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あなたの名前を、ちゃんと呼びたい
「看護師や医師や薬剤師や介護士たちも大事な仲間。でもね、警備さんやお掃除の人も一緒! 大事な仲間!掃除のおばちゃんなんて呼んだら許さないからね」
私が最初に働いていた病棟の師長は、そう言って私たちを育てた。
だから私は、病院で働く人たちの名前を覚えるのが当たり前だった。
看護師だけじゃない。
受付の人、検査技師さん、警備員さん、清掃のスタッフさん。
みんな、病院を支えている大切な存在。
でも、顔と名前を覚えていること。
それはどうやら「特別なこと」らしい。
「しょうこさんって、どうしてそんなに色んな人の名前を覚えてるんですか?」
今の職場でも、よく聞かれる。
特に驚かれるのが、警備さんや清掃スタッフさんの名前までちゃんと呼ぶこと。
私は逆に「え、普通じゃない?」と思うんだけど、どうもそうじゃないらしい。
「名前を呼ばれることなんてないから、すごく嬉しいよ」
「こんなふうに話しかけてもらえるなんて思わなかった」
そんなふうに言われるたびに、ちょっと切なくなる。
名前を呼ばれることが特別なことだなんて、なんだか寂しくないかなって。
そして日頃、どれだけありがとうを伝えていないのかなって。
そう思うからこそ、私は毎年バレンタインを一番早く配る。
たぶん、看護部よりも、医局よりも、どこよりも先に。
バレンタインチョコの行き先
「いつもありがとうございます!」
小さなチョコレートを手渡すと、驚いた顔をされた後に、
「あれ、俺にも?」と目を丸くされる。
警備員さん、清掃スタッフさん、リ検査技師さんたち。
病院の“表”には出ないけれど、なくてはならない大切な人たち。
「だって、〇〇さんがいてくれるから、私たちも安心して働けるんですもん」
そう言うと、照れくさそうに笑われる。
清掃のスタッフさんに渡したときなんて、
「こんなこと初めて! 看護師さんからもらえるなんて思わなかった。嬉しくて泣いちゃうよ」
と、本当にびっくりされてしまった。
警備員さんにも渡すと、
「いやぁ、俺たちにも?……ありがたいなぁ」
と、頭をかいて照れ笑い。
「いやいや、こっちこそいつもありがとうございます!」
私がそう言うと、
「こりゃあ、今日も頑張らないとな!なにかあったら1番に駆けつけるからね!」
なんて冗談っぽく笑われた。
名前を呼ぶこと、感謝を伝えること
「しょうこさんって、なんでそこまでやるんですか?」
あるとき、後輩にそう聞かれた。
「えー、だって、いてくれるのが当たり前じゃないから」
例えば、清掃スタッフさんがいなかったら?
病棟はあっという間にゴミだらけになって、衛生管理も崩れる。
警備さんがいなかったら?
夜間の病院は不安でいっぱいだし、いざというとき頼れる人がいないと困る。
「病院って、色んな人が支えてくれてるんだよね。
だから、私はちゃんと名前を覚えて、感謝を伝えたいなって思うだけ」
そう言うと、後輩は「なるほどなぁ」としみじみ頷いた。
バレンタインは、ただのきっかけ。
高いチョコレートでもない。ほんの気持ちだ。
「俺、チョコなんてもらったの何年ぶりだろう」
そう言いながら嬉しそうにポケットにしまう警備員さん。
「家に持って帰って、孫に自慢しようかな」なんて笑う清掃スタッフさん。
私はそれを見て、あらためて思う。
バレンタインって、ただのきっかけなんだ。
チョコレートが大事なんじゃなくて、
「いつもありがとう」と伝える、その一瞬が大事なんだ。
たぶん、これから先も私は変わるつもりはない。
名前を呼ぶこと、感謝を伝えること。
そして、来年もまた、一番最初にバレンタインのチョコを配るつもりだ。
だって、
「ありがとう」って言うのに、理由なんていらないでしょう?