DXに関わるのはつらいだけ? いえ、面白さもキャリア上のメリットもあります
これまで繰り返しDXの難しさを語ってきました。ではDXに従事するのは苦しいだけなのでしょうか? そうでもありません。けっこう面白いものです。
面白さ1: 解く問題をデザインできる
DXの面白さはいくつかありますが、そのひとつは、問題発見フェーズから始まることです。
通常の専門家は、問題が定義されてから、あるいはタスクが決まってから声が掛かります。しかしDXはそうはいきません。DXという活動の複雑性と、そもそもDXが多面的で総合的なビジネス変革であるという理由から、何をしたらいいか決めるのが難しいからです。
ですからDXとは、事業の人とDXの人が突っ込んだ議論をするところから始めて、大枠として何に取り組むのか、どんなアプローチがあるのかを決めていかねばなりません。ビジネスの外部状況、自社の歴史と特殊性、経営陣の認識と戦略といった大きな話から、製品・サービスの特性、バリューチェーン、社内リソースや現状のプロセスといった個別の話まで勘案したうえで構想を明確にしていく、しかも明日から始められるレベルで実行可能な状態にもっていくというのは大きな挑戦です。
そのような、主体性を持ったチームの一員として動く面白さが魅力のひとつですから、裏を返せば、タスクがはっきりしないとイライラするような職人気質の人にとっては、このフェーズは苦痛で他人に任せたいと感じるでしょう。そういう人にとって、DXとは曖昧で無駄だらけの残念な仕事です。
面白さ2: 多様なスキルや人材が必要とされる
さて仮に構想が決まったとして、その解決は一筋縄ではいきません。というのも、DXには様々な能力が必要とされるからです。
そのビジネス固有のドメイン知識、一般論としての戦略論からビジネス分析スキル、データサイエンス・アプリ・インフラなどIT系のスキル、UI/UXなどのデザイン、チェンジマネジメント、プロダクト/プロジェクトマネジメントなど、枚挙に暇がありません。DXを一人で遂行しようと思うなら途方もない総合格闘技であり、チームで解決するならとてつもないダイバーシティのマネジメントが必要とされます。
デザイン思考は、多面的な視点を確保するために「医師や人類学者やオペラ歌手とエンジニアを話し合わせる」と例えられていましたが、まさにそういう状態です。イノベーションという意味でDXはスタートアップと比較されることもありますが、既存ビジネスに従事する人を含めた価値観の幅広さは、新規事業に特化した人が集まるスタートアップの比ではありません。その混沌を楽しめる人にとって、DXとはこれ以上ないほどの刺激になるのです。
補足しますと、どうしてこれほど多様なスキルや価値観が必要なのかといえば、困難な問題を解決せねばならないからです。マネジャーが数人で事前に計画して、適切な人材をアサインしておき、その後はスケジュール管理さえすればうまくいく、DXとはそんな簡単な業務ではありません。真に有効なアプローチを発見するまで幾度も失敗し、数多くの失敗や小さな成功から学び、多面的に考察し、何なら出発点に戻ってやり直す。なかなか成功への道筋が見えて来ないその困難さは、研究やアートに近いと思います。研究やアートの最大の報酬は、自分が満足できるものにたどり着けた瞬間の、あるいは困難を乗り越え称賛されたときの、滅多に得られないからこそ非常に大きな多幸感でしょう。そのときのチームは固い絆で結ばれ、生涯の友人となることも少なくありません。DXから得られるのは、その種の充実感なのです。
面白さ3: 経営の本質に関わる
DXというのはデジタルを用いて様々な変革を行うことですが、会社や職場の在り方も、デジタル技術も、非常に多くの選択肢があるため、DXで目指せる姿は無数にあります。その中で、あるべき姿を選び取ったり見出したりするには、ピラミッド型組織のなかで規定された役割を果たす専門家としての知識では足りません。はるか先を見据えている経営者の視野と今日のことを考えている現場の要求を両立しなくてはいけませんし、遠く離れたバリューチェンの端と端を、質の異なるイノベーションとオペレーションを新しいやり方で繋ぎ合わせなくてはいけないからです。
その過程で、通常の会社員生活では得られないような深く広い見識が得られます。それぞれの組織の特性や、本質的に追求している価値、時間軸の違いで見えなくなっている共通の思いなどは、普段は敢えて考えてもみないものです。しかし、広大な選択肢から未来をデザインするには、それらを明らかにしたうえで、能動的なアクションを取る必要があります。
コンサルティングファームに勤めると、若いうちから顧客の様々な層と話をするので成長が速いと言いますが、まさにそれと同じことが起こるのです。これは、後で述べるキャリア自律性にも関係しますが、会社員として経営の本質に迫れるというのは非常に興味深いものがあります。
変化に強く主体性が高いので、キャリア自律性が高い
最後に面白さ以外の魅力として、キャリア自律性の話もしておきましょう。
キャリア自律性とは、今の会社で何かあったときにも他の会社で何とかなるという感覚のことで、これが高いと仕事のパフォーマンスが良いだけでなく、実はワークエンゲージメントも高い傾向があります。つまり、他社でも務まると思いながら働いている人の方が、実は目の前の仕事に熱心で成果も出すということです。
DXに従事するとキャリア自律性が高まるというのは、現時点では需給バランスによるところが大きいと思っています。DX人材は不足しているので簡単に転職先が見つかるという意味です。しかし、それ以上に重要と思われるのは、これまで述べてきたようにDXが問題発見・問題解決型の業務であり、専門知識に基づいて定常的なタスクを消化する業務ではないことです。
変化が速く大きな時代において、タスクを受け取ってこなす仕事は外注化され、あるいはAIやロボットとの競争に晒されます。今後の時代において必須なのは、問題を解決する業務であり、その前に問題を定義する業務でしょう。DXは、新しい製品やサービスを生み出すこともあれば、既存ビジネスのモデルやプロセスを変革することもあります。社内に深く分け入ることも、社外や未来を遠く見ることも必要です。これらの能力と経験を有することが、将来のキャリア安全性をもたらすと考えています。ただ、現時点ではこれらの能力が定常的に必要とされるポジションが事業会社の中で多くないのも事実ですから、結果としてDX人材はコンサルティングファームに流れる傾向があります。
ですから、DX専門家のキャリア自律性は、ITの専門知識に由来するものではありません。むしろ、技術と社会の変化に呼応したDXという業務に従事することで、変化に強くなること、受け取るのではなく生み出す側に回れるということが本質だと考えています。
成功確度が低いので、楽しんで続けたい
こうやって長所を挙げてみると、明らかに好き嫌いの分かれる職種でしょう。心安らかに、日々同じことに集中して暮らしたい人からすると、こんな職場に放り込まれたら心底うんざりすると思いますし、そもそも仕事の体を成していないと感じられるかもしれません。それは一面では正解です。というのも、研究やアートや新規事業と同様に、成功確率の低い仕事というのは好きでないと続かないからです。
本稿を「好きな人にとっては面白い」という同語反復的でつまらない趣旨と受け取ることもできるでしょう。それで合っています。ただ別の言い方をすると、DXをやるからには楽しんでみましょうというメッセージでもあります。仕事はつまらなくて苦しいものだという価値観もあるでしょう。ですがその姿勢では、とてもDXは続きません。長く困難な旅路ですから、自分を見つめ直しつつもリラックスして取り組む方がずっといいと思っています。