きしむ日本の建設業 〜国土が守れない問題の本質〜
新幹線のグリーン車に乗るとおまけ?でついてくるWedgeなる雑誌に建設業の職人不足の問題が大きく取りげられ話題になっています。職人不足はこれまで建設業の事業所の個別の課題だと思われていたのが、漸く国の根幹を揺るがす社会課題だと認知され始めたようです。先日、マイスター高等学院の全国展開キックオフの会合の際に「この問題はまさに高橋さんが取り組み、啓蒙し続けて来られたもので、やっと広く認知され始めましたね。」と内藤大悟さんにその雑誌を手渡されました。
キッカケとしての2024年問題
今回、一般誌で職人不足問題が大きく取り上げられた背景に建築業の2024年問題があります。これまで特定業種として指定され、労働法の超法規的措置として残業代を支払えばいくら働かせても良い事になっていた建設業界にも来年から一般的な業種と同じように月に40時間の残業時間の上限が設けられるようになります。元々、私がこの業界に入った30年ほど前までは「建設業に祝日なし。」と言われており、日曜日以外は全て現場を動かすのがごく当たり前でした。
近年、流石に祝祭日は工事を止めることが増えましたが、街の工務店などでは今も現場を動かしている会社も少なくありません。
週休2日制が普及し始めてから、大手ゼネコンなどは本社機能や事務方・管理部門は週休2日へと移行し始めていますが、現場はまだまだ追いついていないのが現状です。しかし、これまではそれも適法として認められていたのが、この度の法改正で違法となり、現状のままの就業体制を続ければ労働基準監督署からの指摘を受けることになります。これまでの生産性を維持しながらどのように労働環境を改善するかを業界全体が悩んでいるのが現状です。
問題提起に終始かよ
Wedgeにはその現場と法改正の乖離について様々な角度から取材して課題点を列挙しています。そして、その本質は現場実務者の就業者数の減少と負荷を下請けに押し付けるピラミッド型のヒエラルキー構造だと指摘しています。圧倒的多数の企業がブラック、もしくはグレーな職場環境であることを取材された人たちが口々に吐き出し、ホワイトな労働環境の企業への転換が必須だと述べられていますが、残念ながら具体的な方策を示す解決策は全くと言っても過言でないくらい示されていません。
法規制で簡単に労働環境の改善が出来るくらいならとっくの昔に建設業は変わっているし、そもそも建設業は全体で見ればゼネコンなど大手が占めるシェアは実はそんなに大きくなく、住宅やリフォーム、リノベーション、土木、解体、外構、設備など幅広く多岐にわたる業者が存在しています。74万社と言われる建設事業所で完全法適合だと胸を張って言い切れる業者は殆どいないのが現実で、だからこそブラックでグレーな職種だと認知され、若者が寄り付かなくなっているのです。
職人不足問題に拍車をかける悪法
このままでは国土を守れない、とWedgeに書かれているのは建設業が抱える深い闇に対して、解決困難な課題がそびえ立っていることを指しています。それは大手ゼネコンの働き方改革などの甘ちょろい問題ではなく、あと10年で実際に現場でものづくりに従事する職人がいなくなるという圧倒的な社会課題に対する問題提起です。建物の維持管理ができなくなるだけではなく道路や橋梁、水道や電気等のライフラインの保守管理さえもできなくなると国民の安全な暮らしそのものが保てなくなります。そして、職人は大手ゼネコンには一人としておらず、全員が中小零細と言われる地域企業に所属、もしくは個人事業主の一人親方として働いている人ばかりです。2024年に施行される残業時間の総量規制はそこには殆ど届きません。それどころか、職人を社員として雇用すれば規制の対象になりますが、外注扱いの個人事業主に切り離せば労働基準法上の事業所の責任は無くなります。これまでも職人の社会的補償を担保せずに正規雇用して来なかった建設会社は今後ますます外注化を進める事になります。何の保証もない不安定職業に就きたい若者はいません。実はこの法律は職人不足を加速させるザル法であり、職人不足問題に拍車をかける悪法であることを誰も指摘していないのは本当に残念です。
職人を道具としてしか見ない国と業界
この日本にとって喫緊かつ重大な職人不足の問題は実は20年前から危惧されており、特に建築工事の主たる役割を担う大工の不足は国家プロジェクトとしてその解決に取り組まれてきました。しかし、何兆円もの予算を投じたにもかかわらず、全く成果を出すことなく、大工育成のプロジェクトは破綻しました。国が乗り出しても全く何の解決策も見出せなかったのが現実です。
その理由は、職人を道具としてしか見ない国や元請け事業所の体質と思考にあります。手っ取り早く現場でオーダー通りに作業してくれる職人を育てて、使えなくなったらポイ捨てし、また生きのいい若い職人を集めてこき使う、育成には出来るだけ費用をかけたくないし、一般職と同じように社会保障を付加すれば収益が落ちる。誰も育てないし、誰も守らない。そんな職業に、職業選択の自由が保証されている若者が就きたいと思うはずがないのですが、そんな事にも気づかないアホがどこかにいるとの思い込みを持っているからに他なりません。職人を人としてみていないのです。
国家プロジェクトと大袈裟な冠をかけた若手大工育成プロジェクトの失敗は道具のような職人を量産することを目的に掲げていたからです。
付加価値を生み出す職人教育
人を人としてみる。そんな当たり前のことさえ出来なかった(今も出来ない)建設業界は若者に見放され衰退の一途を辿るしかありません。職人不足を他人事だと捉え、どこかの誰かが腕の良い職人を育ててくれるのを待って、引き抜いて使うのが儲かるよね〜、と明確に思っているかどうかは分かりませんが、職人を目指す若者の採用、育成、若しくはその啓蒙に興味を示さない建設業社に未来はないと思います。
この問題の根本解決にはこれまで業界が目を逸らしてきた2つの視点が必要です。一つは、職人を道具ではなく人としてみる。社会保険、厚生年金、有給の付与という社会保障と安心して働ける職場環境を整え、職人としてのピークを迎える50代を過ぎた後のキャリアパスを明確にして年老いても投げ出さずに、高い付加価値を生み出せる技術だけではない広範囲を網羅した人材育成です。これに対して一般社団法人職人起業塾では人間力を高め、広い知識とコミュニケーションスキルを身につけて、職人が現場作業以外でも活躍できるように実践研修を行っています。
民主主義の根本に立ち返る
もう一つは若者に入職してもらう環境づくりです。
現在、小中学生の不登校は全国で33万人とも言われます。そして、その子供たちも一応(99%)何の目的もなく入学出来る高校に進学します。しかし、約3%(毎年10万人)の若者が高校を中退し、アルバイトやパート、人材派遣会社に登録する期間限定の社員として低賃金で一生を過ごします。そんな学歴社会からこぼれ落ちる子供達に救いの手を差し伸べて、正規雇用と未来を見通せるキャリアパス、そして社会で活躍できる教育を提供出来れば、若者から見放された現在の建設業界の状況は変わると考えています。建設業界が生きがいの持てる事業所へと変容し、職人を育てる機関へと変わることしか業界の未来はないと思うのです。
私たちはこの課題解決のためにマイスター高等学院なる職人育成の学校を設立し、全国に展開しています。これこそが建設業界だけではない大きな問題となっている職人不足を根本解決する方法論だと自負しています。
今までの延長線上に未来はない。そのことを明確に見つめ、経営者、事業所のみならず、業界全体が変わる時にきています。
まずは、人を人としてみる、民主主義の思想の根本に立ち返るべきだと思うのです。
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建設業界から日本の民主化を進める活動を行っています。