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『枕崎』  〜1999年 会社の2つ上の先輩の男〜 vol.9 (ゲイ小説)

それから枕崎先輩とふたりで旅行へ行こうと計画したりして、森の中の温泉地でテニスなんかに興じようということになって「テニスとペニス、どっちが好き?」なんて僕がメールすると「どっちも好きだから旅行が楽しみ!」なんて返信が返ってきたりして。

僕が友達と新宿二丁目に遊びに行くというと、あまりいい顔をしなくって、ふと昔の恋の思い出話なんかをすると、それもあまりいい顔をしなくって、どうやらヤキモチを焼いているらしく。

「あれかね? 僕たちは付き合っているのかね?」

そう尋ねると

「私は、そういう気持ちでおりますが」

先輩は少し照れながらそうこたえた。

「もう、寝ても覚めても真文を思っちゃう感じ?」
「寝る時は寝ようと思い、目覚めた時は目覚めたなーということを思っています」
「でも、それ以外は、もう、脳内が真文一色であると?」
「そんなに暇ではありません。仕事もあるし忙しいので」
「でも、そんな忙しい日常の合間に、ふと、真文のこと考えるわけですね。あの時の真文は可愛かったなー、あの時の真文はエロかったなー、今週末も真文に会いたいなー」
「…まあ、そんな感じです」

ということで僕は枕崎先輩の恋人になった。

仕事帰りや休日に待ち合わせをして、食事をし、酒を飲み、映画を観たり、買物したり、ゲーセンでDANCE DANCE REVOLUTIONしたり、それからキスをして、一緒にシャワーを浴びて、セックスをした。

先輩は回数を重ねるほどに、天性のセックスモンスターっぷりを発揮して、ちょっと縛ってみたり縛られてみたり、ワイシャツにネクタイのまましてみたり、顔にかけてみたりかけられてみたり、欲望のままに本当にイキイキと、なにより僕を射精させるのが上手になっていった。

優しくて、楽しくて、可愛いくて、エロい。
憧れだった先輩の恋人になるなんて、夢が叶ったと言ってもいいような出来事だった。

だけど、そんな日々を過ごす中で、僕がふと思いだすのは、ちょっとお尻を触ったくらいで大袈裟なくらい嫌がったり、どんなに言っても絶対にキスをさせてくれなかった、まだ、ノンケ(自称)だったころの先輩だった。

「舐めて」と言いながら僕の口元に大きなお芋を垂らしてくる先輩の顔を見上げながら、「あのころは可愛かったのなー」なんて密かに思ってしまったりした。

心に、恋の魔法がかかりきらなかった。
自分でも不思議なくらいだった。
先輩と過ごせば過ごすほど、そんな自分の本当の心が露わになっていった。それが辛くて、というか正直に言って、魔法にかかりきらない恋ほど面倒なものはなくて、付き合って半年くらい過ぎたある日、僕は先輩の車の中で告げた。

「先輩のことを、恋人というふうには見られない」
「何がダメですか?」
「何もダメじゃない。先輩は何も悪くない。むしろ、いい。ただ僕がそういう気持ちになれないだけ。いつかなれるだろう、むしろなりたいと思って今日までやってきたのだけど、多分、もう、無理だと思う」
「別れる…ということ?」
「ごめんなさい」

先輩は無言で車を発車させ、近くの駅前で助手席側のロックをあげた。

「ごめんね」

僕は何度もそう言いながら車を降りた。

「君は僕の人生を壊した」

先輩は、たったひとこと、忌々しそうに言った。

「ごめんなさい」

僕は最後に深く頭を下げてから先輩に背を向けた。

それから、一緒に働いていた会社の飲み会や、共通の知り合いの結婚式など、先輩と会いそうな機会はたびたびあったのだけど、たぶん、先輩が上手に僕を避けていた。転職をしたとか、引越しをしたとか、風の噂を耳にすることはあっても、あの日以来、僕は先輩の姿を見ていない。

この『枕崎先輩編』を書くにあたり、先輩の本名を検索してみたらすぐにヒットした。(むしろ今まで検索したことなかったことに自分で驚いたけど)
東京を離れたちょっと郊外で、男性パートナーと犬一匹と幸せそうに暮らしていた。
先輩の人生が今でも壊れたままなのか、それとも、そもそも僕は先輩の人生を壊してなどいなかったのか(むしろ開いたんじゃね?)は、知らんけど。

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