渡道放浪記 #2〜『輓馬』自分と重ねて〜#推薦図書
「行け!行け!!負けるなー!!」
男性も女性も、そして子供も馬と並んで歩いていた。もう一度言おう。
並んで歩いているのだ。
不思議な風景だった。これが、ばんえい競馬なるものか。コースは直線。馬の上に人が乗っているわけではなく、重そうなソリに乗ってムチで叩いている。途中、盛り上がっている障害を乗り越えようと必死に脚を動かすのだが越えられない。後方にずり落ちてしまう馬達。と、後方から来た2頭が軽々と越えていき、ズルズルと進んで行った。無意識にも僕は、その2頭に合わせて並走していた。
休日の晴れた朝、僕は朝食をとりケータイを眺める。帯広に来た時から気になっていた競馬場へ向かおうと考えていた。『ばんえい競馬』と検索し、開催日程・時間を調べた。
[レースって、1日で何回もするんだなぁ〜]
時間に合わせて行く必要もないだろうと、昼過ぎに家を出た。2リットルの水とタバコだけをリュックに入れ、ケータイでマップを開く。
途中で一服を取りながら向かったので、1時間近くかかっただろうか。屋台が並んでいる場所に辿り着いた。
『競馬』なのだからおじさん達ばかりだと思っていたが意外にも子供やカップルも多く、お祭りと勘違いしてしまう景色だった。
受付の様な場所に、レースの時刻表が記載されていた。次のレースは約20分後。
レース会場へ入り、スタジアムに並ぶ席へと腰掛ける。目の前を見ると片側に馬が集まっているのだが、どこがコースかわからない。
[....もしかして、直線を走るのか?]
通常の競馬の様に、校庭の如く楕円のコースを走ると思っていたので面食らった。直線を馬が走る?一瞬で終わるのではないか?
[.....何が楽しいんだ?]
そんな事を考えながら時間が過ぎるのを待っていると、観客がゾロゾロと集まりだした。観客席はガラガラで、コースの目の前の柵の近くへと皆集まっている。正確には柵の手前にロープが引かれており、そこに並んでいるのだ。
[あっ、近くに行かなければ見えないのかな?]
急いで僕も立ち上がり、観客の間へと入り込む。制服を着て高校の名前の入ったカバンを背負っている女子高生のグループも見受けられた。僕は頭の中がグルグルと回った事を覚えている。ここは仮にも、賭け場じゃなかったか?
と気付けば馬が走りだした。コースは土が慣らされていたのだが、彼らの脚が沈んで行っている様に見えた。こんなコースを走らせるなんて、なんて無茶なんだろう。
遅れてしまっている馬に目がいった瞬間、両脇にいた観客が歩き出した。馬に真横から声援を送っているのだ。必死に力強く進むその彼らの肉体美に僕は釘付けとなった。身体が熱くなっていた。
あんなに苦しみながら、立ち止まりながらも、必死に前へと向かっている。
[頑張れ、頑張れ!]
心の中でそう唱えながら、僕も並んで歩いた。恥ずかしさもあったので声には出さなかったのだが、叫びたい衝動を必死に抑えていた。
そして無事、全頭がゴールインを果たした。僕は興奮も冷めやまぬ内に競馬場を後にした。
[これがばんえい競馬かぁ]
[これが、輓馬かぁ]
目の前で見たあの光景は、この渡道で3本の指に入るほどの、衝撃的な出来事だった。
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風が強く、肌寒い日だった。風を避けたいと感じながら、駆け足でBOOKOFFの店内へと入った。
当時東京にいた頃も、休日は酒をただ飲むだけか、BOOKOFFで安い本を購入し乱読していた。今の住まいから30分ほどで来れると知り、夢中でやって来たのだった。
数冊手に取りレジへ向かおうとしたところで、ある一冊の本に目が止まった。
【輓馬】著:鳴海章
その本を手に取り表紙を見ると、砂埃を立てながら輓馬たちが正面から走り抜けようという勇ましい写真が飾られていた。裏の解説も読む。
『事業に失敗し借金取りに追われ、男は北海道の兄を頼って輓曳競馬の厩舎に逃げ込む。.....。』と記載されていた。
今の僕が、この本を読まない理由が無かった。
ばんえい競馬をベースに、借金まみれの男がやり直しを誓う話。タイトルだけを見ると確かに『馬の話』をイメージするのだが、『人生』について語られていた。前半の多くは輓曳競馬の描写が多く、僕も読み流そうとしたのだが、出来なかった。これらの描写には『人生』が例えられているように感じた。平坦なコースに立ちふさがる第一障害、第二障害。特に、第二障害はその前で息を整えなければ越えられない。主人公は今の自分に問われている障害が、その事であると解釈する。輓馬を通してやり直しを決意した主人公が、己の弱さを振り切り、逃げてはいけないのだと兄の元を立ち去りこの物語は終焉する。
僕はこの本を読み終え、主人公の矢崎の気持ちにのめり込んでいた。矢崎が冒頭で、賞金を稼げなくなった馬は馬刺しになると教えられる場面がある。
「負けろ。負けてしまえ」
「敗者は肉になればいいんだ」
と彼は呟く。主人公は輓馬に自らの状況を重ね合わせているのだった。
[俺と同じだ]
僕は思った。あのグリーンパークの400mのベンチを見た時にも、同じような衝動・感情が湧いた事を思い出していた。
また、兄弟の関係性にも、自分に似た部分を感じた。
[いつまでも逃げていてはいけない]
[立ち向かわなければ]
そう決意を固めるきっかけとなった。
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※今回は元々紹介したいと感じていた本の紹介をする章でした。『note』の【投稿企画】にもあやかっています。