見出し画像

マルチリンガルが語る~反応する練習~

こんばんは、しょうごです^^

唐突ですが ”反応しない練習” 草薙龍瞬 著は、名著だと思っていて、そこから着想を得たことを今日は書いてみたいと思います。というかタイトルを拝借しただけという。。

その名も”反応する練習”です(笑)

3つの例を挙げて、ご説明していきます。ぜひお楽しみください♪

最初に言っておきますが、ちまたで良く言われるインプット、アウトプットの類いとはちょっと意味が違います。

ではいってみましょう。

≪第一の例≫ 直接的に何かを指標とし、それを目指す
南方熊楠 (3日前のブログ参照)で言えば、カーチスという米国の学者が6000もの菌類を集めたことを知り、自分はそれ以上7000種集めることを目指した。
華岡青洲 (昨日のブログ参照)に関しては、華佗の麻酔手術について知り、全身麻酔を成功させようと決意した。

ちなみに、3日前の南方熊楠に関するブログでも書いたように、僕は成人してから幼い頃に知った南方熊楠の人生を思い出し、マルチリンガルを目指すことにしました。

≪第二の例≫ 全く同じでは無く、別のジャンルや方法で表現する
アーティストは、音楽や絵画などから着想を得て、自分の作品を生み出すこともよくあるようです。20年来、僕が見ている限りでは、(ストリート)ダンスの世界ではよくあることのように思います。

≪第三の例≫歴史上の人物を師匠と仰ぎ、常に自分と照らし合わせて自らを高める
これは、これまた昨今良く言われるメンターの類いとも違うかと思います。ですが、歴史上の偉人にメンター的役割を求めるのも、人の人生として大いにありだと思います(偉人が言いそうなことを勝手に想像して、自分に言うとか)。古くは諸葛孔明が中国の戦国時代に活躍した楽毅や管仲を理想としました。これも一応、≪第三の例≫としておきましょう。

とまあ3つの例を挙げてご説明しましたが、どれもハードルが高いという方は、一週間に一回でも見た映画や美術館、本などに関してブログを書くという”反応”でも良いと思います^^ というかそもそもそれ位のことの連続が人生だと思います。

反応しない練習 (草薙龍瞬 著)で書かれているように、他人のアホな感情にいちいち反応していると身が持たないし、怒りに怒りを返そうとしたり、自ら負の感情を生み出すことは極力さけたいところです。ですが、良いものにはどんどん反応していき、より良い自分の表現を身に付けていきましょう^^ これが今日、僕が最も言いたいことであります。

年を取るとだんだん何事にも動じないのと同時に、何事にも反応しない習性が身についていく気がします。今日僕はこのブログを書きながら、これからも良いものをたくさん見て、≪第一の例≫≪第二の例≫≪第三の例≫を問わず、自分なりの表現をしたいとふと思ひました。

人として枯れないコツ、それは反応する練習にあると僕は考えます。

ではまた明日、ここで♪

おわり

≪twitter≫ ※各種外国語や国際交流など、色んなことをつぶやいています!https://twitter.com/0084shogo
≪僕が管理する外国語のMeetup グループ≫
https://www.meetup.com/Osaka-Polyglots-Meetup/
≪読書メーター≫
https://bookmeter.com/users/685980
≪僕と友人が主催する外国語イベント facebook ページ≫
https://www.facebook.com/OsakaMultilingualGathering/https://www.facebook.com/OsakaMultilingualGathering/

175/ 22037/ 240

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?