「観る将」が観た第47期棋王戦五番勝負第四局
3月20日、棋王戦コナミグループ杯五番勝負第四局が、栃木県の日光東照宮で行われました。渡辺明棋王の連勝で始まった本シリーズは、永瀬拓矢王座が1つ返して本局を迎えています。渡辺棋王が決着を付けるのか、永瀬王座がタイスコアに持ち込むのか、注目の一局となりました。前日のインタビューで、渡辺棋王は「日光東照宮という400年以上の歴史がある会場で対局させていただくので、気持ちを高めて頑張っていきたい」、永瀬王座は「自分の力を出し切って良い将棋にして、皆様に面白かったと思っていただけると一番良いのではないかと思っている」と話しています。
永瀬王座が対局開始より20分程前に濃灰色のスーツに青のネクタイで入室し、数分すると渡辺棋王が光沢のある白い着物にベージュの羽織で入室します。立会人の木村九段が対局開始を告げ、先手の渡辺棋王が矢倉を選択すると、永瀬棋王は早めに右桂を跳ねる現代的な急戦調の駒組みを進め、△5二玉と中住まいに構えます。30手目、永瀬王座が△1三角と覗いて角が睨み合いますが、渡辺棋王は▲4六銀と上がって角交換を拒否し▲3五歩と仕掛けます。ここまで両者とも事前研究の範囲なのか、ほとんど時間を使っていません。
永瀬王座は△4五歩と突いて銀で取らせてから△3五歩と取りますが、渡辺棋王は▲3四銀と前進して圧力を掛けます。永瀬王座は△3六歩と伸ばして角道を通しますが、渡辺棋王は悠然と玉を矢倉に入城します。永瀬王座の手が初めて止まり、20分の熟考で7筋から仕掛けると、渡辺棋王も22分考えて角を交換してから飛先の歩を交換します。本局とは関係ありませんが、2年半前に7回目の挑戦で悲願の初タイトルを獲得した木村九段がABEMAに出演し、9回目の挑戦で初タイトルを獲得し涙を零した聞き手の伊藤女流名人に祝福の言葉を掛けています。
渡辺棋王が2筋を突破しそうな勢いで攻め掛かっていますが、永瀬王座は28分の考慮で2筋を受けずに△7六歩と伸ばし、先手陣を乱してから△1五角と打って攻め合います。次の49手目を、渡辺棋王が39分考えたところで昼休となりました。早くも激しい戦いに突入していますが、形勢は全くの互角です。各4時間の持ち時間の内、残り時間は渡辺棋王が2時間21分、永瀬王座が2時間55分となっています。
渡辺棋王は昼休が明けるとすぐ、3筋の歩成を防いで▲2七飛と引きます。永瀬王座は△2六歩と叩いて飛車を引かせ、3筋の歩を成り捨てて△3六歩と桂頭を攻めます。渡辺棋王は香取りに▲2五桂と跳ねますが、永瀬王座は28分の熟考で△3七歩成と"と金"を作って飛車を追います。永瀬王座が銀取りに△3三歩と打って清算を図ると、渡辺棋王は手抜いて角取りに▲1六歩と突きます。永瀬王座が△3八"と"と飛車を追ってから角を逃げると、渡辺棋王は▲7四歩と桂頭を攻めます。永瀬王座は△6五桂と逃げますが、渡辺棋王は更に▲6六歩と桂を追います。AIの評価値は渡辺棋王の70%と少し傾いてきました。
永瀬王座は桂を諦め△8六歩と先手の玉頭に嫌味を付けてから、10手前に打った歩で銀を取ります。渡辺棋王が▲7五歩と銀取りに打つと、永瀬王座は持ち時間が1時間を切り、王手で△8六飛と走ります。渡辺棋王が銀を引いて守ると、永瀬王座は金取りに△5六飛と回ります。渡辺棋王は歩で守りますが、永瀬王座は働いていなかった角を切って竜を作ります。渡辺棋王は王手金取りに▲4四桂と打ち、金桂交換してから竜取りに▲2四角と打ちます。永瀬王座は角取りに△3五銀と打って竜を守りますが、勝負所と見た渡辺棋王は残り77分の半分以上となる42分を投入して▲2三金と王手し寄せに入ります。AIの評価値は渡辺棋王の86%と大きく傾いてきました。
この金はタダで取れますが、取ると危険とみた永瀬王座は△4一玉と逃げます。渡辺棋王は▲3三角成から角と銀桂の2枚替えで攻め込みますが、後手に角を渡したことでAIの評価値は渡辺棋王の60%と形勢は混沌としてきました。AIは△5五角と攻防の角打ちや△8六歩と攻め合いを推奨していますが、残り時間が10分を切った永瀬王座は△5一玉と早逃げします。渡辺棋王が▲7四歩と銀を補充すると、永瀬王座は残り4分まで考えて△8六歩と先手の玉頭に綾を付けます。AIの評価値は再び渡辺棋王の95%と大きく振れました。
ここで渡辺棋王が放ったタダ捨ての▲5二銀が華麗な決め手となりました。この銀を玉で取ると長手数の詰みがあるため金で取るしかありませんが、▲8四角が王手竜取りの痛打となります。永瀬王座は△8七歩成と銀を剥がして△9五桂と先手陣に迫りますが、渡辺棋王は残り2分まで考えて奪った飛車を▲8二飛と打って後手玉に迫ります。永瀬王座が攻防に△4五角と打つと、先に1分将棋となった渡辺棋王は▲7三桂の王手から▲7三歩成と後手玉を受けなしに追い込みます。永瀬王座も1分将棋となり、△6二銀と打って懸命に粘ります。後手玉には長手数の即詰みが生じていたようで、渡辺棋王が落ち着いて▲8一飛成から連続王手で迫ると、永瀬王座は無念の投了を告げました。
本局は両者の研究と思われる序盤から、永瀬王座が工夫を魅せて先手の飛車を押さえ込みました。渡辺棋王も強く反発して金のタダ捨て、銀のタダ捨てと派手な決め手を連発し、最後は押さえ込まれた飛車まで寄せに活用する形となり勝負を決めました。両者の攻防には見応えがあり、決着局に相応しい好局だったと思います。
渡辺棋王は過去に大山十五世名人と羽生九段しか達成していないタイトル戦10連覇を達成し、タイトル獲得数も通算30期の大台に乗せました。対局後の会見で10連覇について聞かれ「10連覇のチャンスはもうないと思うので、それが達成できたのは良かった」「20代後半からは良い時期も悪い時期もあるので、いろんなことに対応できたことが一番価値としてあると思います」と話しています。4月からは名人戦七番勝負も控えており、より一層充実した将棋を魅せてくれることを期待したいと思います。
永瀬王座はタイトル戦では3回目となる渡辺棋王への挑戦でしたが、またも厚い壁に跳ね返される結果となりました。対局後には「結果はとても残念ですが、自分としては収穫のある対局だったと思います」と話しており、これを糧に来年度も複数のタイトルに挑戦して欲しいと思います。
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