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本は人を映す鏡 / 『ぼくは勉強ができない』

18歳で実家を出てから、14年の間に9回引っ越しをした。京都、東京、横浜、川崎、名古屋、東京、そしてニューヨーク。引っ越し好きだからという訳では決してなく、進学、就職、転勤、転職、結婚など様々なライフステージの変化から自然とそうなった。引っ越しが多いと自分の所有物を最小限にする癖がつき、その中でも本は特に嵩張るため、手放すことが多かった。

しかし、お気に入りの本はどこに引っ越すことになろうとも連れて行くようにしている。もし泣く泣く手放すことがあったとしても、縁のある本は、また購入したり、誰かから譲り受けたりして、自分のところに戻ってくるのが面白い。今は購入する本のほとんどが電子書籍だけれども。

同じ本を何度も読み返す意味

本は、何度も何度も読み返すことによってその価値を発揮すると私は思う。素敵な本だな、と思い、一行一行噛み締めながら読み返すのも良い。最後のオチを知ってから、伏線を回収しながらもう一度読むのも良いかもしれない。

しかし、数年自分のそばに寝かせておいて、時が来たら改めて読み直すのが私は好きだ。心に響く数冊は、自分の人生のライフステージが変わる度に読み返してこそ、その輝きを増すものなのだと思う。

本は不変、だが人は変わる

本は物理的にその形を変えることはない。だが、読み手である「私」は常に変化し続けるので、本それ自体が様々に形を変え、まるで違う物語を読んでいるかのように思えてくる時がある。本は人を映す鏡。本を読み返せば、自分の変化や理解できなかった描写に改めて気付くなどの新たな発見が必ずある。

例えば、私のお気に入りのひとつに山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』という本がある。この本を初めて読んだのは中学生の頃だった。

優等生だった中学時代

私は結婚するまで「時田」という名前だったので、この本の主人公時田秀美に勝手に共感を覚えていた。しかし、中学時代の私は他の人より勉強ができたせいか「大学に行かないやつはろくな人間にならない」と考えている脇田のような、大人の言っていることをそのまま自分の考えだと信じて疑わない、つまらない人間だったように思う。だから主人公に対して、親しみと同時に、理解できない不気味さのようなものも感じていた。

劣等生だった高校時代

特に受験勉強に苦労もせず、進学校に進んだ。しかし、そこで私は典型的な劣等生になる。まず春休み明けの数学のテストで47点をとる。そのときの平均点は80点。「はじめだからみんなよくできてました。」総括をする教師。「みんな」の中に私はいない。春休みに宿題をする習慣、そして学校で習っていないことを自分で学習するという概念、そのどちらも私にはなかった。そして、その後も予習してきたことをひたすら答え合わせをするだけの授業についていけなくなり、やがてついて行く気もなくなり、予習ではなく授業前に他のクラスの友人のノートを借りる、という活動に精をだすようになった。もちろん、勉強はできない。

ある日、センター試験の過去問題集を解いているときに、『ぼくは勉強ができない』の中の「眠れる分度器」が抜粋されているのを見つけた。この本読んだなーと受験勉強そっちのけで改めて本を読み返してみる。中学時代には分からなかった「勉強ができない」気持ちや、別にそれでもいいや、と思っていることが今の自分とリンクして、本当の意味で主人公の気持ちに共感できたのがこの頃だった。また、中学時代には理解できなかったことが、様々な経験を経て理解できるようになった。

自分の立場が変われば、本の中の立ち位置も変わる

中学時代、高校時代だけでもこんなに大きく違う。大学進学、就職、結婚、出産…。様々なライフステージを経るなかで、その度にこの本を読み返して来たけれども、毎回毎回違った内容に思えてくるから面白い。例えば、出産を経た今、この本に出てくる大人たちの言動や立ち居振る舞いに私は一番興味がある。以前は主人公など子ども達側に立っていたのに、今や私はあの頃の自分とは違う自分であることに気付く。これまでは脇役でしかなかった大人達が、急に主人公のように思えてくる。そしてそれまでは理解できなかった大人達の事情や葛藤を、すんなり受け入れることができる自分がいる。(今この本を読んで感じたことは、後日別のnoteに書き記そうと思う。→書きました

ライフステージの変化だけではない。何かがうまくいって嬉しいと感じているときと、うまく行かず悔しい、悲しいと感じているとき。同じ「私」が本を読んでも、心に響く箇所は確実に違ってくる。「こんな描写あったっけ?」と毎回新鮮な気持ちになる。だから本を読むことは面白い。

本をよく読む人でも、読まない人でも、学生の頃にお気に入りだった一冊はきっとあると思う。この秋の夜長に、是非もう一度その本を読んでみて欲しい。その本は、昔読んだときとは違った表情を見せるはずだから。


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