未来を見通すための言語化トレーニング
弁護士に必要な能力のうち、案件のスジを読むというものがあります。案件がこの後どう進んでいき、どのように決着するか。これを合理的に予測するというものです。
このスジを読む力は、「センス」という言葉で語られがちで、弁護士なりたての頃はそんなものかと思っていました。確かにスジを読む力というのは、案件ごとに働かせ方が異なるため、一言で表すことが出来ず、まるっと「センス」というものになってしまうのは致し方ないと思います。
ただ、この「センス」は、意識的にトレーニングすることができると私は考えます。
<目次>
・「インターネット的」の衝撃
・将来を予測する方法
・本質把握とロジカル思考のトレーニング
・AI時代の弁護士像を考える
・結語
「インターネット的」の衝撃
最近読み始めた本に糸井重里さんの「インターネット的」という本があります。2001年に書かれた本ですが、まるで昨日にでもインターネットを取り巻く現状やインターネットがもたらした社会の変化を論じたかのように、今の状況を言い当ててます。それゆえ予言の書などとも評されることも。これだけ正確に将来を予測できるのはなぜでしょうか。
糸井さんの文章なので、極めて読みやすく、感覚的にも腑落ちしやすいのですが、その内容は非常に本質的で、ロジカルにポンポンと展開されていきます。この、本質的でロジカルというのが、将来を合理的に予測するために必要な能力であると思うのです。
将来を予測する方法
超能力者でもなんでもない私たちが将来を予測するにはどうしたらいいでしょうか。
極めて当たり前のことになってしまいますが、現状を正確に把握し、各要素がどういう力を受け、かかる力が各要素をどのように動かすかを考えるということだ思います。物理の力学と同じですね。
そうすると重要になるのは、現状を把握する力とロジカルに考える力ということになると思います。将来を予測するためには、現状を事細かに把握するよりは、その本質をとらえることがより重要でしょう。
すなわち、将来を予測するのに必要なのは、本質をつかむ力とロジカルな思考なのです。
本質把握とロジカル思考のトレーニング
モノゴトの本質を把握する一番の方法は、それを一言で表すことです。どんな複雑なモノゴトでも、コアとなる部分が必ずあり、これを「aとはAだ。」くらい簡潔に一言で言い表すことができれば、そのモノゴトの本質をとらえることができたといえます。本質をつかむ簡単な方法としては、頭に「早い話が、」とつけると上手くいきます。本質のつかまえ方で紹介した方法です。「早い話が、aとはAだ。」って具合です。
こうやって捕まえたモノゴトの本質を積み木のように一つ一つ組みあげていけば、そのモノゴトに関係する将来像が浮かび上がってきます。この積み木の積み上げに必要なのがロジカルな思考です。それぞれの積み木の性質を理解して、その性質に応じて適切な位置に配置すればきちんと組みあがりますが、ロジカルな思考が弱いとまるで不適切な位置に積み木を積んだように、ぐらぐらと不安定な像しか浮かび上がりません。
それでは、このロジカルな思考を鍛えるにはどうすればいいでしょうか。私は、モノゴトの関係性を言語化するのが有効だと考えます。ここでも言語化することが有効なのです。
ロジックとは簡単にいえば数珠繋ぎをしていくことだと考えます。「AであればBである。」「BであればCである。」・・・「YであればZ」である。したがって、「AであればZである」と一つ一つ丁寧に組みあげていく作業です。ここで重要なのは、それぞれの「●●であれば〇〇である」という論理関係が正しいということです。これが正しくないと、論理が破綻してしまいます。
この「●●であれば〇〇である」という関係性をとらえるには、モノゴトの関係性をきちんと観察しなければなりません。正確に観察された関係性が正しい「●●であれば〇〇である」というブロックになるのです。そしてこの観察に必要なのが、言語化するということなのです。
