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女流棋士西山朋佳が棋士編入試験後に語ったこと

2024年度の将棋界の大きな話題のひとつが、西山朋佳女流三冠の棋士編入試験挑戦だったと思います。残念ながら2勝3敗で不合格となったものの、大変印象深い五番勝負だったと思います。西山女流三冠にとって今回の棋士編入試験とは何だったのか、あまりご存じではない方にも伝わるよう、観る将の立場で書き留めておきたいと思います。


棋士と女流棋士

はじめに棋士と女流棋士の違いについて、簡単におさらいしておきたいと思います。

将棋界には男女平等に門戸が開かれた棋士と、女性に限定された女流棋士という制度があります。近年は毎年数人が女流棋士になっていますが、女性の棋士はまだ1人も誕生していません。今回の西山女流三冠の挑戦は、女性として初めての棋士が誕生するかという点で日本中が注目することになりました。

棋士になるには奨励会に入会して三段に昇段し、年2回行われる三段リーグで原則上位2名に入る必要があります。現在の三段リーグには40人以上が参戦しており、非常に狭き門となっています。

西山女流三冠は三段リーグで14勝4敗の好成績を挙げたことがありましたが、順位差で3位となり惜しくも昇段を逃しています。藤井聡太竜王名人が三段リーグを1期抜けした際には13勝5敗で1位でしたから、西山女流三冠のケースは不運だったと言わざるを得ません。余談ながら藤井竜王名人に13勝目を献上したのは西山女流三冠であり、この対局で西山女流三冠が勝っていれば、将棋界の歴史は大きく変わっていたはずです。

女流棋士は1974年に発足した制度で、当時はわずか6名で女流名人戦を行うだけで、どちらかと言えば将棋の普及活動に軸足が置かれていたように思います。女流棋士には、研修会でB1クラスに昇級するか、アマチュアとして出場した女流公式戦で所定の成績を収めるか、奨励会を6級以上で退会した際に希望すればなれるようです。

棋士編入試験制度

次に棋士編入試験制度についても、簡単におさらいしておきたいと思います。

2005年にアマチュアの瀬川晶司さん(現六段)が、プロ公式戦で17勝6敗という好成績を収め、特例で編入試験を行って合格しました。これをきっかけに、翌年制度化されたのが棋士編入試験です。

現在の制度では、プロの公式戦において、最も良いところから見て10勝以上かつその間の勝率が6割5分以上の成績を収めるか、各棋戦で所定の成績を収めた場合に受験資格が得られます。資格を満たした希望者が申請すると、直近に棋士になった順に5人が試験官となって五番勝負が行われ、3勝すれば合格となりフリークラスへの編入が認められます。

西山女流三冠の場合、2023年6月から2024年7月まで13勝7敗(0.650)の成績で受験資格を得て、9月から五番勝負に挑むことになりました。13勝の中には、当時ダブルタイトル戦に挑戦したばかりの佐々木大地七段や、若手精鋭の梶浦宏孝七段、渡辺和史六段(現七段)らも含まれており、堂々とした内容でした。

棋士編入試験五番勝負

第一局

高橋佑二郎四段が試験官となった第一局は、9月10日に行われました。西山女流三冠がタダ捨ての角で抜け出したかと思われましたが、高橋四段は懸命に手を尽くして反撃し、どちらが勝ってもおかしくない激闘となりました。最後は西山女流三冠が、落ち着いて高橋四段の攻撃を凌いで逃げ切りました。
詳細は下記投稿をしていますので、興味がありましたらご覧ください。

第二局

山川泰熙四段が試験官となった第二局は、10月2日に行われました。対局は山川四段が準備した作戦でリードし、西山女流三冠の攻撃を封じて快勝となりました。気の毒だったのは、西山女流三冠の体調が万全ではなかったことです。直前に予定されていた白玲戦第四局は延期されており、本局も延期の選択肢があったように思います。しかし西山女流三冠自身は、体調管理は自己責任であり、他の棋戦を含めてこれ以上迷惑は掛けられないという思いがあり、延期を望まなかったようです。
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第三局

昨年度の新人王戦に続き、今年度は加古川青流戦を制した上野裕寿四段が試験官となった第三局は、11月8日に行われました。期待の若手らしく上野四段が機敏に仕掛けて主導権を握り、西山女流三冠は勝負手を放って攻め合いに託しました。上野四段は西山女流三冠の猛攻を凌ぎ、最後は鮮やかに寄せ切りました。
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第四局

