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小説感想『ソロモンの指環―動物行動学入門』

コンラート・ローレンツ著

今まで知らなかったことを知るのはとても面白く勉強になりますが、根拠もなく知っていたつもりになっていたものを改めて知った時の驚きたるや、並大抵のものではありません。

この本はまさに、何故か知っているつもりになっていた身近な生き物のことを、何も知っていないんだよ、と突きつけるものの、手取り足取り教えてくれます。生き物への愛を持つ著者は、知識をひけらかす気持ちもなければ、生き物に愛を持っていない人々を軽蔑するわけでもなく、できることなら生き物に愛を持って欲しいと僕たちを誘っている優しい立場にいるので、悪意なくユーモアのある文章をリズムよく紡いでいきます。読んでいて、まるで大衆小説を読んでいるかのようにスラスラとページをめくれました。楽しかったし、多くの発見や気づきがありました。

入門、と名のついている通り、動物の全てを知れるわけではありません。当たり前ですよね。著者だって全てを知っているわけではありません。
だからこそ、その先を知りたくなります。謎のまま残っている鳥たちの言動や、はたまた自分で動物と触れ合うことでしか知ることのできない愛の形を手に入れたくなってきます。僕は海や川が好きなので、アクアリウムを作ってみたくなりました。そのように、読み終わった後も残り続けるような好奇心をこの本は与えてくれます。冷静に内容を考えたら、ただ著者が鳥や魚たちと一緒に暮らし、そこで起きた面白いエピソードや不可思議な生態について、どちらかというと脈絡なく書いていくだけですが、繰り返し言うように、ユーモアと文章力、それから溢れんばかりの生物への愛が文章のほころびを埋め、生真面目さや説教臭さを消しているのでしょう。

ソロモンの指輪とは、真鍮と鉄でできた、天使や悪魔を使役することができる指輪だそうで、本作の中では、動物と話ができる力があると説明されます。著者は、自然環境に近い場所での生物との暮らしから、指輪なんてなくとも動物と話ができるという意味で作品のタイトルをつけたらしいですが、明らかにそれだけではない意味が含まれていました。それは、僕たちただの一般人もまた、ソロモンの指輪を持っているということです。真鍮と鉄が素材ではなく、目に見えないリングですし、天使や生物を使役するものでもありあません。動物への愛によって作られた、相互の信頼を生み出すものを持っています。僕たちも、愛情をもって生物に接し、わからない部分を知ろうと努力すれば、そこに相互の信頼が生まれ、話をすることだって簡単にできるのです。

それはなんと夢のある話でしょう。

まだ知らないもの、まだ知らない世界に行こうとすることは大切です。ですが間違いなく、僕たちが知っていると勝手に思い込んでいた事柄にも、新たなる気づきがあるはずです。


同じ言語を持たず、生まれつきの本能の次元でさえ違う鳥と人間でさえ、信頼関係や愛情関係が生まれます。それならば、人間同士ならもっとうまくやれるはずなんですけどね……。

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