総持寺
参拝寺社:総持寺
宗派:曹洞宗
一般成人の参観料:0円
参拝年月日:令和元(2019)年5月5日
本日は、曹洞宗の本山、総持寺についてお話し致します。禅宗の1つ、曹洞宗では、2つの大本山が有ります。1つは、かの有名な、福井県吉田郡永平寺町に在る、その名も永平寺。では、もう1つはどこに在る、どんなお寺なのでしょうか?それは、大都市横浜に在する、総持寺!尤も、このお寺は横浜市内と云っても鶴見区に位置しています。ここは横浜市街より寧ろ川崎市街に近く、以前高松寺でお話しした戸塚区とも違う、独特な雰囲気を醸し出しています。
朝起きて伯父母に挨拶した時の事。伯母が「今日は鶴見の総持寺に行くけど、来る?」と話し掛けて来たのです。伯父母の次男、私の従兄弟が東京都内の曹洞宗系男子中高の出身であり、それを懐かしんだ伯母の発案でした。私の定期券の適用範囲であり、またその日は一日中暇だった事から、同行する事にしました。(尤も、従兄弟は用事が有って来ませんでしたが。)
凄く地味な事で、私が感心したのは、この排水溝です。一見只の石畳なのに、よく見れば排水溝の蓋ですが、完全に風景に同化していて、良い心遣いだと思いました。
元々総持寺は能登国、現在の石川県輪島市に在りました。輪島の方は同じ能登国の、現在で言えば石川県河北郡津幡町で生まれ、鎌倉・南北朝時代に活躍した峨山韶碩によって整備されました。しかしながら、明治時代には火災が起こり、元の場所も不便だと云う事で、移転計画が持ち上がります。その移転先として白羽の矢が立ったのが、現在の横浜市。つまり現在の総持寺に当たります。元の総持寺も復興し、今では総持寺祖院と称されています。横浜の方の総持寺が開かれた当時は門前町として栄えていましたが、都市計画等でその風景は大きく変わりました。
こちらが御朱印です。迚も格好良い文字ですね。中央に書かれておりますのは、「太祖常済大師」でありまして、日本曹洞宗を開かれた道元禅師の事を指しています。左上の桐の紋章は総持寺を示します。曹洞宗では、桐の紋章と竜胆の紋章を並べて描いている所が多いですが、竜胆は先程も挙げた永平寺の紋章であり、両本山の総持寺と永平寺を示す事で曹洞宗を表します。
総持寺には、境内に神社も在ります。今でこそ神社と寺院は殆どが完全に分離していますが、長らく日本国は本地垂迹説に代表される神仏習合が伝統であり、ここはその伝統を保っていると言えます。
こちらでは、総持寺本殿の物とは別の御朱印を扱っています。大荒神様を祀っているので、そちらの御朱印です。右上と左上の印は本殿の物と同じですが、真ん中と左下の物は違います。
荒神とは、台所の神様で、中国・四国地方でその信仰が盛んだったと言います。
多忙から、更新が遅れて済みませんでした。
それでは、またお会いしましょう!