデートしていこうね、ということになった。
好きな小説はやはり良いものが多いので、一つの分類に収めるのは難しかった。ショウタとイズミは、全部に入れたくなるのを我慢して、なるべく一つの作品は一つの分類項目に入れるようにした。中には、小説以外のマンガなどの作品が入ることもあった。良い作品というのは表現の形式を問わず、良いものだから。
〈普遍性〉
村上春樹 『ノルウェイの森』
F・スコット・フィッツジェラルド 『グレート・ギャツビー』
J・D・サリンジャー 『ライ麦畑でつかまえて』
新海誠 『秒速5センチメートル』
三浦綾子 『氷点』
ヘルマン・ヘッセ 『車輪の下』
太宰治 『人間失格』
山中恒 『ぼくがぼくであること』
真山仁 『ハゲタカ』
新井翔太 『キゲン~死に似た悲しい安らぎ~』
〈強度〉
ジョン・アーヴィング 『ガープの世界』
ジョージ・オーウェル 『一九八四年』
村上春樹 『1Q84』
村上春樹 『騎士団長殺し』
新井翔太 『グレイズバリー』
宮部みゆき 『英雄の書』
デュマ・フェス 『椿姫』
レイモンド・チャンドラー 『長いお別れ』
フリードリヒ・ニーチェ 『ツァラトゥストラはかく語りき』
花村萬月 『ゲルマニウムの夜』
〈美しさ〉
フランソワーズ・サガン 『悲しみよこんにちは』
北条裕子 『美しい顔』
宮下奈都 『スコーレNo.4』
宮下奈都 『羊と鋼の森』
フランソワーズ・サガン 『優しい関係』
トルーマン・カポーティ 『ティファニーで朝食を』
三島由紀夫 『潮騒』
辻仁成・江國香織 『冷静と情熱のあいだ』
湯本夏樹実 『夏の庭』
梨木香歩 『西の魔女が死んだ』
〈オリジナリティ・作家性〉
岸本斉史 『NARUTO』
稲垣理一郎・村田雄介 『アイシールド21』
梶原一騎・川崎のぼる 『巨人の星』
アルベール・カミュ 『異邦人』
フランツ・カフカ 『変身』
村田沙耶香 『コンビニ人間』
新井翔太 『美しい不均衡と構造的な部屋』
原ゆたか 『かいけつゾロリ』
宮部みゆき 『模倣犯』
作者不詳 『とりかえばや物語』
〈救い〉
新井翔太 『夏が割れる』
村上春樹 『国境の南、太陽の西』
パウロ・コエーリョ 『アルケミスト』
リチャード・バック 『カモメのジョナサン』
水野敬也 『夢をかなえるゾウ』
サン=テグジュペリ 『人間の土地』
宮部みゆき 『ブレイブストーリー』
夏目漱石 『倫敦塔』
綿矢りさ 『インストール』
新井翔太 『アイオーン』
「ふう、これを書きだすのにだいぶん時間がかかったね。地味に2時間以上かかったよ」
「ほんとね。10個ずつ書きだそうとしたら大変な作業だったわね。当然と言えば当然だけど、好きな作品はいっぱいあるから、なかなか選べないのよね」
「そうそう。色んな作家を選びたかったけど、結局好きな作家というか、閾値を超える作品がある作家って自分の中である程度傾向があるみたいなんだね。そこそこ好きな作品がある作家をリストアップできなかったしね」
「これは非常にいい試みだったよ。よし、じゃあ最後の試みをしていこう」
「いよいよラストね。ラストは大谷マトリックスね」
「そう、大谷マトリックスというのはメジャーリーグの大谷選手が高校時代に実践していた目標達成シートのことだね。9×9のマス目を書いて、3×3の9つのブロックにわける。そのど真ん中のひとマスに目標を書き、その周りの8つのマス目に、目標を達成するための要素を書く。そしてその8つの要素を、外縁の8つのブロックに区切ったところの、真ん中に要素を書く。さらに、その要素の周りの8つのマス目に、目標を達成するための要素を完遂するための具体的なアクションを書いていくんだったよね?」
「That's rightよ。さっそくやっていきましょう。いままでのを踏まえていきましょう」
「まず、目標は、小説家として大成すること、これにしよう」
「いいね、じゃあ次の小説家として大成する為に必要な要素は何か考えていきましょう」
「さっそく、前のを使って、普遍性の高さ、強度の高さ、美しさ、オリジナリティ(作家性)、救い、の5つは埋まりそうだね。この5つの要素はどんな小説を書くかという内容に関わる属性だ。残り3つは、大成する為に、作品内容以外の要素ということになるな」
「小説家で、作品以外にどうしたら大成できるのかな?やっぱりやり続ける事は重要でしょうね。素晴らしいものを書く才能があったとしても、書き続けられないと意味がないものね」
