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今のところ今年のマイベスト『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

舞台は、1970年、ボストンの全寮制バートン校。
クリスマスシーズンを家族と過ごすために生徒も教師も帰省する中、複雑な家庭環境に育つ男子生徒アンガスがひとり寮に取り残されます。
彼の世話を押し付けられたのは、堅物で変わり者で不人気な考古学教師ハナム。そこに、ベトナム戦争で一人息子を亡くしたばかりで寮に残ることを自ら選択した女性料理長メアリーが加わって、つまりは心に孤独を抱えた3人のひとときの交流を描きます。

まぁさ。

この手のストーリーともなれば、最初はぶつかりあったり、分かり合えなかったりしながら、次第に心を通わせてゆくんでしょ? って想像するじゃない?

その通りよ。

心を通わせることでそれぞれ自分の中の何かが少しずつ変わっていくんでしょ?って想像するじゃない?

まったく、その通りなのよ。

ハリウッドのハートウォーミングなヒューマンストーリーとして奇をてらう展開はまったくないので、それゆえにこの映画を「退屈」と評価する人もそりゃあいるでしょうけど、小さなエピソードを丁寧に重ねて王道ストーリーを見事に作り上げた、その上質さに、私はとても感銘を受けました。

ハナム役のポール・ジアマッティはスクリーンに出てきただけで「はい、名演!」という佇まい。
メアリー役のダヴァイン・ジョイ・ランドルフは助演女優賞を総なめにしたのも当然の存在感。
アンガス役のドミニク・セッサはオーディションで選ばれたこれがデビュー作の新人俳優ですが、思春期ならではの荒々しく壊れやすい感情の起伏を時に切なく、時に愛らしく好演。イケメンに見える時とそうでない時のギャップが激しくて、結果、そこが不思議な魅力に。

何が好きかって、この3人が「私たちはファミリーだよね!」なんて擬似家族を気取ったりせず、あくまでも教師、生徒、料理長という関係性を崩さないまま徐々に人間として対等になり、本音を言い合ったり、さりげなく優しくしあったりするお互いの距離感。

斜視のハナムに「どっちの目を見て話せばいいだ?」と尋ねるアンガス。ハナムは微笑むだけで何も答えませんが、それからふたりの絆が深まる事件があった後、突如「右目だ」と斜視である方の目を指さしながら告げるハナム。ふたりがそういう関係になれるまでの時間を丁寧に見せてくれます。(ポール・ジアマッティは本当に斜視なんで彼ありきの当て書きの台本なんですね)

1970年代の雰囲気も色濃く、クラシックなクリスマスの賑わいや人々の温かさ、その反面に漂よう風の冷たさや空虚さなんかは、オー・ヘンリーの小説でも読んでるかのように現実的かつポエティック。

なんていうかこう日常で、あの人がどーだ、この人がとーだとイライラすることも多いじゃないですか?(私だけ?)。最終的にはそんな自分にも自己嫌悪でイライラしちゃったりするじゃないですか?(私だけ?)
ですが、あぁ、でも人間というのは本当は、温かくて、弱くて、賢くて、可愛いものなんだよなーと思い出させてくれるような、瞳が絶えずほのかに濡れ続けているようなそんな時間をしみじみと与えてくれる作品でした。

今年のオスカーは『オッペンハイマー』でしたが、この『ホールドオーバー 置いてけぼりのホリディ』もノミネートはされていたんですけどね。
私的にはこっちでも良かったなー。
まあ、オスカー取るには地味っちゃ地味なんでしょうけど。

とりあえず私的には今のところ今年一番観て良かった映画です。

みなさんも、ぜひ。

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