ちょっとだけ言語学をかじったときに学んだことなのですが(なので正確でないかもしれませんが)、世界はモノゴトに言葉がラベルのように予め備えつけられてあって、それをヒトが認識するかのように考えられがちですが、実はその逆で、言葉以前の世界はただモヤモヤした未分化の世界であって、ヒトはモノゴトに対応する言葉を獲得して世界を切り取ることでようやくそのモノゴトを認識するのだそうです。
例えば、「肩こり」という言葉を獲得していない人は「肩こり」にならず、「肩こり」という言葉を獲得して初めて「肩こり」になるのです。
そうすると、さまざまなモノゴトの本質や関係性を認識するには、言語化をしなければなりません。言語化できないモノゴトは認識すらされないのです。
したがって、モノゴトの本質を把握したり、ロジカルな思考をするには、日ごろから様々なモノゴトについてきちんと言語化しておくことが大切なのです。
AI時代の弁護士像を考える
ここで試しに来るべきAI時代に弁護士としてどのような能力を伸ばしておくべきか、AI時代に望まれる弁護士像を予測してみたいと思います。
まず、私は弁護士とは、依頼者の問題・課題を解決する職業だと考えています。どんな職業もこうした側面があると思いますが、特に弁護士は依頼者が抱える問題・課題を解決することの対価として報酬を得ているのだと思います。
では、少しブレークダウンして、問題・課題を解決するプロセスを考えると、それは、①問題・課題を正確に把握する、②問題・課題の有効な解決策を検討する、③問題・課題の解決策を実行に移して問題・課題を解決するという3つのプロセスに分けられると思います。
ここで、AIが得意なことについて考えてみたいと思います。AIが得意なことは、最適化することだと思います。
上記プロセスのうち、最適化が有効なプロセスは、②と③ではないでしょうか。②はとり得る法的手段のうち、最も実効性の高い(=最適な)手段を選ぶこと、③は②で出てきた解決策を書面に落としていくこと。これらはAIが得意そうなことです(もっとも、③の書面作成はしばらくは人間の方が上手くできそうな気がします。)。
他方、①のプロセスの方はどうでしょうか。依頼者の中には、自分の持っている問題・課題がはっきりとしている方もいらっしゃいますが、何が問題・課題かよくわかっていないことが多くあります。そこで弁護士が依頼者にヒアリングして、いろんなことを聞いていくなかで、依頼者の本当の問題・課題が浮き彫りになって、問題・課題が発見されるのです。こういう人間の曖昧な部分にアプローチするのはまだあまりAIが得意としていない部分だと思います。
そうしてみると、①のプロセスで必要な能力を伸ばしていくことはAI時代を生き抜く方法としても有効のように思います。依頼者が話しやすい雰囲気をつくる、日ごろからコミュニケーションをとる、依頼者の話から問題・課題の本質を見抜くなどなど、こうした能力は今後も必要になっていくと思われます。
他方、②のプロセスで必要な能力は今後AIが行ってくれるようになるでしょう。複雑な法律関係のリサーチや解決策とそのメリット・デメリットの提示など、これらはそのうちAIが上手くやってくれるでしょう(もちろん、①のプロセスを有効に進めるためには、法的知識が重要なのは今までと変わりません。)。
また、③のプロセスも簡単なものであれば、AIがやってくれるはずです。ひな型的な契約書の作成、簡単な申立て等はAIが上手くやってくれると思います。
以上をみてみると、あくまで仮説ですが、AI時代に臨まれる弁護士像としては、相談しやすく話しやすい、そして、本質をとらえるのが上手い弁護士というのが浮かび上がってきました。こういう弁護士であれば仕事を失うことにはならなそうです。当面はこのような弁護士になれるよう頑張っていきたいと思います(ただし、引き続き②や③のプロセスで必要な能力も伸ばしていく必要があることは言うまでもありません。)。
結語
いかがでしたでしょうか。言語化することを日ごろから心がけていれば、将来の予測にもきっと役立つはずです。
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