21歳の自分を上書きする冒険。 その冒険に出ようと思った契機となるエピソードがもう1つある。 2022年、42歳になった私は、国からの求めに応じて、「困窮者」に住まいを提供し、自立を支援する、という仕事に携わっていた。 困窮者の対象は、2種類。 まず、「ウクライナからの避難民」である。 2022年2月24日にロシアがウクライナへ軍事的侵攻を開始してから現在まで、日本は実に約2700人の避難民を受け入れている。この中には縁あって住まいが確保されている者もいれば、「ウク
「ちょっとお話があるんですが。」 神妙な顔で部下にそう言われ、何かあったのだろう、と思いながら話を聞くことにした。 私は今、東京都内の賃貸住宅を管理している会社の管理職として、居住者の対応全般を行っている。 様々な居住者の人生に直面する仕事のため、当初は面食らう事もあったが、徐々に慣れ始めた時期での、部下からの相談だった。 部下は、淡々と報告を始めた。 「先日、90才単身の男が引っ越して出ていった部屋なんですが、今日現場の担当が出向いたらゴミ屋敷になっていて、玄関を開けると
帰還はならなかった。 生還はできなくとも、家族のためにもせめて帰還を、と願っていたけれど。 上空からも地上からも立ち入れない、と昨日山のプロ達が判断した場所に、彼らは眠ることとなった。 山のプロ達のこの冷静な判断は、山のプロであることの所以であり、生と死のはざまに張られているロープを、生の側にギリギリ引き寄せている彼らしか持ち得ないものだ。誰も否定などは出来ないであろう。 そして2人は絶対に2次遭難を許さなかったはずであろうし、捜索救助打ち切りの山仲間の判断を、きっと受け入れ
パリ五輪の金メダルに沸く朝刊の一面の片隅を見て思わず声が出た。「平出、中島、K2で滑落。」 朝刊を読んで声を上げるのは1994年のアイルトン・セナの事故以来だ。それほど打ちのめされた。 自分と同い年の平出は世界屈指のクライマーであり、彼とバディを組む中島も有名な登山家だ。随分前から彼らの冒険は各方面で取り上げられてきていたし、自分もまた平出の生き方や挑戦について注目し続けてきていた。 魔の山K2の未踏ルートを無酸素かつアルパインスタイルで登る。それは彼らにとっての集大成だ