祝「七冠」藤井聡太竜王名人への手紙
前略、藤井聡太先生。
史上最年少での名人獲得、そして七冠達成おめでとうございます。藤井先生が記録に執着していないことは重々わかっているつもりですが、我々はこの偉業に興奮せざるを得ません。
全八冠制覇も、もう時間の問題ですね。日本中が沸き返る中で行われる記者会見でも、藤井先生が平然と「また新たな課題が見つかった」「立場に相応しい将棋が指せるよう努めたい」と話される姿が目に浮かびます。我々が聞き慣れない単語を使われることを、少し期待したりしています。
この先、史上最高勝率を更新しても、最多連勝記録を更新しても、我々は喜びこそすれ驚きはしないのかもしれません。もう将棋界の記録に関しては、我々の感覚は完全に麻痺してしまいました。
実は私はこの半年程、少し心配していたことがありました。藤井先生の将棋が以前に比べて伸び伸びしていない、思い切りの良さが感じられない時があるのです。将棋もろくに指せない素人が何を言うのかと思われるでしょうが、下手は下手なりに藤井先生の駒が無駄なく前進していく将棋、多少危険に見えても思い切りよく踏み込んでいく将棋に魅せられ、この3年間はほぼ全局見つめてきました。
象徴的だったのは第二局、端攻めの先鋒を務めるかと思われた角を藤井先生は引かれましたね。もちろんわかってはいるんです。他のプロの先生が何と言おうと、AIの評価値がどうであろうと、藤井先生がその局面での最善と信じた手を指していることを。藤井先生にしか見えない手順を発見し、本意ではない手を指さざるを得なかったことを。
その時、私は思い出していました。藤井先生が3年前、当時棋聖だった渡辺先生を相手に▲1三角成という鮮烈な手を指し、タイトル戦デビューを勝利で飾った一局を。そして期待していました。同じ相手に同じ符号の手で踏み込み、新たな歴史を創るのではないかと。
第二局は角切りの決戦を自重した藤井先生が、見事に勝利を収めました。やはり藤井先生の選択に間違いはないと喜ぶと同時に、私の中の不安が膨らむのも感じていました。
第三局は結果的に敗れてしまいましたが、私は藤井先生らしい将棋だったなと思いました。攻守に利いていた角に渡辺先生が角をぶつけてきた際、解説の先生方がかわす手を予想している中、藤井先生は切り飛ばして踏み込みました。多くのファンはがっかりしたかもしれませんが、私にとっては何となく感じていた不安を払拭する将棋となりました。
名人獲得後の記者会見で、藤井先生は「観ている方に楽しんでもらえる将棋を指さないといけない。そのためにはAIに近付くだけではなく、盤上で自分なりの工夫をしていきたい」と話されていました。藤井先生の将棋には、危険な道を綱渡りの様に渡り切るドキドキ感があります。いくつもの伏線が張られ、結末に向けてすべてが無駄なくつながっていく美しさがあります。これからも我々を楽しませる将棋、神が舞い降りたかのような指し手を期待しています。
叡王戦第四局ではAIよりも速く詰みを発見するなど、いよいよ調子は上向きですね。佐々木大地先生とのダブルタイトル戦が始まりますが、くれぐれも万全の体調で臨まれるよう祈念しています。失礼な言葉の数々、どうかお許しください。
草々。