連載小説|ウロボロスの種
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七日目
朝が来て、私は海へと向かった。道すがら、昨日の子どもたちとすれ違った。子どもたちは騒がしく飛び跳ねたりしながら歩いていた。
海に着いた私は、目を疑った。遠くからでもわかるほど、私の立てた枝は太く高くなっていた。もはやそれは枝というより幹だった。そこから生えた枝も増え、さらに枝分かれまでしていた。
数人の人々がそれを囲んで見ていた。少しの躊躇のあと、私はその場所に行ってみることにした。
「砂浜に木が生えるなんて」と、人々は口々に言っていた。
犬を連れた人が通りがかり、立ち止まった。犬もまた立ち止まり、〈木〉をじっと見ていた。
「南国から木の種が流れ着いたのかもしれない」とある人は言った。
「これは神の木かもしれない」と別の人は言った。
私は大聖堂へ行こうと歩いたが、途中でフェデリコに出くわした。
「町中の話題になっていますよ。ちょうどいまから見にいくところです」
フェデリコはそう言い、私たちは二人で海へと向かった。
〈木〉の場所に着くと、人がさらに増えていた。
「何が起きているのでしょうか」と私は訊いた。
フェデリコは答えられない様子だった。
私は彼に言った。
「バー・ニュクスのリリィは、生えているか刺さっているかの違いは、種があるかどうかの違いだと話していました。つまり、生えているものは種があったもので、刺さっているものは種がなかったものです。私は確かに、木の枝をここに刺しました。種などなかったのです。それなのに、これはまるで生えているかのようではありませんか」
しばらくの沈黙のあと、フェデリコはこう言った。
「リリィの話が正しければ、木の枝が種だったのかもしれません」
木の枝が種。私は、リリィがマドリング・スプーンを上に向けたときのことを思い出した。もしかすると、本当の種は、どこか見えないところにあったのかもしれない。木の枝は、その種の影だったのかもしれない。そしてそれが、生長しはじめた。
だとすると、どこかにある本当の種は、いま芽を伸ばしている。この〈木〉がその影だとしたら、本当の種は、本当の芽は、どんな形をしているのだろうか。
夜、私はバー・ニュクスにいた。飲むブランデーの量が、夜ごとに増えていた。
「リリィ、砂浜の〈木〉のことを知ってるかい」
「ええ。今夜早くにいらしたお客様から聞きました」
「あれは影ではないかと思うのだけど、どうかな」
「影だとしたら、逆さに生えているのかもしれませんね」
私はふり返り、自分の影を見た。椅子に座る私の影は、私の背筋から頭にかけての向きに対して、逆向きになって伸びていた。
逆さに生えている〈木〉。それは根を上に伸ばし、枝を下に広げるのだろうか。
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