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「観る将」が観た第72期王将戦第五局

2月25-26日、第72期王将戦七番勝負第五局が島根県大田市のさんべ荘で行われました。将棋ファン待望のドリームマッチは、ここまで2勝2敗と期待に違わぬ好勝負となりました。藤井聡太王将が勝って防衛に王手を掛けるのか、羽生善治九段が勝って前人未到のタイトル獲得通算100期にあと1勝と迫るのか、大注目の一戦となっています。

前日に行われた前夜祭で、藤井王将は「より一層集中力を高めて、良い将棋が指せるよう全力を尽くしたい」、羽生九段は「自分自身の持っている力を出し切って、皆さんに楽しんでいただけるような将棋が指せるように全力を尽くしていきたい」と挨拶しています。


戦型は横歩取り

落ち着いた雰囲気の対局室に、羽生九段が藤色の着物と灰色の袴に淡い水色の羽織で入室すると、藤井王将は藍色の着物と深緑の袴に群青色の羽織で入室します。先手の藤井王将がいつも通りお茶を口にしてから飛車先の歩を突くと、羽生九段は角道を開け、今期の王将リーグ突破の原動力となった横歩取りに誘導します。

飛交換そして角交換

藤井王将が堂々と横歩を取り青野流で応じると、羽生九段も横歩を取ってから飛車を引いてぶつけます。藤井王将が飛交換に応じると、羽生九段は角も交換して8筋に歩を垂らします。いきなり両者の駒台に飛車角が乗る激しい戦いとなりましたが、前例もあるようでお互いに手を止めることもなく指し進めています。

羽生九段の工夫

羽生九段が△6四角と好所に据えると、藤井王将は銀を上がって桂を支えます。羽生九段は銀の脇に空いたスペースに飛車を打ち込み竜を作りますが、藤井王将は歩で竜を追い飛車をぶつけて竜と交換します。羽生九段が前例を離れて2筋に歩を垂らすと、藤井王将は研究から外れたのか長考に沈み、次の41手目を考慮中に昼休となりました。各8時間の持ち時間の内、残り時間は藤井王将が6時間18分、羽生九段が6時間36分となっています。

大長考の応酬

藤井王将は昼休を挟む120分の大長考で▲4五桂と跳ねますが、この手は後手が2-3筋に"と金"を作って攻め込むことを許す代わりに、先手は後手の玉頭に戦力を集めて殺到しようという勝負手です。AIの評価値はわずかに羽生九段に傾いていますが、読み抜けがあれば一気に負けになってしまう激しい変化が秘められているようです。早くも一触即発の緊迫した局面となり、羽生九段も意表を突かれたのか141分の大長考で2筋の歩を成り捨てます。

激しい変化を回避

羽生九段が銀桂両取りに△2五飛と打ち最も激しい変化を回避すると、藤井王将は2筋の歩を成り捨てて後手陣を乱してから桂を5筋に成り捨てます。羽生九段が次の48手目を考慮中に定刻となり、更に数分考えて封じました。AIの評価値はわずかに藤井王将に傾き、残り時間は藤井王将が4時間45分、羽生九段が3時間36分と1時間以上の差が付いています。

飛車を追う藤井王将

羽生九段の封じ手は、力強く玉で成桂を取る手でした。藤井王将が銀を飛車にぶつけると、取ると王手飛車があるので、羽生九段は7筋にかわします。藤井王将が42分の熟考で歩を打って飛車を5筋に追い、更に飛車取りに角を打つと、逃げると香を取られて馬を作らてしまうので、羽生九段は玉を引いて自陣に飛車を打ち込まれる傷を消します。

角金両取り

藤井王将が角を飛車と交換して角金両取りに▲2五飛と打つと、羽生九段は角で桂を食いちぎってから、歩で金を守ります。藤井王将が飛車を8筋に回すと、羽生九段は取られそうな桂を跳ねて飛車に当てます。藤井王将は竜を作り、羽生九段が金取りに桂を跳ねると、金を見捨てて金桂両取りに竜を6筋に回します。AIの評価値は藤井王将に大きく傾いてきました。