宮嶋健太四段が試験官となった第四局は、12月17日に行われました。宮嶋四段が香の二段ロケットでリードを奪ったかと思われましたが、西山女流三冠は竜取りに打った角を相手陣に飛び込ませて馬を作り、豪腕を発揮しての見事な快勝となりました。
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第五局

柵木幹太四段が試験官となった第五局は、1月22日に行われました。柵木四段が用意した作戦により、西山女流三冠は飛車を1筋に追いやられて辛抱を重ねる展開となりました。西山女流三冠は玉頭戦に勝負を賭け、緊迫の終盤戦となりましたが、柵木四段は怯むことなく応戦して寄せ切りました。
詳細は下記投稿をしていますので、興味がありましたらご覧ください。

観る将的な所感

あくまでも観る将の視点ですが、5局を通して終盤には西山女流三冠らしい豪腕ぶりが随所に見られたものの、序中盤は受け身に立たされる将棋が多かった印象です。試験後の記者会見で、西山女流三冠は「たくさんの方に注目していただいているということで、それに見合った将棋をという意識もありました」と発言しており、普段より大事に指そうという気持ちが強かったのかもしれません。

アマチュアが棋士編入試験を受ける場合と違い、女流棋士は多くの棋譜が公開されており、試験官たちが入念に事前研究できるという側面もあるのかもしれません。

試験官たちの葛藤

試験官たちは対局後、それぞれが「複雑な立場」で思い悩んだことを吐露していました。女性棋士が誕生する方が将棋界の発展に寄与するのではないか、自分たちにとって公式戦でも何でもない対局の準備にどれだけ時間を割く必要があるのか、若い試験官に葛藤が生じるのは当然のことのように思います。

多くの将棋ファンが西山女流三冠を応援していることは重々承知していたでしょうし、中継されたABEMAには一部の過熱した視聴者から誹謗中傷のような心無いコメントも流されていました。しかし、棋士として簡単に負けるわけにはいかないというプライドもあったことでしょう。

将棋界には、米長哲学(*)という理念があります。5人の試験官は、まさにこの精神で普段以上に準備を重ね、全力で西山女流三冠に立ち向かいました。

(*) 自分にとっては消化試合だが相手にとって重要な対局であれば、相手を全力で負かす

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

西山女流三冠の敗戦後のコメント

残念ながら不合格となった西山女流三冠への、記者からの最初の質問は「棋士の座まで本当にあと一歩というところまで来た、非常に悔しい結果になったと思います。今の率直なお気持ちをお聞かせください」というものでした。これに対する西山女流三冠のコメントを、できるだけ忠実に再現しておきたいと思います。

「そうですね。(5秒ほど唇を噛んで沈黙してから少し微笑んで)でも色々、まあ確かに思いはあるんですけれど、まずは結構難しい立場の中を、5人の試験官の方々には、そうですね本当に(すこし俯いて一言一言噛みしめるように)、公式戦もあってお忙しい中を、結構メリットもないような対局ということで、多分葛藤とか、拝見していたんですけど、それぞれの考えで向き合ってくださったことについて(少し声を詰まらせて)すごく感謝しています」

日本中が注目した対局に敗れた直後、悔しくないはずはありません。ああすれば良かった、こうすべきだったかもしれない、といった自分への様々な思いが交錯したことと思います。しかしわずか5秒ほどの沈黙の後に零れてきたのは、盤を挟んで向かい合う相手の心中を推し測り、感謝する言葉だったのです。

感想戦後の記者会見では、これからの夢を聞かれ、「落ち込んでいる間もなく女流棋戦のタイトル戦をやらせていただくということで、こちらの方も注目していただけると嬉しいですけれども、本当に女流棋界は今、ヒューリック株式会社様を始めスポンサー様の皆様に活性化していただいて、どんどん魅力を増してきた業界かなと思っていますので、私自身そういったところに少しでも携わっていければ良いかなと思っております」と答えています。自分のことより周囲への感謝を語り続けた西山女流三冠は、性別を超えて人としての思いやりを感じさせてくれました。棋士であろうとなかろうと、西山女流三冠をその魅力的な将棋とともに応援し続けていきたいと思います。

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