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【題未定】熊本市の観光資源整備を考える ― 点と点をつなぐ面としての可能性【エッセイ】

 少し前に外国人が鳥居で懸垂をしたり、稲荷神社の参道でダンスを踊る動画が物議を醸したのは記憶に新しい。彼らの振る舞いは日本の文化的にも、またマナーの観点からも許容できないものであるのは間違いない。

 しかし同時に、これらの動画には需要があるからそうした撮影をするわけだ。つまり、少なくとも外国人観光客が寺社仏閣に関して並々ならぬ関心を持っていること、また来日の際には必ず訪れる場所の一つであるというのもまた事実だろう。

 したがって、外国人の需要やインバウンド消費を考えると、観光資源としての寺社仏閣の整備は非常に重要であることは誰の目にも見て明らかだ。実際、伏見稲荷大社や明治神宮は多数の外国人観光客でごった返しているという。九州で見れば太宰府天満宮はその代表格だ。あの参道は一日中、外国語が飛び交っており、溢れんばかりの観光客で息苦しいほどである。

 そうした観点で見ると、私の住む熊本市はどうだろうか。どうにもそうした寺社仏閣の整備が不十分のように感じるのは気のせいだろうか。熊本市観光ガイドのサイトを見るとトップに上がってくるのは熊本城と水前寺成趣園である。もちろんどちらも素晴らしいが、どうにもそれぞれが点と点であって、平面的なつながりに欠けるように見える。

 先ずは立地として少し離れているということが問題だ。徒歩で約1時間程度、市電でも30分ほど移動にかかる。加えて水前寺成趣園の周辺には観光客が見聞するスポットがそう多くはない。また徒歩で移動した場合は、その途中の道も参道と商店街といった関係でもないため、県道を南東側へひた歩くだけとなってしまうのだ。つまり面として観光スポットが機能していないのがこの2つなのだ。

 一方で熊本城の南西側には外国人が好むような施設が点在している。新町、古町地区には古民家と寺が多く存在しているからだ。ところがこれらの多くが観光客が訪れるように整備されているとは到底言えない状況だ。細川家と所縁の深い寺も多いのに、である。また神社も同様で、先日訪れた横手阿蘇神社のような熊本城とゆかりの深い場所にしても、地元の氏子の方が手入れはしているが観光できるような状態ではなかった。そこまでの道に関しても狭い私道を抜けていくような状況だった。

 また熊本城の北西、徒歩30分のところには本妙寺がある。ここは加藤清正の菩提寺であり、複数の寺が建ち並ぶ非常に大きな寺院である。ところがここも雑草や倒れた石柱など荒れた状態で放置されている場所が散見されるのだ。

 こうした寺院はあくまでも個人や特定の宗教法人の所有物であるというのは事実だ。とはいえこうした施設こそがインバウンド需要の主たるものであり、その整備は自治体にとって重要な業務である。必然、公的補助さらに言えば市が主体となって整備を積極的に進めるべきではないだろうか。

 この手の問題は予算やその後の管理といった問題も抱えており、決して単純に片付くものではないだろう。しかしそうはいっても多額の予算が必要というわけではなく、視点や光の当て方の要素が強い問題である。そしてその解決に必要なのは、首長の強いリーダーシップであろう。

 熊本市長である大西氏はその点においてやや精彩を欠くように感じる。氏が熊本地震の復興において大きな成果を上げたのは事実だが、こうした観光や発信力においては今一歩の印象を受ける。その点では福岡市の高島市長に大きく水をあけられていると言わざるを得ない。もちろん、大西市長は他の市町村の首長よりも十分に発信力の強い政治家ではあるのだが、それでも政令市の観光の旗振り役としてはやや力不足に見える。

 総じて熊本市の観光政策、特に個人的に観光資源の整備に関しては疑問を感じる部分が多い。確かに熊本城は地震後の復旧も未だ道半ばであり、こちらに傾注しがちなのは致し方ない部分もあるだろう。しかし観光客は一か所だけで観光をするわけではない。点と点を複数つないだ面で観光周遊を行うことを踏まえた整備が必要なのではないか、毎朝の散歩のたびにそのことを痛感するのだ。

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