見出し画像

(終焉)あけましておめでとうございます⑤

あらすじ
初日の出を見るために、徹夜をして登山をするのはもうやめよう

山に登る前に家で仮眠をとりました。
眠りにつく瞬間の、なんと心地よいことか。仕事を始めとした一日の疲れが一気に押し寄せ、瞼が自然に下に落ちていきました。このまま朝まで眠ってしまおう、僕はそう思いました。一人部屋で三人寝るわけなので、僕の寝床はただの床でしたが、僕の気持ちはさながら高級羽毛の上でした。

……。

……。

サイコパスに叩かれ、僕は目を覚ましました。言葉では表現できない程の、最悪に最悪を重ねた目覚めでした。体は死にそうなくらいに重く、立ち上がる力が湧き出てきません。

代わりに湧き出ていたのは、サイコパスに対する怒りです。このサイコパスという男は、キチガイによる精神攻撃を受けて尚、山に登ることに果てしないワクワクを感じ、一時間未満の仮眠ですっかり元気になっている、正真正銘のヤバい奴なのです。登山が楽しみすぎて目をキラキラと輝かせた気持ちの悪い男に、「おい四時だぞ」と起きるまで何度も叩かれてみてください。ほぼ殺意と変わらない怒りが沸きあがってきますよ。

デブは殺意を隠そうともしていませんでした。サイコパスが口元に笑みを浮かべながらいびきをかくデブを何度も叩くと、デブは今にも飛び掛かって首をしめるぞと言わん限りのオーラを発し、全力で登山を拒絶しました。

もちろんサイコパスは気にしません。彼にとっては年に一回のお祭り騒ぎです。クリスマスとか、ゴールデンウイークのようなものだと彼は思っているのです。

僕とデブは仕方なく上着を羽織り、外に出ました。

外に出た瞬間、深夜の肌寒い風が首筋を突き抜けます。

込みあがってくる後悔、拒絶、絶望。

これまでの四年間は、なんだかんだと文句を言いつつも、登山が始まったら結局楽しくなって盛り上がってしまうのが通例でしたが、今回ばかりはそれもありません。デブと僕はすっかりしなびた状態で、なんでこんなことをするんだろう、と悶々としながら歩くしかありませんでした。これが社会人になってしまったということなのでしょうか。

僕はともかく、あのデブが、という話です。あのデブがすっかり希望を失い、自分を責めるという状態になっていました。五年前。初日の出を見ようと提案したのはデブだったのです。歩きながら絶えずそれを後悔し続け、「軽はずみな発言をするのはやめよう」と弱弱しい声を出す始末です。普段なら絶対にこんな態度は見せません。昔好きだったイケイケの俳優を久しぶりにテレビで見たと思ったら、すっかり衰えた老人になってしまっていた時のなんとも切ない気持ちと同じものを感じました。こうやってデブは死んでいくんですね……。

三人とも歩くスピードもとても遅く、まるで活気がありません。話も盛り上がりません。

これ程までに無意味で苦しい時間帯を過ごした人間は、新年のあの時間帯、恐らく僕たちだけだったことでしょう。
思い出しながら書くのも辛くなってきました。
山なんて登りたくないし、初の日の出なんて見たくもありませんでした。

続く

いいなと思ったら応援しよう!