「その通りだね。あと2つ。基本的に小説というのは作品が独立しているはずなんだけれども、世間的には、作家本人と同一視されているケースも多いのが現状だね。だから作家本人としても好感を持たれるか、というのもファクターになりそうだな」
「それはそうね。作品にも作家の人格を見出そうとする人はいっぱいいるからね。さあ、最後の1つはなんだろうね。あ、今回は基本的に自分が関与できるものだけに限定しているからね。だからたとえば、自分が評価される良い時代に生まれるとかはナシね」
「おっけー。書きたい内容、書き続ける事で7つ挙げてきたね。これは内発的なものだし、プロダクトアウト的な発想だよね。これ以外だと、あとは読者や社会や時代性になってくると思う。そういう外部性に期待するんじゃなくて、僕は外部性に合わせる柔軟さを持つことだと思うんだ。迎合することはないけれど、ある程度ニーズを捉えることもしていくということだね。つまりマーケットイン的な発想だね」
「完璧じゃない? 改めて整理すると、1普遍性の高さ、2強度の高さ、3美しさ、4オリジナリティ(作家性)、5救い、6書き続ける事、7作家本人の好感度、8外部ニーズに合わせる柔軟性の8つで決まりね」
「よおし一個一個考えていきますか。やっぱりね、どういうものを書きたいか、そしてそれを実現していくにはどういうアクションが必要かというのを考えていくのは小説を書いていく上でも欠かせないことだね」
イズミは、がらがらとホワイトボードを設置した。イズミは、本当に優秀で気が利く。ショウタは感心しながら、イズミが8つの要素をホワイトボードに書きこんでいくのを眺めていた。
1普遍性の高さ
・世界とは何かを考える、社会とはどういうものかを考える
・人間の存在とは? 人生とは? を突き詰めていく
・意味とは? あらゆることの意味について思い巡らせる。なぜ存在しているか
・論理を超えたところにあるものを、見つめていく
・古典における普遍的なものを読み取る。本をたくさん読む。
・本に限らず、美術、芸術、音楽、演劇、ジャンルを問わず色んな作品に片っ端から触れていく
・哲学書から抽出できるところを得ていく
・人をつぶさに観察する
2強度の高さ
・二項対立を自由に往来していく。取り込み構造を操る
・人と逆のことを考えてみる。常識を裏返す
・あらゆるフレームワークを自在に飛び移りながら、使いこなす
・一つの事を究めていくことで見える世界をとらえる
・学識を深め、各学問領野を横断し、それらに対しての知見を蓄える
・小説に向き合うにおいて、濃いテンションを持続させる
・書き直し作業において、微妙なものだったり浅いものだったりを容赦なく切り捨てていき、純度を上げていく
・物語の構造を分析する。どういうパターン、どういう構成、どういう要素、どういう組み合わせで、名作が成り立っているかを分析する
3美しさ
・自然に触れ合うことで、感性を磨く。風景スケッチなど
・美術館や博物館をはじめとして美しさがありそうな場所へいき感性を研ぐ
・宇宙人としての視点をもつ。見えない世界を見る
・細かい些細な点を取り零さない、どうでもよさそうな細部に光を当てる
・諸事柄をつなげてみる。連関させてみる、化学反応を起こすことで見えるきらめきを保存する
・人の感情に繊細になる。感情を豊富にもち、拾い上げていく
・いろんな語彙を増やす。動詞、特定の分野の言葉、表現方法、視点、感情の発露
・人と向き合う、恋愛、家族、友人、人を愛する、喜怒哀楽、ふれあう
4オリジナリティ(作家性)
・色んな経験をして、咀嚼していく、自分を通過させて、小説へ変換させる
・日々、妄想するであったり、独自の考え方・見方・切り口をしていく。狂人的な考え、ものの見方、脱構築
・時代の新しい技術や事象やニュースを取り入れる。今ならVR、AI、自動運転、ギグエコノミーなど。他には若い子たちの流行だったり何を考えているかをアップデート
・文化を知る。日本の伝統文化、海外の伝統文化、廃れてしまった文化、その背後にある思想や集合意識
・手懐けた技法を増やす。擬人化、感覚のスイッチ転換、ミスリード、引用、繋げ方、時間の移り変わり、などなど
・自分という器を飛び越えたり、空にしてみたり、移し替えたり、満たしてみたり、と自分自身という存在を抽象的にモノとして扱えるように
