「観る将」が観た第7期叡王戦本戦トーナメント決勝
4月2日に叡王戦本戦トーナメント決勝が行われました。出口若武五段と服部慎一郎四段という、非常にフレッシュな顔合わせとなっています。かつて屋敷九段と郷田九段が四段の時にタイトル挑戦していますが、現在は四段や五段の棋士がタイトル挑戦権を獲得した時点で昇段する規定になっています。近年では第45期棋王戦で、佐々木大地五段(当時)と本田奎四段(当時)の挑決二番勝負が行われたことがありましたが、それ以来の五段対四段の挑戦者決定戦ということになります。両者とも勝てばもちろん初めてのタイトル挑戦となり、規定による昇段も懸かった大一番となりました。
出口五段は2019年プロ入りの26歳で、三段時代に新人王戦決勝三番勝負に進出し藤井聡太七段(当時)と番勝負を戦った経験があります。予選では五段戦で西田五段、本田五段らを破って優勝し、本戦では村田六段、斎藤(慎)八段、佐藤(天)九段を降しています。
服部四段は2020年プロ入りの22歳で、昨年度の加古川青流戦で優勝しています。予選では四段戦で古賀四段、山本四段らを破って優勝し、本戦では八代七段、豊島九段、船江六段を降しています。
戦型は現代調の急戦矢倉
振り駒で先手となった服部四段は矢倉を選択し、出口五段は急戦調の駒組みを進めます。両者居玉のまま服部四段が3筋から仕掛けると、出口五段は早くも54分の長考で△3五同歩と応じます。服部四段が▲4六銀と上がると、出口五段は△6五銀と前進します。ここで服部四段が40分考えたところで昼休となりました。序盤から両者長考を交え、一触即発の戦いとなりましたが、AIの評価値は全くの互角です。各3時間の持ち時間の内、残り時間は出口五段の1時間52分に対し、服部四段は2時間9分とわずかに多く残しています。
両者強気の攻め合い
昼休が明けるとすぐ服部四段が▲5八金と自陣を整備すると、出口五段は強く△7六銀と取りこみます。服部四段がこの銀を取って後手に馬を作らせる順も先手有望でしたが、服部四段は取らずに飛先の歩を交換します。出口五段は銀を交換してから、飛先の歩を交換して下段に引きます。服部四段が▲5五銀と前進すると、出口五段は再度8筋の歩を合わせ、銀取りに△5六飛と回ります。服部四段が▲6四銀と更に前進すると、出口五段は時折頭を抱えるようにして24分考え、飛車取りに△3三銀と出ます。服部四段は八段目に飛車を引きますが、AIの評価値は服部四段の64%と少し傾いてきたようです。
お互いの飛車を巡る攻防
出口五段が△2七歩と叩いてから飛車取りに△3六銀と打つと、服部四段は飛車を六段目に浮いて間接的に両者の飛車が睨み合います。出口五段は歩で先手の飛車を1筋に追ってから、△3四銀と前進して角道を開けます。服部四段は▲7三銀成と桂を食いちぎり、飛車取りに▲6五銀と打ちます。出口五段は△5五飛とかわしますが、服部四段は▲4六角と出て飛車を追います。両者ともに居玉のままなので飛車を取られるとたちまち寄せられてしまいそうですが、お互いに飛車が狭く捕獲されかねない難しい状況が続きます。
服部四段がギリギリの受けから反撃
出口五段は飛車取りに構わず△4七銀成と角取りに成り込みます。服部四段が飛車取りに▲5六歩と打つと、出口五段は角を取り、服部四段は飛車を取ります。ゆっくりしていられない出口五段は△5七銀と先手玉に迫り、清算して薄くなった先手玉に△6九角と王手します。服部四段が持ち駒を温存して▲5七玉と寄ると、出口五段は△7八角成と金を補充して馬を作ります。服部四段がここで▲7一飛と王手金取りで待望の反撃を開始すると、AIの評価値は服部四段の70%と傾いてきました。
出口五段の絶妙の受け
