「観る将」が観た第70期王座戦挑決トーナメント 藤井竜王1回戦
5月6日に行われた王座戦挑決トーナメントの1回戦、藤井聡太竜王と大橋貴洸六段の対局がありました。藤井竜王はシードされて挑決トーナメントからの出場、大橋六段は二次予選からの出場で、北浜七段と山崎八段を破って挑決トーナメントに勝ち上がりました。
竜王のこれまでの王座戦の戦績
全冠制覇が期待される藤井竜王ですが、王座戦はやや鬼門となっており、第66期にベスト4に進出したのがこれまでの最高成績です。第67期は挑決トーナメント1回戦で敗退、第68期は二次予選で大橋六段に敗れ、前期は挑決トーナメント1回戦で深浦九段に敗れて20連勝を阻止されています。
両者の対戦成績
両者は2016年10月プロ入りの同期で、これまで5回の対戦があり、藤井竜王が2連勝した後に3連敗しています。藤井竜王にとって大橋六段は、数少ない負け越している棋士の一人です。直近の対局は上述した2年前の王座戦二次予選で、後手の大橋六段が横歩取りに誘導して勝っています。
戦型は矢倉急戦
派手なスーツがトレードマークとなっている大橋六段は、ピンクのスラックスにグレーの上着と比較的穏やかな姿で登場します。大橋六段は振り駒で先手となり、対局開始が告げられるとしばらく瞑想してから角道を開けます。藤井竜王はいつもの通り、お茶を口にしてからハンドタオルで丁寧に手を拭き、飛先の歩を突きます。大橋六段は矢倉を選択し、藤井竜王は急戦調の駒組みを進め中住まいに構えます。両者とも右銀を前線に繰り出し開戦の機会を探ります。大橋六段が次の35手目を考慮中に昼休となりました。形勢はほぼ互角、各5時間の持ち時間の内、残り時間は藤井竜王が3時間55分、大橋六段が4時間6分となっています。
竜王の長考
大橋六段が5筋の歩を伸ばしてから金矢倉を完成させると、藤井竜王は△4五桂とぶつけて角の活用を図ります。大橋六段が角を引いて桂取りに備えると、藤井竜王は読みを外されたのか69分の長考の末、5筋の歩を交換してから桂交換します。藤井竜王の残り時間が2時間を切り、大橋六段との差が1時間40分以上に広がっています。藤井竜王が続いて銀も交換すると、大橋六段は金を上がって天王山の歩を支えます。藤井竜王がじっと△5三歩と打って自陣の傷を消すと、両者とも角の位置を変えながら間合を測ります。大橋六段が59手目を考慮中に夕休となり、残り時間は藤井竜王が59分、大橋六段は1時間43分となっています。
形勢互角のまま終盤戦へ
夕休明け、大橋六段が3筋の歩を突いて後手の角道を止め更に2筋の歩も突くと、藤井竜王が少ない残り時間から33分を割いて角で歩を取ります。大橋六段が王手金取りに▲4四桂と打つと、藤井竜王は銀で桂を食いちぎり、飛車を4筋に回して先手の金に当てます。大橋六段が歩で金頭を叩くと、藤井竜王は角で取り角金交換に応じます。一気に終盤戦に突入しましたが、AIの評価値は依然として全くの互角です。
竜王優勢か
大橋六段が後手の飛車成りを防ぎつつ2筋突破や7筋の歩を狙って攻防の角と打つと、藤井竜王は角取りに金を打ちます。大橋六段は角を7筋に逃げ、更に8筋に飛び込み馬を作ります。藤井竜王が金を寄って馬のラインをずらそうとすると、大橋六段は馬を見捨てて金取りに▲6八銀と引き、自玉の危険を回避します。ABEMAの解説陣は「後手の指し手がわかりやすくなってきた」と評価し、AIの評価値も藤井竜王の61%と少し傾いてきたようです。
竜王が先に1分将棋に突入
藤井竜王は金銀交換に応じてから馬を取り、大橋六段も攻め合いに転じます。藤井竜王が竜を作って先手玉に迫ると、大橋六段も▲3二銀不成と金を取って後手玉に迫ります。双方の玉がいつ詰まされてもおかしくない状態となり、1分将棋に突入した藤井竜王は寄せにいきます。AIの評価値は大橋六段の59%と逆転模様となり、どちらが勝つのかわからない激戦となりました。
ギリギリの受け
藤井竜王が秒読みに追われて角金両取りに銀を打つと、1時間以上残していた大橋六段は腰を落として45分考えAIの推奨する最善手で応じます。藤井竜王は竜で角を取り、角で王手して合い駒を請求しますが、先手玉は銀の移動合いでギリギリ耐えているようです。大橋六段が持ち駒を温存したことで後手玉には即詰みが生じたため、藤井竜王はやむなく自玉を早逃げします。
大きく揺れる評価値
大橋六段は飛車を成り込み後手玉に迫りますが、AIの評価値は再び藤井竜王に大きく振れています。藤井竜王は桂で竜の利きを遮断し先手の攻撃を切らしたかに思われましたが、続いて△6二金と打つと大橋六段は力強く▲2二飛と打ち込みます。藤井竜王の打った金が質駒になり、再び後手玉の詰めろが続く形になったようです。AIの評価値も、また大橋六段に大きく振れました。
激闘に決着
藤井竜王は受けの妙手を連発して粘ります。ABEMAの解説陣も「評価値ほどわかりやすい局面ではない」と解説しており、一手間違えれば逆転という難しい局面が続きます。正確に指し続けた大橋六段もついに1分将棋に突入しましたが、▲7一銀と打った手が決め手となりました。藤井竜王は相手の歩頭に銀を打つなど最後まで諦めずに戦いましたが、いよいよ受けがなくなると先手玉に詰めろを掛けて形を作ってから、次の129手目を見て投了を告げました。
2回戦に勝ち上がったのは
本局は序盤に大橋六段が工夫を見せ、藤井竜王は大きく時間を使わされる展開となりました。形勢は互角のまま終盤戦に突入する激戦になりましたが、勝負所に時間を残していた大橋六段が、1分将棋が続く中で一瞬のチャンスを逃した藤井竜王を倒しました。
藤井竜王は今期の王座挑戦がなくなり、全八冠制覇は早くても2023年秋までお預けとなりました。今年度は五冠の防衛と棋王奪取、名人挑戦権獲得を楽しみにしたいと思います。
大橋六段は藤井竜王に4連勝で通算でも4勝2敗となり、新たな藤井キラーに名乗りを上げました。数少ない通算勝率7割超えの一人である大橋六段は、元々その実力を高く評価されており、この勢いでそろそろタイトル挑戦を期待したいと思います。
王座戦は、日本経済新聞社と日本将棋連盟が主催しています。
本稿は「王座戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ouza)