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【「炎上」の原理】 「将来、泣いてもいいわけ?」と言う「資格」が無かった江角マキコ氏

 江角マキコ氏は国民年金のイメージキャラクターに起用された。
 そして、次のような啓発広告が作られた。

 江角マキコ氏は「将来、泣いてもいいわけ?」と言っている。国民年金の保険料を納めないと「将来、泣」くことになると訴えている。つまり、保険料を納めるように訴えている。
 しかし、驚くべき事実が発覚した。江角マキコ氏は国民年金の保険料を納めていなかったのだ。17年にわたって納めていなかったのだ。
 当然、これは大きな騒ぎになった。

 ポスターやCMで国民年金のPR役をつとめながら、本人は未加入だった女優の江角マキコさん(37)が26日、東京都内で会見し、事実関係を認めて謝罪したうえで「税金や健康保険、年金保険料の支払いはすべて税理士に任せており、自分では年金に加入していると思い込んでいた」と釈明した。
 ……〔略〕……
 加入手続きを怠った点は「20歳の時に肩をこわして実業団のバレーボールチームを辞めて退職した。当時は国民年金に対する認識が不足していた」と釈明した。江角さんを起用した宣伝広告費には年金保険料から総額約6億2000万円が投入されている。契約料の返還については「私自身はお返ししたい気持ちでいっぱいで事務所と相談している」と述べた。
 
 「『税理士任せだった』 年金未加入で江角マキコさん謝罪」 asahi.com

 江角マキコ氏は「ポスターやCMで国民年金のPR役をつとめながら、本人は未加入だった」のだ。「将来、泣いてもいいわけ?」と国民年金の保険料の納付を求めながら、自分は納付していなかった。
 そのため大きな騒ぎとなった。「契約料の返還」という騒ぎとなった。江角マキコ氏はCMを「降板」し、ドラマなどの出演も「激減」した。
 「炎上」してしまったのだ。
 江角マキコ氏には「将来、泣いてもいいわけ?」と言う「資格」が無かった。自分が保険料を納めていないのでは、他者に納めるように求める「資格」は無い。
 つまり、江角マキコ氏は「偉そうなこと」を言ったのである。しかし、多くの人は「あなたに言われる筋合いはない」と思うだろう。それが自然の感情である。「偉そうなこと」を言うためには、それに見合う「正しい生活」をしていなくてはならない。他者に保険料の納付を求めるならば、自分が保険料を納付していなければならない。
 
 自分が納付していなかった江角マキコ氏には他者に納付を求める「資格」が無い。
 
 これは一般社会においては当然の判断である。人間に影響を与えようとする〈運動〉としては当然の判断である。
 PRは他者に影響を与えようとする仕事である。〈運動〉である。他者に影響を与えようとすれば、当然その「資格」を問われる。「お前にそれを言う『資格』があるか」と問われる。
 自分が出来もしないことを相手に要求するのは不当である。不当な行為を認めていては、認めた側だけが不利になってしまう。そのような不利な立場になるのは防止しなくてはならない。
 一般社会においておこなわれているのは、他者に影響を与えようとする活動である。〈運動〉である。それは、言わば人間同士の「戦い」なのだ。
 「戦い」である〈運動〉は次のような原理で動いている。
 
 それまでの言動によって、発言の「資格」の有無が決まる。
 
 〈運動〉においては人間が問われる。「資格」が問われる。
 江角マキコ氏はPRで他者に影響を与えようとした。〈運動〉をした。だから、江角マキコ氏は「資格」を問われた。
 そして、江角マキコ氏には「資格」が無かった。他者に納付を求める「資格」が無かった。そのため「炎上」してしまった。
 思考実験をしてみよう。江角マキコ氏がおこなったのが〈運動〉ではなく〈研究〉だったらどうなったか。例えば、学会での発表だったらどうなったか。学会で「国民年金の保険料を納付しないと将来損をする」と発表していたらどうなったか。
 特に「炎上」はしないだろう。学会は事実を明らかにする場である。事実の検討には、人間は関係ない。〈研究〉に人間は関係ない。「資格」は関係ない。
 学会においては「国民年金の保険料を納付しないと将来損をする」が正しいかどうかが検討される。誰が言ったとしても、正しければ正しい。間違っていれば間違っている。
 だから、学会においては発言者は捨象される。人間は捨象される。発言内容だけが検討される。当然、学会においては「お前にそれを言う『資格』があるか」と問われることはない。人間は関係ないのだ。発言内容だけが問題なのだ。これが〈研究〉の原理である。
 大筋で次のようにまとめられる。
 〈研究〉においては意味論の次元の検討がおこなわれる。それに対して、〈運動〉においては語用論の次元の検討がおこなわれる。
 両者は別の次元なのであり、どちらかが正しいという関係ではない。
 この論点は次の文章で論じた。

 〈研究〉と〈運動〉の違いを理解しよう。
 事実を明らかにする活動と他者に影響を与える活動の違いを理解しよう。
 意味論と語用論の違いを理解しよう。(注)
 そうすれば一般社会で起きている様々な現象が理解できる。「炎上」が理解できる。
 「炎上」は語用論の次元で起きているのである。
 
 

(注)

 意味論・語用論については次の文章を参照のこと。

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