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オリジナル短編小説: 『見知らぬ声』 3日目


『見知らぬ声』-3日目-

一週間短編小説 -3日目-


翌朝、咲子は眠れぬ夜を過ごした後、重い足取りで台所に向かった。母はいつも通り朝食の準備をしていたが、咲子の中には一つの決意が固まっていた。昨夜の電話に出た瞬間の、あの冷たい声。もうこれ以上、謎を抱えたままではいられない。

「お母さん、ちょっと話があるんだけど…」

母は咲子の表情を見て、すぐに何かが違うことに気づいたのか、手を止めた。

「どうしたの、咲子?顔色が悪いわね。」

咲子は深呼吸をして、机に座った。そして、できるだけ冷静に昨夜の電話のこと、そして「母に聞いて」と言われたことを伝えた。母の表情はみるみるうちに強張り、咲子の話を聞き終わった時には、全身が硬直しているように見えた。

「…咲子、その電話のことは忘れなさい。」

母の声は冷たく、まるで咲子がこれ以上何も追及しないように制止するかのようだった。しかし、咲子はそれで引き下がるわけにはいかなかった。

「お母さん、何か隠してるんでしょ?私にそっくりな女の子が写った写真、あの子は誰なの?どうしてあんな電話がかかってくるの?」

母は沈黙した。キッチンに響くのは、時計の秒針がカチカチと音を立てるだけ。咲子は母の表情をじっと見つめていた。母はついに、静かに口を開いた。

「…あなたには…妹がいたの。」

咲子の心臓が一瞬止まったように感じた。信じられない。妹?今まで一度もそんな話を聞いたことはなかった。

「妹…?そんな、嘘でしょ?」

母は静かに首を振った。目には深い後悔の色が浮かんでいる。

「本当よ。あなたがまだ赤ん坊だった頃、妹がいたの。名前は…楓(かえで)。でも、彼女は…」

言葉が詰まり、母は目を伏せた。そして、絞り出すように言葉を続けた。

「楓は、事故で亡くなったの。あなたが1歳になる前のことだったわ。あまりにも小さな子で、あまりにも突然の出来事で、私は…どうしても受け入れられなかった。だから、その話を誰にも、あなたにも…話さないと決めたの。」

咲子はその言葉を聞いて、頭が真っ白になった。妹がいたなんて、しかもその妹が亡くなっていたなんて。今までそんな事実を一度も知らなかった。

「じゃあ…あの写真の女の子は、楓だったの?」

母は静かに頷いた。「あの写真は、楓と私が最後に撮ったもの。あなたには似ているけど、あれは楓よ。」

咲子は、心の奥で何かが震えるのを感じた。あの見知らぬ声、電話での「私を思い出して」という言葉が、急に重くのしかかってきた。

「じゃあ…あの電話の声は、楓なの?彼女が私に何かを伝えようとしてるの?」

母は答えられず、目を伏せたままだった。しかし、咲子の中では、全てが繋がっていく感覚があった。妹、楓。自分に似ている少女。そして、忘れ去られた存在。

咲子は不安と恐怖を感じつつも、妹の声が確かに自分に届いていることを理解し始めていた。だが、その声が咲子に何を求めているのか、それはまだわからなかった。

「お母さん、楓は何を伝えたいんだろう?どうして今、私に連絡してきてるの?」

母は再び深いため息をつき、絞り出すように言った。

「私にもわからない…。でも、咲子、楓があなたに何かを伝えようとしているなら、聞いてあげなさい。もしかしたら、私が聞くべきだったことなのかもしれない…」

咲子は深く頷いた。楓が自分に何を求めているのか、それを確かめるために次の電話を待とうと思った。もう逃げることはできない。自分の過去と、妹の声に向き合う決意が生まれていた。

その夜、再び電話が鳴るかどうかを、咲子は静かに待ち続けた。


4日目に続く

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