・既存の名作のキャラクターを分析する。同時に自分の作品の登場人物たちをマッピング化する。それにより相対化され、新たなキャラを模索できる
・自分が抱いているイメージをいかに小説の中で言葉として射出できるかを追求する
5救い
・魂を込めて書く。自分が納得できるもの以外小説として出さない。納得しきるまで突き詰めたものを読んでもらうようにする
・人の擦れ違い、ちょとしたずれが引き起こす軋轢と、それをどう乗り越えていくかの提示
・世の中のど真ん中の感覚や価値観を把握する
・弱い人の強さ、強い人の弱さを掬い上げる
・人生における各種の困難性を物語の力によって軽減し、乗り越える活力となるように、主人公たちも本当に生きている人間として書く
・人の立場になって追体験をしてみる。どんな人間、生物であってもその人自身になってみる
・どんな辛い環境であっても、逃げ道だったり、打破できる道だったり、支えになってくれる人だったり、なにかしらアポリアを乗り越えることはできると読んで心から思えるように。空虚な空論にならないように想像力と魂を込める
・愛の気持ちを溢れさせる。どんなものにも愛を、感謝を、希望を感じる感性
6書き続ける事
・執筆の時間を確保すること。小説脳への切り替えを速くする、干渉されない執筆の為に快適な時間と空間をつくる、だらだらした無駄な時間を減らす
・小説を書くことが好きであり続けること。根を詰め過ぎないで他の読書や運動や気晴らしなどをバランスよく取り入れる
・書きたい小説を書きたいように書ける環境である為の収入を確保する
・健康な心身を維持すること。ストレス発散法を確立する。運動、サウナ、瞑想など
・新しく挑戦する課題をいい感じに自分に課して、刺激がなくならないようにしていく
・勇気をもって、書かない時期は書かないでおく。ずっと書かないといけないという思い込みを外す。書かずに書くべきものをためる時期というのも人生にはあるはず
・だれが何と言おうが、自分の小説に対する自信を保持する。周囲からの理解を得ながら、応援や協力してもらうことでも己を鼓舞する
・小説を書くことを楽しむ、おもしろがる、感動する。高い目標を据えつつも、自分の書きたいものを大事にしていく
7作家本人の好感度
・まだまだ未熟な人間なので、できた人間に近づけるように日々善い行いや善い考え方をしてくように。人にやさしく、自分に少々きびしく
・noteやTwitterでの定期的な発信。まともに小説に向き合っている姿を見せていく。変なバズりに乗らないで、着実に運営していく
・自分磨き。特に運動。ランニングと筋トレはちゃんとしていく
・笑顔、表情を豊かに。はっきりした声を出す
・デビュー後も謙虚に。人間としては謙虚に振舞う。人を敬い、感謝していく
・その一方で高い目標は、譲らずに掲げる。目標は謙虚である必要はない
・後進を育てていく側になっていく。プレーヤーとして成功するのは第一歩であって、埋もれた才能を発掘し、活かせるようにしていきたい
・老いて上の立場になっても、新しい潮流を受け入れ、認めていくように。自分自身も新しい事にチャレンジしつづけ、勉強し、自己革新を続けていくように
8外部ニーズに合わせる柔軟性
・世の中が潜在的に求めているようなものでかつ自分が書きたいものを書く。潜在的なニーズがなにかを考えていく
・世の中の人々が言語化できていないけど、肌で感じていることを言語化して、小説の言葉として提示する
・ちゃんとマネタイズできるような体制にする
・現時点で世間が何を求めているかをキャッチする
・未来において世の中がどう変わっていくかを捉え、そこにアクセスする
・小説以外の場面も柔軟に対応する。講演、読書会、取材、テレビなどにも積極的に出て行く
・魅せ方も工夫する。小説家としてのブランディング
・読んでもらえるように、キャッチフレーズだったり、紹介の仕方だったり、色んな流入入口だったり、イベントだったりと、まず目を通してもらえるように努力する。読んでもらって気に入らなかったらそれはそれでいいけど、まず読んでもらうことが重要だから。
「ふうー、やっと書き終えた」
「頑張ったね、おつかれさま。これを書いている間に、24時間経っちゃったよ」
「ほんとだ、まったく光陰矢の如しだね」