桂の三段跳び

羽生九段は桂で金を取りつつ王手で飛び込み、藤井王将が玉を5筋に上がってかわすと、銀を竜にぶつけて金を守ります。藤井王将は構わず角で王手し、羽生九段が玉を3筋にかわすと、金の利きに▲5二飛と王手で打ち込みます。次の72手目を羽生九段が考慮中に昼休となりました。残り時間は藤井王将が2時間39分、羽生九段が2時間26分と拮抗しています。

羽生九段の辛抱

昼休が明け、羽生九段が桂で合い駒すると、藤井王将は飛車を金銀と2枚替えします。羽生九段が自陣に金を投じて守りを固めると、藤井王将は75分長考して銀を打って攻め駒を足します。羽生九段は5筋に歩を合わせて先手の玉頭に隙を作ると、△4五桂と打って待望の反撃です。羽生九段の辛抱が奏功し、AIの評価値はほぼ互角に戻っています。

藤井王将の辛抱

後手に銀を渡すと先手玉が詰んでしまう形となり、藤井王将が3筋に銀を上がって詰めろを掛けると、羽生九段は自陣の桂を3筋に跳ね、自玉の懐を拡げて詰めろを逃れます。藤井王将が残り49分まで考えて、銀を4筋に引き付けて玉頭の守りに利かせると、羽生九段は残り74分から43分を投じて△6九飛と先手玉に迫ります。AIの評価値は揺れていますが、羽生九段に傾いてきたようです。

羽生九段の罠

藤井王将は銀で桂を食いちぎって王手し、羽生九段が銀で取ると、取った桂を銀取りに打って詰めろを掛けます。羽生九段が自陣に銀を打って詰めろを逃れると、後手に桂を渡すと先手玉に頓死筋が生じるので、藤井王将は桂で取れる銀を角で食いちぎり、取った銀を打って詰めろを続けます。AIの評価値は再び藤井王将に大きく傾いたようです。

鮮やかな即詰み

羽生九段が自陣に角を打って粘ると、藤井王将は桂で銀を取って王手し、角で取らせてから自玉の玉頭を押さえる桂を銀で取ります。羽生九段は桂で銀を取り返して詰めろを掛けますが、後手玉には即詰みが生じたようで、藤井王将は▲4二銀成から王手を続けます。羽生九段は数手指し続けましたが、守備陣を剥がされ孤立した玉に桂で王手されたところで投了を告げました。

まとめ

本局は羽生九段が今年度の復活の要因とも言われる横歩取りを採用し、入念に準備したと思われる渾身の研究手をぶつけました。藤井王将は長考に沈み、多くのプロが全く考えなかったという最も強気で危険を伴う攻めの手で応じました。互いに先手番を取り合っている本シリーズでは、先手番を落とすことがシリーズの敗北に直結しかねませんが、若き王者が見詰めているものは真理の探究であり、目先の勝ち負けではありませんでした。
羽生九段は大長考の末、桂得を主張して穏やかな展開に誘導する方針に切り替え、いったんは藤井王将に傾きかけた流れを互角に引き戻し、どちらが勝つのかわからない大熱戦となりました。最後は藤井王将が羽生九段の仕掛けた罠をかいくぐって即詰みに討ち取りましたが、両者が力を出し切った名局だったと思います。
藤井王将は3勝2敗となり、防衛まであと1勝となりました。対局後には「あまりスコアは意識せずに、次局も精いっぱい頑張りたい」と、いつも通り淡々と話しています。
羽生九段は後がなくなりましたが、先手番の次局に勝てばフルセットの最終局に決着を持ち越すことになります。対局後には「しっかり調整していい将棋を指せるように頑張ります」と話しており、熱戦を期待したいと思います。

ALSOK杯王将戦は、毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社、日本将棋連盟が主催し、ALSOKが特別協賛、囲碁将棋チャンネル、立飛ホールディングス、inゼリーが協賛しています。棋譜は公式サイトをご覧ください。

本稿は「王将戦における棋譜利用ガイドライン」に従い、利用許諾を得ています。 (https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ousho)

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