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「観る将」が観た第64期王位戦第五局

8月22-23日、伊藤園お~いお茶杯第64期王位戦七番勝負第五局が徳島市の渭水苑いすいえんで行われました。本シリーズは藤井聡太王位が3連勝の後、挑戦者の佐々木大地七段が1勝を返しています。

前日の記者会見では、藤井王位が「徳島の方々が楽しみにしていただいている対局だと思うので、期待に応えられるような内容にできればと思っています」、佐々木七段は「自分の力を精一杯出し切って悔いのない将棋にしたいと思いますし、注目度の高い対局ですので熱戦をお届けできるように頑張ります」と話しています。


戦型は横歩取り

落ち着いた雰囲気の対局室に、佐々木七段が淡い藤色の着物と鶯茶の袴、黄味が掛かった白地に細かい柄の羽織を着て入室します。続いて藤井王位は淡い藤色の着物と青灰色の袴、青味が掛かった白地に細い縞模様の羽織で入室します。後手の佐々木七段が2手目に角道を開けて横歩取りに誘導し、藤井王位は青野流で応じます。

佐々木七段が飛車を転回

佐々木七段が2筋に歩を垂らすと、藤井王位は3筋に金を上がって受けます。佐々木七段は角交換してから金を上がって飛車に当て、藤井王位が8筋の飛頭に歩を連打して利きを止めてから飛車を引くと、飛車を2筋に転回します。藤井王位が33分の熟考で2筋に歩を打って受けると、佐々木七段も8筋に歩を打って受けます。

藤井王位も飛車を転回

藤井王位が少しずつ時間を使って左銀を繰り出すと、佐々木七段は7筋に金を、6筋に銀を上がって陣形を整えます。藤井王位は飛車を8筋に転回し、佐々木七段が6筋の歩を突くと、次の39手目を考慮中に昼休となりました。各8時間の持ち時間の内、残り時間は藤井王位が5時間49分、佐々木七段は7時間2分と1時間以上多く残しています。

大長考の封じ手

藤井王位が昼休を挟む33分の熟考で7筋に桂を跳ねると、佐々木七段は銀を上がって6筋の歩を支えます。両者とも銀を4筋に上がって陣形を整え、藤井王位は飛車を下段に引きます。佐々木七段は49分の熟考で力強く△4四金と上がり、藤井王位が4筋の歩を突くと、時折頭を抱えて124分考え、次の46手目を封じました。AIの評価値は藤井王位の52%とほぼ互角、残り時間は藤井王位が4時間45分、佐々木七段は3時間37分と1時間以上少なくなっています。

佐々木七段の端角

佐々木七段の封じ手は、3筋の歩を挟んで間接的に先手玉を睨む△1四角でした。藤井王位は63分の長考で銀を上がって玉のコビンを守り、佐々木七段が3筋の歩をぶつけると、1筋の歩を突いて後手の角を狙います。佐々木七段は3筋の歩を取り込み、藤井王位が1筋の歩を伸ばすと、角を2筋にかわします。

藤井王位の自陣角

藤井王位が▲5六角と据えて8筋の突破を狙うと、佐々木七段は74分の長考で7筋の歩を突いて角の利きを止めます。次の55手目を藤井王位が40分程考えて昼休となりました。AIの評価値は佐々木七段の52%と、ほぼ互角の状態が続いています。残り時間は藤井王位が2時間38分、佐々木七段は2時間19分となっています。

激しい攻め合い

藤井王位は昼休を挟む42分の長考で7筋の歩をぶつけ、佐々木七段が5筋の歩を突いて先手の角を狙うと、7筋の歩を取り込みます。佐々木七段が7筋の桂頭を歩で叩くと、藤井王位は桂を8筋に跳ねてかわします。佐々木七段は5筋の歩を伸ばして角に当て、藤井王位が8筋の歩を成ると、金で"と金"を取って先手の飛成を防ぎます。両者とも読み筋通りなのか、パタパタと指し手が進みましたが、AIの評価値は藤井王位の63%とわずかに傾いています。

