ダイくん
「ダイくん帰ってけぇへんなぁ」
毎晩、祖母は私に聞いてくる。
ダイくん。それは私のことだ。
小さい頃、祖母が私のことを「ダイくん」とよんでいた。
「認知症の結果が出ました。これからは。。。」
そう検査員に言われた後の話は頭に入らなかった。
祖母が認知症。
薄々わかってはいたが、言葉にすると心にズッシリくる。
そして、祖母の記憶には“私“はいない。けど「ダイくん」はいる。
「ダイくん知らんか?」
今日もまた私に聞いてきた。
「ダイくんは帰ってくるの遅くなるらしいよ。
ところで、僕の名前は知ってる?」
「はぁ?どなたさんでしたっけ?」
「僕がダイくんやで!」
「あら、あなたもダイくんですか。
あ、ダイくん帰ってけぇへんなぁ」
祖母には、”私“はもういない。
いない。
施設に入った祖母は他の利用者さんの面倒を見ているらしい。
よくお話もしていると又聞きした。
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かなり経った頃、施設に行って久しぶりに祖母と会った。
お花のポストカードを渡して喜んでもらいたかった。
「おばあちゃん、お久しぶりですね」
「はぁ、どちらさんですか?」
そっか、”私“はいなかったんや。
「おばあちゃんにプレゼントがあります。
お花のポストカードを受け取ってもらえますか?」
「いや、要らないです。受け取れません」
え。。。
「そうですか。分かりました。
お孫さんのダイくんは元気にしてるそうですよ。」
「そうですか。よろしくお伝えください。」
お花のポストカードを手にしたまま、来た道を帰った。
渡せなかったポストカードを引き出しにしまった。