「ちなみに、24時間で執筆に充てた時間は10時間だったよ。10時間で、22,000字を書いていたのよ! ちなみに1時間ごとの字数は、2,000, 2,900, 2,700, 2,800, 2,500, 2,600, 2,200, 1,300, 700, 2,300ね。ちなみにペースが落ちているところは好きな小説をあれでもないこれでもないと選んでいるところね」
「2.2万字も書いていたんだ。普段丸一日執筆する時でも、3,000字~5,000字くらいが多いから、約4倍~7倍の分量を書いた事になるね」
「自分のMAXがどれだけかを知ることは、今後の執筆ぺースを推し量る意味でもよかったわね」
「ほんとそうだな。まあ、文章は小説というには正直粗すぎるんだけどね。まあ字数を求めたらこうなったということで、やっぱりある程度は質と量は反比例していく感じはするね」
「小説というより日記ね。いやエッセーね」とイズミは僕を優しく突き放すように言った。
イズミはいつも正しい。実際、一部フィクションが入った日記のようなエッセーのようなものだ。構成していくという機構を排した、垂れ流しの会話と同じようなものだ。
ショウタはこの小説というよりも日記に近しいエッセーが書かれたPCを見つめた。
「イズミも僕も部屋から動くこともないし、物語として動きがないよな。対話という形式を借りただけの自己吐露にも見えるな。サリンジャーの『フラニーとズーイー』みたいだ」
「そんないいもんじゃないわよね」とイズミはなぜか大笑いした。
「振り返って読んでみると、とにかく質を犠牲にして量を書いただけあって、自分の本来的な傾向が浮き出ているね。10分で書いたマインドマップのときと同じように」
「まさにね。今回の文章全体を分析してみましょうか。ショウタの傾向が浮き出たんじゃないかしら。まず、登場人物。主人公と対話相手の女の子——つまり私ね——という構図よ。おそらく20代くらいの男の子が主人公で、それにかけあいをするアイデアの泉のような女の子。おおよそ自分自身のある側面を相手の女の子に投影しているんでしょう。あなたイズミのことほんとに好きよね?」とイズミは二ヤついた目で僕の顔の輪郭を辿った。
「ギクっ」とショウタは擬音がそのまま飛び出したような声を上げた。ほんとうに図星のときには、手が止まったり、言うはずのない言葉を言ってしまったりするのだ。
「次に、分析していくことで文章のリズムを作りがちよね。まあ今回は自己分析を兼ねているから、分析の比重が高くなるのも当然と言えば当然なんだけど」
「たしかに、今のこの会話も十分に分析的だもんね」
「そして、物語の軸となるシンボルを入れがちね。今回は間違いなく、分析ね。自己分析もそうだし、それを掘っていく過程も分析しているし、それをさっきみたいに評価している時も分析しているし、今みたいに評価している過程を分析しているところも分析しているでしょう」
「ああ、そうだな。ただ今回は作り込んでいないし、ほとんど書き直しもしていないからあれだけど、もし改稿するなら、”自分の得意なこと”というマインドマップをどこかに挟むね。そして自分の得意なことの一番目に、分析的なこと、って書くだろうね。そうすることで、この小説もどきの日記を入れ子構造にできるからね」
「なるほど、やっぱりあなたは分析的ね。それと、視点の向き方が、内的な思考に重心がおかれていて、外部の環境に対してそこまで開かれていないわ。たぶんあなた自身が外部からの圧力に対して比較的ステディであり、ある意味で関心がなくて、むしろ人間の思想とか考え方の揺らぎそのものに興味があるからなのよね」
「恐れ入ったよ。丸裸にされた気分だよ。もっとも君の前では裸にだってなれるけどね」
「お願いだから変なことを言わないで。誤解されちゃうじゃないの。最後になるけど、至妙に嘘を混じらせているというか、フィクションにしているわよね。本音を語っているようで、語っていない部分もある。どうせ、『大半は狂言である』とでも言おうとしているんじゃないかしら? 私にはわかっているんだからね」とイズミは勝ち誇ったように言った。
「ははは見抜かれていたか。イズミの目はごまかせないな」とショウタは愉快になって笑った。
「まあ、しかたない。これはエセー小説で、”随想録”のようなものだからさ」とショウタは呟きながら、noteへ投稿を完了した。