藤井王位が角を見捨てて"と金"攻め

藤井王位は7筋の歩を成り、佐々木七段が歩で角を取ると、"と金"で銀を取って詰めろを掛けます。佐々木七段が玉を4筋に寄ってかわすと、藤井王位は5筋の玉頭に迫る歩を取ります。

佐々木七段が角切りの強襲

佐々木七段が金を3筋に上がって角と連携した攻めを図ると、藤井王位は▲5七玉と上がって角のラインから逃れつつ、後手の金の突進を防ぎます。佐々木七段が21分の熟考で2筋の歩を成り捨て、3筋の歩も成り捨てると、藤井王位は44分の熟考で残り45分となり桂で取ります。佐々木七段は△4七角成と銀を食いちぎり、藤井王位が金で取ると、△2七飛成と竜を作ります。

藤井王位の勝負手

藤井王位が残り27分まで考えて▲2四歩と垂らすと、ABEMAでは解説の勝又七段が「ひえぇぇぇぇぇ」と叫びます。この垂れ歩は後手玉に直接迫る手ではなく、先手玉がかなり危険に見えるこの局面では、恐らく誰にも指せない一手です。藤井王位の74%となっていたAIの評価値は、直後に55%まで落ちますが、佐々木七段が長考に沈む間に67%まで戻ります。

終盤の大長考

佐々木七段が96分の大長考で残り12分となり、3筋に銀を打って攻め掛かると、藤井王位は金銀交換に応じ、先手の唯一の勝ち筋である▲6八玉と早逃げします。佐々木七段が竜で王手すると、藤井王位は歩の中合いで竜を3筋に引き付けてから、玉を7筋に引いてかわします。佐々木七段は5筋に角を打って詰めろを掛け、藤井王位が銀を打って逃れると、3筋の桂を取って馬を作ります。藤井王位が7筋に桂を成って金に当てると、佐々木七段は残り5分まで考えて△8七桂とタダ捨ての王手を掛けます。

正確な受けと華麗な寄せ

対局室に大きな雷の音が響く中、盤上にも最終盤の嵐を感じさせる勝負手でしたが、藤井王位は落ち着いた手つきで桂を飛車で取り、佐々木七段が竜で王手すると、桂で合い駒します。佐々木七段が馬を寄って詰めろを続けると、藤井王位は飛車で金を食いちぎって自玉の退路を作りつつ詰めろを掛けます。先手玉は上部に脱出路が開けて寄せが難しく、佐々木七段はすっと背筋を伸ばすと、深々と一礼して投了を告げました。

まとめ

本局は佐々木七段が準備した作戦に藤井王位が堂々と応じ、2日目の昼休明けまで互角の状態が続く熱戦となりました。佐々木七段が力強く金を前進して2-3筋から攻め掛かると、藤井王位も7-8筋から反発して攻め合い、難解な終盤戦に突入しました。藤井王位のAIも予測できない垂れ歩に対し、佐々木七段は残り時間の大半を投じて攻め合いを選択しましたが、藤井王位は正確に受けてから華麗な寄せを魅せ、決着局に相応しい激戦を制しました。

本シリーズのまとめ

本シリーズは藤井王位が4勝1敗で防衛を果たし、4連覇を達成しました。来期は早くも永世称号を懸けた防衛戦になります。来週には王座戦五番勝負が始まりますので、藤井王位には全八冠制覇を期待したいと思います。
記者会見では、藤井王位は佐々木七段の印象について「序盤のうまさというのはもちろん、それ以上に中盤の強さを感じた」と答えました。本シリーズは序盤から双方とも時間を使ってバランスを取る難しい将棋が続き、中盤以降も見応えのある応酬が続く素晴らしい内容でした。惜しくも奪取はなりませんでしたが、佐々木七段がまたタイトル戦の舞台で藤井王位と顔を合わせるのを楽しみにしたいと思います。

本稿は「お~いお茶杯王位戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#oui)
伊藤園お~いお茶杯第64期王位戦第五局 主催:新聞三社連合、日本将棋連盟

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