20代でしなければならないことvol.3 「好きな事」でとにかく量をこなし、一度思いっきり絶望しておく。

「絶望」と聞くと、ネガティブに感じますよね。

しかし、「絶望」の後にしか見えない景色があるんです。

絶望して腐ってしまうなんてもったいない。絶望は、更なる飛躍のチャンスなんです。

私は、大学時代に建築という「好きな事」を見つけその道を歩き始めました。

建築家になって、世の中の風景を美しくするんだ!!世界を変えるんだ!!と、現実を知らず燃えるピュアな奴でした。

今もその想いは変わりません。

しかし、今は現実を知った上で燃える、ピュアな奴にパワーアップしています。

建築の専門学校に通いながら、休みの日には母のお下がりのおんぼろ車で建築を観て回りました。

熊本では「アートポリス」を推進していました。わかり易く言うと、建築家と言われる人の設計した建築をたくさん作って、県の文化的レベルを上げようというものです。

だったら、そのアートポリスの建築をとにかく全部観てやろうじゃないの!!!と、勇ましく出陣しました。

しかし、、、

一つ目の建築、「う〜ん」

二つ目の建築、「う〜ん、、、」

三つ目の建築、「うっ、うう〜ん、、、」

お世辞にも「いい!!」なんて言えないんです。

あれ〜、、、建築ってなんか全然カッコ良くないぞ、、。おかしいな。第一、写真で観た感じと全然違うじゃ〜ん。

いや、そんなはずは無い!!。次こそは、絶対にカッコイイ建築に出会えるんだ!!

四つ目の建築、「うう〜んうっ、うう〜ん、、、」

五つ目の建築、「うう〜んうっ、うう〜ん、、うう〜っ」

六つ目の建築、「あ〜あ、ダメだこりゃ」

確かその当時、アートポリス事業で作られた建築は県内に100程度ありました。そして、それらを全て観ました。しかし、その中で心から良いと思えるものは5つ程しかありませんでした。

私の目がおかしかったのでしょうか。

「それは、まだ建築の勉強が足りないから、その良さが分からないんだよ」と学校の先生はおっしゃいました。

確かにそうでしょう。しかし、実際に建築を使うのは、建築については全くの素人の方々です。

じゃあ建築っていったい誰のために作るもんなんだよ。

怒りが込み上げました。

今は、このように冷静に当時を振り返れますが、当時は絶望の淵にいました。なんせ、一世一代の決断で歩み始めた道で、いきなり、早くも絶望してしまったんですから。

1人の設計者が出来る仕事の量には限りがあります。その量は日本地図の上で、針の先程の量でしょう。その針の先程の部分だけ美しくしても、、、

「こんな事じゃ、世界を変えるなんて出来ない」。

今思うと、そのピュアさ、視野の狭さに笑ってしまいます。

しかし、好きな事をやり始め、挫折してしまう方は概して「ピュア」な方です。それが好きだけどうまく行くかわからない。けど、とにかくやりたい。

その「ピュア」さは必ず一度は、汚される時が来ます。しかしそこで腐ってはいけない。それこそ、成長のチャンスなんです。

その汚された時の思いを絶対に忘れてはいけません。

私はその絶望で、「素人の目で物を観る」という最も大切な事を学びました。素人の目が1番厳しいのです。

今、建築士の免許も取りました。設計事務所の経営もしています。

しかし、今でも建築を観る時の目は素人のままです。



お読み頂き本当にありがとうございます。

また真剣に書きます。是非お立ち寄り下さい。

心よりお待ちしております。

岩永祥





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