「観る将」が観た第81期順位戦A級 藤井竜王3回戦
9月12日に順位戦A級3回戦、藤井聡太竜王(王位・叡王・王将・棋聖)と糸谷哲郎八段の対局が、名古屋将棋対局場で行われました。
糸谷八段は2006年プロ入りの33歳で、プロ入り後に大阪大学に進学し大学院在籍中に竜王を獲得した異色の経歴を持つ強豪です。早見え早指しに定評があり、NHK杯と銀河戦でそれぞれ2回準優勝しています。藤井竜王との対戦は過去5局あり、藤井竜王が5連勝しています。
戦型は横歩取り
後手の糸谷八段が角道を開けて横歩取りに誘導すると、藤井竜王は堂々と横歩を取り、飛車を2筋に戻します。糸谷八段が25分の熟考で4筋に上がっていた玉を5筋に戻すと、見慣れない手順に藤井竜王も時間を使い、23分考えて8筋に歩を打って飛車を五段目に引かせます。藤井竜王が角を上がると、糸谷八段が次の26手目を30分以上考えて昼休となりました。AIの評価値はほぼ互角、各6時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王が5時間16分、糸谷八段が4時間56分となっています。
じっくりした駒組み
糸谷八段が昼休を挟む61分の長考で自陣の角頭を歩で塞ぐと、両者とも自陣の整備に戻ります。普段は順位戦でも大きく時間を残して戦う早指しの糸谷八段が、一手一手慎重に時間を使って指し進めています。糸谷八段が△5四銀と出て先手の角頭を狙うと、藤井竜王は69分の長考で1筋の端歩を突きます。糸谷八段が次の41手目を考慮中に夕休となりました。AIの評価値は藤井竜王の55%とわずかに傾いています。残り時間は藤井竜王が2時間21分、糸谷八段が2時間40分となっています。
開戦準備
夕休が明け糸谷八段がじっと左銀を上がると、藤井竜王は更に22分考えて狙われている角を引き後手からの銀の進撃に備えます。糸谷八段が左銀を三段目まで上げて陣形を整えると、藤井竜王は4筋の歩を突きます。糸谷八段は飛車を下段に引き、藤井竜王は1筋の端を詰め、開戦に向け間合いを測る駆け引きが続きます。
糸谷八段の仕掛け
席を外していた糸谷八段は戻ってすぐ弾むような手つきで△6五銀と前進し、藤井竜王も銀を7筋に上がって備えますが△7五歩と仕掛けます。藤井竜王は29分の熟考で▲8六銀と先受けし、糸谷八段が7筋の歩を取り込むと▲7五銀と前進します。糸谷八段は△8五桂と跳ねて援軍を送りますが、藤井竜王は25分考えて残り46分となり、▲7四歩と垂らして攻め合います。
藤井竜王が反撃
糸谷八段が飛車を7筋に寄せて受けると、藤井竜王は4筋の歩をぶつけて角道を開けにいきます。糸谷八段は△7四銀とぶつけますが、藤井竜王は▲6四銀とかわして後手の玉頭に圧力を掛けます。糸谷八段は△6三銀と引いてぶつけつつ飛車先を通しますが、藤井竜王は歩で飛頭を叩きます。糸谷八段は「そっか、やぁ」とつぶやいて席を立ち、戻ると△8二飛とかわします。AIの評価値は藤井竜王の67%と傾いてきました。
揺れる評価値
藤井竜王は銀を交換してから▲3五歩と突いて飛車の横利きを通しますが、AIの評価値は糸谷八段の69%と逆転模様です。糸谷八段は23分考えて残り55分となり、△7七銀と打ち込みます。藤井竜王は飛車で歩を取りますが、糸谷八段は△8八銀成と角を取って金に当てます。藤井竜王が構わず▲7二歩成と飛車に当てると、糸谷八段は歩の連打で飛車の利きを遮断します。バタバタと指し手が進みましたが、AIの評価値はほぼ互角に戻っています。
飛車角交換
糸谷八段が飛車を浮いて金に紐を付けつつかわすと、藤井竜王は▲8八金と成銀を取ります。糸谷八段が歩で飛車を追ってから角道を通して飛車に当てると、飛車を逃げると金を取られてしまうので藤井竜王は▲7七歩と金を守ります。糸谷八段は飛角交換してから△7七桂成と飛び込み、金で取らせてから王手で△8八飛と打ち込みます。藤井竜王は▲7八銀と打ちますが、糸谷八段は△8七飛上成と竜を作って殺到します。
飛車と竜と角の攻撃
藤井竜王が▲7九歩と打って銀を支えると、糸谷八段は△9四角と王手します。藤井竜王が▲6九玉とかわすと、AIの評価値は再び藤井竜王の72%と傾いていますが、先手玉は大駒3枚に攻められて非常に危険な状態に見えます。持ち駒に歩しかない糸谷八段は△8六歩と攻めをつなぎますが、藤井竜王は金銀両取りに▲5五桂と反撃します。糸谷八段が角で自玉に迫る"と金"を取ると、藤井竜王は残り5分まで考えて秒読みの中▲8四角と攻撃の拠点を据えます。
ギリギリの凌ぎ
糸谷八段は金を引いて受けますが、藤井竜王は銀を打って金と交換し馬を作ります。糸谷八段は△6七銀と打って勝負を賭けますが、藤井竜王は自陣に金銀を投じて凌いでから▲7二馬と角を取ります。糸谷八段は△4六竜から先手玉に迫りましたが届かず、はっきりした声で「参りました」と投了を告げました。
まとめ
本局は両者が隙のない陣形を敷き、夕休明けまで本格的な戦いが始まらないじっくりした駒組みが続きました。糸谷八段は、対局後に藤井竜王が「うっかりしていた」という仕掛けを敢行しましたが、藤井竜王も銀をするすると前進して反撃し、AIの評価値も揺れ動く激戦となりました。糸谷八段は大駒の威力を活かして攻め込みましたが、藤井竜王は粘り強く強靭な受けで凌ぎ切り、刀折れ矢尽きた糸谷八段の投了となりました。
この結果、藤井竜王は2勝1敗となり、次の4回戦では2期連続名人挑戦を果たしている斎藤(慎)八段と対局します。今期の順位戦A級は、早くも全勝が稲葉八段のみとなり挑戦権争いが混沌としていますが、前半戦の山場とも言うべき対局を楽しみにしたいと思います。