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「観る将」が観た第69期王座戦挑決トーナメント 藤井二冠1回戦

5月6日に行われた王座戦挑決トーナメントの1回戦、藤井聡太王位・棋聖と深浦康市九段の対局を観た感想です。藤井二冠はシードされて挑決トーナメントからの出場、深浦九段は二次予選からの出場で、増田(康)六段と戸部七段を破って挑決トーナメントに勝ち上がりました。

両者の対戦成績は1勝1敗で、初手合いとなった第3期叡王戦の本戦トーナメント1回戦では深浦九段が逆転勝利を収め、藤井四段(当時)が感情も露わに悔しがる姿は印象的でした。

本局は振り駒で深浦九段が先手となり、矢倉に誘導しました。藤井二冠は8手目に7筋の歩を突き、急戦を匂わせます。深浦九段が先に飛先の歩を交換すると、藤井二冠は雁木に構えます。昼休明け、深浦九段が3筋から仕掛けると、藤井二冠は7筋から反発し、一気に激しい中盤戦となりました。

深浦九段は▲3五銀から反撃し、2筋を突破しますが少し重い形になっており、AIの評価値は藤井二冠が60%程度とわずかにリードしたようです。藤井二冠は再び7筋に戦力を集め△7七歩と攻めましたが、深浦九段に▲8八金とかわされると何か誤算があったのか長考に沈みます。

藤井二冠は残り時間32分から27分使って8筋から攻撃を継続しますが、この瞬間AIの評価値は一気に逆転します。続いて角で銀を喰いちぎって△6七銀と打ち込み、更に角を奪って△5七角と王手し素人目には相手玉を追い詰めているように見えますが、AI評価値は深浦九段に大きく傾き80%を超えてしまいます。ここで深浦九段が席を外すと、藤井二冠は珍しく大きなため息をつきました。

残り時間が1時間近くある深浦九段は、チャンスと見たか上着を脱いで熟考し、残り31分まで考えて▲6七玉と強気の受けを見せます。ここで1分将棋となった藤井二冠は、打ったばかりの角を切って最後の攻勢を仕掛けます。しかし小考を重ねて応じる深浦九段の着手に間違いはありません。自玉の安全を確保しつつ着実に敵玉を包囲し、受けなしに追い込まれた藤井二冠は無念の投了となりました。

本局は深浦九段が得意の矢倉に対し、藤井二冠は急戦策を選択しました。対局後に「矢倉で急戦調の将棋はやってみたかった」「うまくバランスを保てなかったので、理解が浅かったのかなと思う」とコメントしていますので、強くなるために経験しておきたかった作戦なのだと思います。

中盤まで互角の形勢から、AIの評価値が少し藤井二冠に振れた時には、いつも通りこのまま押し切ってしまうのかと思われましたが、ギリギリのところに踏み込んだ藤井二冠の攻勢が、深浦九段の定評のある粘り強い受けにわずかにかわされてしまいました。1局を通して深浦九段の指し手はほぼノーミスで、藤井二冠と言えども攻略することはできなかったということだと思います。

誰よりも速く正確に読むことができる藤井二冠は、あのため息をついた時点で自らの負けを悟っていたように思います。何度も首を傾げながら最後まで指し続けた藤井二冠が考えていたのは、逆転への望みよりも今後もっと強くなるための反省だったのかもしれません。

半年以上もの間、公式戦で負け知らずだった藤井二冠がついに敗れ、連勝は19で止まりました。そして10代での王座奪取の可能性はなくなってしまいました。ファンとしては記録が途絶えることを残念に思いますが、藤井二冠はいつも通り「連勝はあまり意識せずにやってきた」「今日の将棋をしっかり反省して次につなげられればと思う」とコメントしています。叡王戦や竜王戦の挑戦への戦い、棋聖戦や王位戦の防衛への戦いが続きますので、素晴らしい将棋を魅せてくれることを期待し応援していきたいと思います。

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