富士登山|徳田拳士四段
移動中に窓から眺めていた富士山を実際に登ってみることにした。
実は昨年にも登ろうとしていたのだが、あいにくの台風で流れてしまった。正直なところ、別に山登りが特別好きというわけではない。
ただ、運動は好きだし、大人になってから何をやっても以前よりも感情が動くことが薄れてきたので、とにかく今まで経験したことない事をやってみようと思うようになった。
「富士山に登った事がある」と言えたらなんかすごそうだから人生で一回は登ってみようか、そんなノリである。
さて、まずは現地に行かなければならないのだがその方法が難しい。手段が無さすぎるので観念して夜行バスで行く事にした。これも恐らく人生初である。夜行バスというものの周囲の評価を聞いて若干気が滅入っていたが実は内心少しワクワクしながらの乗車。そして現地に到着した頃には彼らの言っていた事を実感していた。たしかに、座席で一晩過ごすのはなかなかハードだ。
バスの終着駅で友人達と合流して硬直した身体を銭湯で温めてからいざ登山へ。今回は初心者でも登れる比較的簡単なコースを選択。
遠目に見るとあれほど美しい富士山だが、実際登ってみるといわゆる森林限界というやつで、段々と草木が少なくなり無機質な溶岩が転がる道を永遠と歩いていく。言葉ではどこかで聞いたことがある現象を実際に目の当たりにして、この険しい道のりのなかで探究心を失わない姿勢を見習う必要があるなとも思ったりした。
友人たちと他愛のない話をしながらひたすら登ること数時間。ようやく1日目の目的地である山小屋に到着。雨に打たれ冷え切った身体に温かいカレーが染み渡る。ほとんど飲み物の様に平らげひと休み。ここまでくればもう少し登るだけだと高を括っていた。
しかし仮眠から目覚めた時に頭痛を訴える。軽度ではあるが高山病にかかってしまった。思えばバスからほとんど睡眠が取れておらず体力が低下していた。一応動けないことはなさそうだったので少し落ち着いてから日の出を拝むべくいざ出発。
真っ暗な道をヘッドライトの灯りを頼りに進んでいく。頂上が近づくにつれて傾斜も急になる。なんだか修行時代を思い出した。もう少しがとても遠く感じる。キツい思いをしながらも同じ道を進んでいく仲間や、上を見れば自分たちより先に歩みを進めている人達がいる。
でも、今回は頑張れば必ずゴールに辿り着く。いけるいけると自身を奮い立たせ歩みを進めていく。
段々と空が明るくなってきた。頂上はもうすぐそこだ。
そしてようやく頂上に辿り着くことができた!この日もずっと小雨が降っていてご来光は諦めかけていたが、登頂した直後、まるでこれまでの苦労を労うように雲が晴れてきて、雲海の中から太陽が顔を出してくれた。初日から登頂まで歩き続けること6.7時間くらいだろうか。登って良かったと思えたのはこの10秒間だけだった。あまりにも不釣り合いに思えるかもしれないが、この一瞬の喜びを得るために何かを全力で取り組むことが価値のあることなのかもしれない。
景色もすぐに見飽きたので少し頂上でゆっくりしてから下山した。普通下りは比較的楽で早く到着するはずなのに登りより長く感じた。早く帰りたいという気持ちしかなかったから。キツくても楽しみや目的があった方が頑張れるということに気付かされた。幸い、高度が下がるとともに頭痛も少しずつ回復し、無事下山して富士山制覇。
もう一度登りたい!…とはならなかった。やっぱり眺めるくらいが丁度いい。でもこの経験は人生にとってきっとプラスだ。
さあ次はどんな新しい楽しみを見つけようか。