出口五段が残り17分まで考えて金で合い駒すると、服部四段は▲7三飛成と金を取ってから▲6四銀と、後手の馬と角が利いている5五の地点を守りつつ後手玉に圧力を掛けます。出口五段が△4一玉と早逃げすると、服部四段は金取りに▲2四桂と打って挟撃を狙います。出口五段が金を見捨てて△3三角と上がって退路を確保すると、銀と角に守られた後手玉は意外に捕まりにくい陣形になりました。服部四段は▲4二歩と垂らして攻めをつなぎますが、出口五段は△2三玉と更に早逃げします。AIの評価値は互角に戻り、どちらが勝つのかわからない大熱戦となってきました。
形勢の針が大きく揺らぐ終盤の攻防
服部四段が馬取りに▲7四竜と引いて自陣に手を戻すと、出口五段は王手で△4五桂と打ってから馬で香を取って攻め駒を補充します。服部四段が▲3一金と打って後手玉攻略の拠点を作ると、1分将棋に突入した出口五段は秒読みに追われて△1四歩と逃げ道を拡げます。AIの評価値は再び服部四段に大きく振れました。服部四段は▲3二銀と王手してから▲2一金と桂を取りますが、出口五段は△1五歩と突いて先手の飛車を追います。ここで出口五段が文字通りノータイムで打った△5四桂が、詰めろ飛車取り絶妙手となりました。AIの評価値もついに逆転し、出口五段に大きく傾きます。
千日手指し直しか
服部四段はやむなく▲6五玉と逃げ、飛車を取らせてから角取りに▲2二銀と打ちます。出口五段が角を逃げると、服部四段は▲5六桂と追撃します。出口五段が△5七飛と打ってから角で銀を食いちぎり銀取りに△6二香と打つと、服部四段は▲2三銀不成と後手玉に迫ります。出口五段が△2三同銀から清算すると、服部四段は▲4一角と王手します。出口五段が持ち駒を温存して△2四玉と逃げると、服部四段は▲6三銀不成と竜で開き王手を掛けます。出口五段は△3四銀と打って逃れますが、劣勢となった服部四段は▲2三銀と打ち、何と3四の地点で銀を取り合う手順を繰り返して千日手を狙います。
鮮やかな決着
勝勢を意識している出口五段は、先手の桂の利きに△4四銀と捨てて千日手を回避します。服部四段が銀を取ると、出口五段は先手の歩頭に△5四銀と打って寄せに入ります。ここで記録係が席を外すというハプニングがありましたが、服部四段は▲5四同歩と取り後手玉を詰めろの状態にして下駄を預けます。長手数の即詰みを読み切っていた出口五段は空いたスペースに▲5五金と打ち、秒読みに追われることもなく王手を続けます。服部四段は数手指し続けましたが、142手目の王手を見て静かに投了を告げました。
挑決に相応しい激闘
本局は好調の若手同士らしく序盤から積極的な指し手が目立ち、中盤以降は服部四段が指し易い時間帯が長く続きました。時間にも追われて苦しかった出口五段でしたが、角を上がって金を取らせる妙手で自玉の懐を拡げて凌ぐと、狙いすました詰めろ飛車取りの桂打ちで一気に体制を入れ替えてしまいました。服部四段は持ち味の手厚い将棋で徐々にリードを拡げる会心の指し回しを魅せましたが、出口五段の粘り強い受けの前に惜しくも涙を飲みました。
藤井叡王への挑戦者が決定
出口五段は藤井叡王への挑戦権を獲得し、規定により六段への昇段を決めました。対局後の会見では「自分の実力ではまだ及ばないところがあるのかなと思っていたので実感がわかない」と戸惑いを見せながらも、「どっちが勝つかわからない将棋をお見せできたらと思う」抱負を述べました。出口六段は藤井叡王より年上ではありますが、藤井叡王にとっては初めて自分より後にプロ入りした後輩とのタイトル戦となります。これまでとはまた一味違ったタイトル戦になることを期待したいと思います。
服部四段は惜しくも挑戦権獲得はなりませんでしたが、充分タイトルに手が届く実力があることを示しました。まだ22歳と若く、近い将来タイトル戦に登場することを楽しみにしたいと思います。
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