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【題未定】熊本市電は本当に不要なのか──廃止論への冷静な視点【エッセイ】

 熊本市の路面電車に関して「廃止すべき」という新聞投稿を目にした。

 紙面を確認していないため、詳しい内容は不明だが論旨としては身障者が利用できない、渋滞の原因などを挙げているようだ。おそらく最近頻発している運行トラブルもその理由に含まれるのだろう。

 かつてモータリゼーションという言葉が盛んに喧伝され、鉄道路線や路面電車などの公共交通機関が全国的に廃線になった時期があった。高度経済成長期には自家用車こそが便利、近代的な生活のスタイルという認識が広がり、鉄道利用者は減少し日本中の鉄道路線が縮小されていった。

 ところが数十年たった現在、社会の様相は変化した。環境問題や都市の過密化によって自動車の利用に制限をかけるべきだ、という主張が台頭してきたからだ。サスティナブルな社会の実現には公共交通機関の利用が不可欠であるという事実が広まった。

 そうした時流からか、昨今は路面電車の価値が見直されつつある。栃木県宇都宮市では2023年に宇都宮ライトレールが開業した。これは路面電車の新設としては75年ぶりということだ。開業半年後でも平日の利用者数は1万2000人を超えており、市民の足として定着しつつあるという声もあるようだ。

 路面電車が最も普及している都市と言えば富山市だ。富山市内を走る富山地方鉄道富山軌道線は6系統を抱える最大規模の路面電車である。また高知市を走るとさでん交通は総延長25.3kmという長さで高知市内の東西を繋ぐ交通の要となっている。

 こうした都市で路面電車のために渋滞が発生しているわけではない。かつては路面電車が道路交通の邪魔とされた時代もあったが、多くの都市では道路事情は改善され、また電停の位置も交互設置するなどの工夫が行われている。前述の都市交通はそうした例の典型でもあり、そしてこれは熊本市電も同様である。

 熊本市の渋滞要因は自動車専用道などの道路整備の不備と自動車台数の増加、熊本市に過剰に集中した都市構造の問題である。そもそも熊本市の渋滞で問題化しているのは市電が走っている場所ではなく、国道57号線の神水-田井島間や国道3号線の北部-植木間、あるいは光の森周辺などである。事実、通勤時間帯でも通町筋付近は混み合ってはいるが十分に通行可能なレベルであり、市電が直接的に渋滞要因となっているわけではない。

 身障者の利用に関しては、確かに路面電車はバスと比べて利用しにくい向きはある。身障者に配慮した交通手段を整備する必要性は否定しないが、その点ではほとんどの市電の路線沿いにはバスも並走しており、熊本市内に限って言えばこの批判は的外れだ。加えて身障者の割合は3%弱である。配慮はしても、その人達のために公共交通機関を全廃しろというのは論理が通らない主張だろう。

 たしかに熊本市電には問題が多いことも事実だ。特にここ数年は運行上のトラブルや事故が多発している。運転士が非正規雇用となっていて、練度が下がっているなども原因となっているようだ。また車両の定員が少なく、通勤時間帯には積み残しが発生するなども問題化している。

 こうした問題を解決する必要があるのは事実だが、公共交通機関として定時制や大量輸送に優れた路面電車を廃止するというのはあまりにも視野狭窄な思考だろう。

 今回の延伸計画は規模拡大、利用者増を見込んだ計画であり、また市民の利便性向上には有益な施策であることは事実だ。個人的に利用しないという理由だけで反対をすべきものではないだろう。

 今考えるべきは、市中心部の車両規制とさらなる路線の延長、坪井線や春竹線の復活まで含めた公共交通の見直しである。それこそが来るべき高齢社会とコンパクトシティ化に対応するために必要な議論ではないのだろうか。

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