「観る将」が観た里見香奈女流五冠の棋士編入試験第三局
10月13日、里見香奈女流五冠が挑む棋士編入試験の第三局が行われました。女性として棋士編入試験の受験資格を満たし、将棋界としては初めての女性棋士を目指す里見女流五冠の決断については、下記投稿にまとめていますので興味のある方はご覧ください。
里見女流五冠はここまで0勝2敗となり、合格には残り3局を全勝する必要があります。本局には何としても勝って流れを掴みたいところです。
本局の試験官は、2021年10月にプロ入りした20歳の狩山幹生四段です。狩山四段の今年度の成績は9勝9敗で、順位戦C級2組での成績は3勝1敗となっています。
里見女流五冠の挑発
白いシャツに焦げ茶色のスーツ姿の里見女流五冠は目を閉じて背筋を伸ばしていましたが、対局開始が告げられると先手の狩山四段が飛先の歩を突きます。里見女流五冠が中飛車に振り美濃囲いに構え、先手の飛車先を受けずに挑発しますが、狩山四段は歩交換せずにじっくり駒組みを進めます。
飛車の押さえ込み
里見女流五冠は早くも30分熟考し、角を上がって先手の飛車先を受けます。里見女流五冠が5筋の歩を交換すると、狩山四段は2分の少考で▲5五歩と蓋をして飛車を素直に帰しません。里見女流五冠は飛車で7筋の歩を取りますが、狩山四段は銀を上がって飛車を追い、金を前進して後手の飛車を押さえ込みにいきます。里見女流五冠が飛車を4筋に逃がしてから3筋の歩をぶつけると、狩山四段が次の41手目を考慮中に昼休となりました。AIの評価値はほぼ互角、各3時間の持ち時間の内、狩山四段が2時間19分、里見女流五冠が2時間0分となっています。
里見女流五冠の反発
狩山四段は昼休が明けるとすぐ、飛車を3筋に寄せて受けます。里見女流五冠は2筋の歩をぶつけますが、狩山四段は飛車を1つ浮いて4筋の歩に紐を付け、次に銀で飛車取りに出る筋を見せます。里見女流五冠が22分考えて△3三桂と跳ねると、狩山四段はじっと▲6六金と寄ります。里見女流五冠が飛車取りに△2五桂と跳ねると、狩山四段は飛車を1つ引きますが、AIの評価値は里見女流五冠の56%とわずかに傾いてきました。
残り時間の切迫
里見女流五冠が△7五銀と繰り出していくと、狩山四段は3筋で歩を補充します。里見女流五冠は飛車を一度7筋に回し、狩山四段に▲6五金と上がらせてから4筋に戻します。里見女流五冠の残り時間が1時間を切りました。里見女流五冠が△5六歩と垂らすと、狩山四段は▲7六歩と打って玉頭の傷を消しつつ△8四銀と引かせます。狩山四段が▲8六銀と上がって9筋の守りに利かせると、AIは後手が角で銀を食いちぎって攻め掛かる手を推奨し、両者の間を揺れていた評価値は里見女流五冠に傾いています。
自重して端攻め
里見女流五冠は19分考えてじっと7筋の歩を突いて自重し桂を跳ねて力を溜めます。狩山四段が五段目に浮いた金を引き、5筋の垂れ歩を除去すると、里見女流五冠は満を持して9筋の端攻めを決行します。狩山四段は端を手抜いて飛車取りに▲4五銀と前進しますが、里見女流五冠は飛車を取らせる間に△9七歩成と飛び込みます。9筋で香交換となり、狩山四段が銀で香を取ると、里見女流五冠も4筋の銀を取ります。駒割りは飛銀交換となり、AIの評価値は狩山四段の73%と大きく傾いています。
丁寧な受け
狩山四段が歩で2筋の桂を取りに行くと、里見女流五冠は△8五銀と出て玉頭攻めを図ります。狩山四段も▲6六角と出て後手陣の端を睨みます。里見女流五冠が角の利きを遮断しつつ先手陣を睨んで△8四香と打つと、狩山四段は銀を引いて8筋を補強します。里見女流五冠が何とか攻撃の糸口を見出そうとしていますが、狩山四段は丁寧に応じて後手の狙いを封じてから2筋の桂を取ります。
様々な想い
狩山四段が▲5五角と王手で飛び出すと、里見女流五冠は角をぶつけて交換します。狩山四段は▲9四桂の王手から後手玉を追い詰めていきます。形勢は人間的にも大差が付いたようで、狩山四段が▲2三飛と打ち込むと、ABEMAでは今泉五段もついに「残念です」とつぶやいています。里見女流五冠は淡々と指し続けますが、狩山四段が▲7三金と王手すると手が止まり、じっとうつむいたまま時間が過ぎていきます。様々な想いが詰まった濃密な7分が過ぎ、里見女流五冠は最後の秒読みの50秒の声を聞くと「負けました」と投了を告げました。
まとめ
本局は里見女流五冠の中飛車に対し、狩山四段が徹底的に押さえ込む作戦に出ました。里見女流五冠は序盤から時間を使い慎重に指し進めましたが、中終盤の勝負所を迎えたところでは既に1時間を切っており、リスクを取って踏み込む手順ではなく無難な手を選ばざるを得ませんでした。狩山四段は終始一貫した方針で指し続け、待望の飛銀交換を果たしてから盤石の寄せを魅せる快勝となりました。
棋士編入試験
里見女流五冠は0勝3敗となり、残念ながら今回の棋士編入試験は不合格となりました。しかし里見女流五冠が女性として初めて棋士編入試験に挑んだ功績は計り知れず、女流棋士や将棋を志す少女たちに大きな夢を与えたことと思います。里見女流五冠が思い描いているのは、女性が普通に棋士になり「こういうことが珍しくないような社会」です。今回の棋士編入試験は、そこに向け決して小さくない礎になっていることは間違いありません。
里見女流五冠を応援する将棋ファンの視線で悔やまれるのは、第二局でいつもより少しだけ過剰に守ってしまった指し手や、第三局でいつもより少しだけ慎重になり大駒を捌くタイミングを逸してしまった指し手だったかもしれません。しかし里見女流五冠自身は「実力が及ばなかった」と振り返っており、プレッシャーや過密日程による疲れを言い訳にしない毅然とした姿には、ただただお疲れさまでしたと頭を下げるしかありません。
試験官となった新四段たちは、いきなりインターネットで生中継される大舞台に駆り出されながらも、里見女流五冠の得意とする中飛車にそれぞれの棋風で堂々と立ち向かい、里見女流五冠に「出雲のイナズマ」と称される鋭い寄せを許しませんでした。立場的にはヒール役という空気の中、力を出し切ることで棋士の強さを示した彼らにも大きな拍手を贈りたいと思います。
来月からはまた一人、奨励会の在籍経験のない若者が棋士編入試験に挑みます。様々な立場で将棋の棋士という夢に向かって羽ばたく人々を、私は心から応援していきたいと思います。
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