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初恋の亡霊、病棟にあらわる?

「担当外してほしいんですけど」

今日は私が看護師人生で最大の理不尽だと思った話をお送り致します。
キングオブ理不尽。あ、クイーンオブ理不尽?どっちでもいいか。

冒頭のセリフを言われたとき、私は思わず聞き返してしまった。

「え、私、まだ受け持ちすらしてないですよね? 今初めてお会いしましたけども?」

患者さんは気まずそうに視線をそらしながら、ぼそっと理由を告げた。

「……初恋の人と同じ名前で、振られたんだよね」

は?

「漢字まで一緒でさ、なんか……つらいんだよね」

いやいやいや、それ私、何も悪くなくない!?
振ったのは私じゃないし、そもそも初恋の人って何十年前の話?
名前が同じってだけで担当を外されるって、そんなことある?

──あるんです。

師長に報告したら、「えっ」と絶句したあと、
「……まあ、患者さんの精神的負担になるなら、変えようか」とあっさり決まった。

「いや、でもこれ、私のせいじゃないですよね?」

「そうだね。でも、こういうのも運命かもしれないよ?」

運命。

いや、そんなロマンチックな話じゃない。
私、あなたの初恋の人じゃないし。
むしろ私は、仕事をする前に失恋の余波で排除される側なんですけど!?

「……まあ、いいですけど」

納得はできないけど、もうどうしようもない。
結局、私はその患者さんの担当になることはなかった。

でも、その患者さん、退院するときに私にこう言った。

「しょうこさん、やっぱりいい人そうだったね。ちょっと話してみたら、思い出と違った」

いや、だから、私はあなたの初恋の人じゃないんですけど!?

──理不尽なクレームにも、いろいろある。
でも、これがたぶん、私の看護師人生で一番笑える理不尽だった。

「クレームって、そういう感じでくるんですか?」

新人看護師に聞かれたことがある。
いや、まあ、こんな「失恋の記憶を刺激する」みたいな珍しいケースはそうそうないけど、
看護師って思った以上にいろんな理由で怒られたり、拒否されたりする仕事だったりもする。

例えば、

「あなたの血圧の測り方、昨日の人と違うから信用できない」
昨日の人とそりゃ違うよな。
人間の手の大きさも、巻く力加減も、スピードも違うし、そもそも毎回「全く同じ測り方」なんてできるわけがない。

「ご飯がまずい、あなたが作ったの?」

いや、私が作ったんだったら今ここで点滴とかやってないです。
(病院食に文句を言いたい気持ちは、まあ、うん。わかる)

「〇〇先生がいいって言ってたんだけど」
(その先生、今日は外勤でいません)

「看護師さん、今日なんか雰囲気違うね」
(そりゃあ昨日の看護師とは別の人間だからな……)

「でもさ、君はクレーム言われても気にしてなさそう」

そう言われることがある。
まあ、正直、最初はめちゃくちゃ気にしてたよ。

看護師になりたての頃は、ちょっとしたことで「私が悪いのかな」と落ち込んでたし、
夜勤でナースステーションで1人になったとき、
患者さんに言われたことを思い出して辛くなったこともあった。

でも、あるとき先輩に言われあのセリフ。

「あなたが悪いわけじゃないクレームは、真に受けなくていい」

これが本当に、看護師を続けるうえでの大事な心得だった。

理不尽なクレームを受け流す技術って、仕事を続けるうえで相当大事。
もちろん、患者さんの言葉の中には「確かに、それは改善したほうがいいな」ってものもある。
でも、そうじゃないものまで全部受け止めてたら、こっちが潰れちゃう。

「患者さんも不安なんだよ」

「病気になって、自分じゃどうしようもないことが多すぎるから、せめて看護師に何か言いたくなることもある」

そう先輩に言われたとき、
「そっか、これは私個人の問題じゃなくて、環境のせいでもあるのか」って思えた。

だから私は、できる範囲でちゃんと対応するけど、「しょうがないなあ」って笑って受け流せるものは受け流すことにした。

その結果、「名前が初恋の人と同じだから担当外してほしい」ってクレームも、
「ええっ!?」とは思ったけど、まあ、そこまで深刻には捉えなかった。

「しょうこさんは、こういうの全部、笑い話にしちゃうんですね」

ある日、患者さんにそう言われたことがある。
そのときは「いやいや、笑うしかなくないですか?」って返したけど、
帰り道でふと考えた。

たぶん私は、全部を深刻に捉えすぎるとしんどいから、どこかで「ネタにしちゃえ」って思ってるんだろうなって。

理不尽なことはたくさんある。
納得できないことも多いし、「えっ?」ってなる場面も日常茶飯事だ。

でも、それをいちいち真剣に受け止めてたら、こっちが壊れちゃう。

だったら、ちょっと笑える方向に変換して、
「まあ、人生ってこういうこともあるよね」って思ったほうが楽じゃない?

そう言い聞かせながら、今日もナースステーションで笑っていようと思う。

名前が同じだからって振られたって、ね。

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