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源頼朝と北条政子に夫婦別姓の正当性を求める人たち――歴史を誤用する愚かさ

夫婦別姓を争点化する人たち

先日の衆院選において、選択的夫婦別姓に関して争点化する人たちが存在しました。当然ながら賛成派の動きになりますが、彼らは以下のようなポストをSNS上に繰り返し行っていました。

このポストでは、源頼朝と北条政子を例に夫婦同姓は日本の伝統ではないという主張を行っています。

大前提として選択的別姓に反対ではない

まず大前提として私は夫婦別姓に対して反対派、反対の論陣を組むつもりは一切ありません。

とはいえ現時点における社会的理解、子供を取り囲む環境や社会制度、コストの観点から、現状で安易に導入することは難しいだろうとは考えています。しかし一方で、別姓に対しての要望が強まることも十分に考えられ、まずは旧姓の利用の幅を増やしつつ調整をすべきという立場です。

しかしながら今回の賛成を自称する件のハナブサ氏のポストやこれを礼賛する人たちの動きには正直呆れています。彼らの論拠があまりにも的外れ、見当違いであり、愚かな言動だからです。

「氏」と「姓」という意味

このポストにはコミュニティノートによる指摘がついています。この指摘こそが正鵠を射ているのです。

例に上がっている「源頼朝」は鶴岡八幡宮の記録によると「前右兵衛佐源朝臣頼朝さきのうひょうえのすけみなもとのあそんよりとも」といいます。ここでの「右兵衛佐うひょうえのすけ」は官職、「さきの」は以前のという意味です。「源」がうじ、「朝臣あそん」がかばね、「頼朝」が名となります。

この時代の名前を現代のそれと単純比較はできませんが、現代苗字と呼ばれるものはこの中には存在しません。氏は天皇から下賜された一族名です。頼朝も属する「源氏」は元を辿ると天皇の子供で皇族から臣籍降下をしたものに下賜される一族名です。

現在大河ドラマで扱われている「源氏物語」の主人公「光源氏」は嵯峨天皇の子で臣籍降下した源融みなもとのとおるをモデルにしています。これは一般に嵯峨源氏と呼ばれる人たちです。

ちなみに源頼朝は清和天皇(惟仁親王)をルーツとする清和源氏、その中でも河内(大阪府羽曳野市周辺)を本拠地とした氏族集団に属しています。

源頼朝と北条政子

では北条政子はどうかというと、そもそも彼女の本当の名前自体が不明です。幼名は「万寿」という説もありますが定かではありません。彼女は北条時政の娘=北条政子と呼ばれているに過ぎないのです。別称で平政子という表現も存在します。

ちなみに北条時政も北条四郎を名乗っており、時政という名を使ってはいなかったという説が有力です。彼の本名は「平時政」であり、「氏」は平、政子もまた「氏」は「平」ということになります。
(これからわかるのは、平清盛から源頼朝への権力の移行は平氏から源氏ではなく別の平氏へと移ったものということです)

夫婦別姓(別氏)制度の例として不適切

夫婦別姓を議論したい人の多くは女性の権利が侵害されているということを問題視しているからでしょう。では今回の北条政子の例を挙げるのはその争点に対して適切なアプローチと言えるでしょうか。

そもそも北条政子は当時そのような名前で呼ばれていませんし、時政の娘というような表現でしか扱われる人物です。これは当時の女性の扱いの例にもれないものです。かの有名な紫式部にしても正確な名前は不明であり、藤原為時の娘、清少納言も清原元輔の娘というのが知られた呼び名です。

つまり当時は女性が一人の人格として尊重されておらず、また嫁先の名前を頂けないという差別的な状況ですらあるのです。どうしてこれを夫婦別姓の歴史的根拠として上げることができるでしょうか。正直なところ、自身の無知蒙昧を喧伝するか、あるいはそうした知識の無い人を悪意を持って誘導する意図しか見えないのは気のせいではないでしょう。

争点化したいのならば実利的な部分のみで争うべき

結局のところ、今回のキャンペーン、アプローチは雰囲気で押し切ろうという強引さは見えども、論理性や歴史的整合性を欠いており、あまり深く知らない庶民を誤った知識で誘導しているようにしか見えないのです。

本当にこの内容(選択的夫婦別姓)に関して議論を巻き起こしたい、変化をもたらしたいと考えているのならば、現時点における問題点とその解決方法を軸に主張をすべきです。間違っても不確か、それどころか虚偽の歴史的事実をもって自身の主張を補強するべきではありません。そうした態度は主張そのものの正当性さえも揺るがす可能性があるでしょう。

繰り返しになりますが、夫婦別姓に関しては時代の流れに応じて許容せざるを得ないと私は考えています。しかし今回のような歴史を改ざんするような人々に与したいとは決して考えません。そして同様に考える人は決して少なく無いでしょう。そのあたりに彼らの今回のキャンペーンの誤りが如実に影響しているのは間違いないのではないでしょうか。


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