
「観る将」が観た第10期叡王戦本戦トーナメント 藤井竜王名人準決勝
2月25日、叡王戦本戦トーナメント準決勝の藤井聡太竜王名人と糸谷哲郎八段の対局が、関西将棋会館で行われました。
藤井竜王名人は、叡王奪還に向けて本戦1回戦から登場し、増田(康)八段と戸辺七段を降しています。
糸谷八段は2006年プロ入りの36歳です。大学院在籍中に竜王を奪取したこともある強豪で、今年度は順位戦でも2局を残してA級への復帰を決めるなど好調です。叡王戦は前期もベスト4に残り、今期は本戦1回戦から順に本田六段と鈴木九段を破っています。藤井竜王名人とは、銀河戦決勝やJT杯決勝など大舞台での対局が多い印象ですが、これまで8戦して勝ったことがありません。
糸谷八段が横歩取りに誘導
振り駒で後手となった糸谷八段が横歩取りに誘導し、飛先の歩を交換する前に△5二玉と中住まいに構えると、藤井竜王名人は横歩を取ってから▲6八玉と上がって早くも前例を離れます。糸谷八段は△2二銀と上がり、藤井竜王名人が▲3七桂と跳ねると、意表を突かれたのか29分熟考して△2三銀と飛車を追います。
慎重な駒組み
両者とも小刻みに時間を使い、藤井竜王名人が飛車を引いてかわすと、糸谷八段は角を交換してから△3三桂と跳ねます。藤井竜王名人は▲7七桂と跳ね、糸谷八段が△7二銀と上がると、▲3八銀と上がります。糸谷八段は飛車取りに△4四角と打ち、藤井竜王名人が次の27手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値は藤井竜王名人の56%とわずかに傾き、各3時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王名人が1時間56分、糸谷八段が2時間5分となっています。
大技を秘めた攻防
先手が飛車で8筋の歩を取ってぶつけると、角で根元の桂を取りつつ王手し飛車を抜く大技があるので、藤井竜王名人は昼休を挟む51分の長考で▲2四歩と銀頭を叩きます。糸谷八段は同銀と応じ、藤井竜王名人が▲3四飛と歩を取って銀に当てると、△8四飛と浮きます。先手が銀を取るとやはり角で王手し飛車を抜く筋があり、対局後に「うっかりしていた」と話した藤井竜王名人は、更に34分熟考し▲5五角と打ち返します。
飛車角交換
この角を取ると飛車を素抜かれるので、糸谷八段が△2五銀と立って飛車に当てると、藤井竜王名人は飛車を2筋に寄って歩を打たせてから▲4四飛と角と刺し違えます。激しい変化を秘めた攻防の末に飛角交換となり、藤井竜王名人が角で飛車を追い、もう1枚の角を飛金取りに▲6五角と打つと、糸谷八段は金を4筋に寄ってかわします。
藤井竜王名人の馬と糸谷八段の竜
藤井竜王名人は▲2一角成と馬を作り、糸谷八段が△4五桂と跳ねると、馬で香を取ります。糸谷八段が△3七歩と銀頭を叩いて桂交換し、金香両取りに△2九飛と打ち込むと、▲3九香と打って金を守ります。糸谷八段は△1九飛成と香を取って竜を作り、藤井竜王名人が▲4八銀と陣形を引き締めると、△8四桂と打って王手銀取りを狙います。
糸谷八段の厳しい桂跳ね
藤井竜王名人は▲2一馬と寄って7筋の歩を支えて桂跳ねを防ぎ、糸谷八段が△5四香と打って馬の利きを遮ると、玉を5筋に寄って先受けします。糸谷八段は構わず銀取りに△7六桂と跳ね、藤井竜王名人が▲7九銀とかわすと、△3八歩と香頭を叩きます。AIの評価値は糸谷八段の60%と逆転模様です。
糸谷八段が飛車切りの攻勢
藤井竜王名人は同金と応じ、糸谷八段が△3六銀と援軍を送ると、▲3七歩と打ちます。糸谷八段は△2七銀不成と飛び込み、早くも1分将棋に突入した藤井竜王名人が同金と応じると、空いたスペースに再度△3八歩と打ち込みます。藤井竜王名人は飛車取りに▲5六桂と打って香の利きを止め、糸谷八段が△6六飛と角と刺し違えてから△3九歩成と香を取ると、▲6七玉と早逃げします。AIの評価値は糸谷八段の77%と大きく傾いています。
藤井竜王名人が馬切りの逆襲
糸谷八段は王手金取りに△4九角と打ち、藤井竜王名人が銀で合い駒すると、△2七角成と金を取って馬を作ります。藤井竜王名人は▲1二飛と打ち込んで攻め合いを目指し、糸谷八段が△4五馬と引いて間接的に先手玉を睨むと、▲6五桂と跳ねて後手の玉頭を睨みつつ自玉の退路を作ります。糸谷八段は△5一金と寄って4筋の金に紐を付け、藤井竜王名人が▲4六歩と馬を追うと、△3四馬とかわします。藤井竜王名人は▲5四馬と香を食いちぎり、▲5三香と打って玉と金を田楽刺しにして、糸谷八段が△4三玉とかわすと、▲5一香成と金を取ります。
冷静な寄せ
糸谷八段は△3八"と"と引いて銀に当て、藤井竜王名人が▲4一成香と寄って金で取らせ、▲7二飛成と銀を取ると、△7四香と打って詰めろを掛けます。藤井竜王名人は▲7七歩と打って逃れ、糸谷八段が△4八"と"と銀を取ると、▲3二竜と詰めろを掛けて形を作ります。先手玉には即詰みが生じており、糸谷八段が△6九竜と捨てて王手を続けると、藤井竜王名人は姿勢を正して投了を告げました。
まとめ
本局は糸谷八段が横歩取りに誘導し前例の少ない局面に誘導しましたが、藤井竜王名人も前例のない手で応じて主導権を握ったかに見えました。藤井竜王名人は珍しい見落としから形勢を悲観し、銀桂交換を避ける手順を選びましたが、糸谷八段は飛車を角と刺し違え、馬を作って攻め掛かりました。最後は藤井竜王名人も馬切りの強襲で見せ場を作りましたが、糸谷八段は落ち着いて先手玉を追い詰め、即詰みに討ち取りました。
「取りあえず1勝できて良かったです」と対藤井戦初勝利の喜びを嚙みしめた糸谷八段は、次の挑戦者決定戦に向けて「どちらが来ても強敵なので、しっかり準備をして自分の将棋を指せればと思います」と話しました。久し振りのタイトル戦出場が成るか、注目していきたいと思います。
タイトル戦連続出場などの記録が途絶え、八冠再制覇も見送りとなった藤井竜王名人は「今期は敗退ということになってしまいましたが、もっと実力を高めて来期のトーナメントに臨めるように取り組んでいきたいと思います」と話しました。他のタイトルを防衛し続け、来期の叡王戦での捲土重来を期待したいと思います。
叡王戦は、株式会社不二家が主催し、レオス・キャピタルワークス株式会社が特別協賛、中部電力・株式会社豊田自動織機・豊田通商株式会社・AMD・アパリゾート佳水郷が協賛しています。棋譜等は下記サイトをご覧ください。