6人前の豆ごはん
高校生の時、家庭科の調理実習で豆ごはんを作る係になった。6人班で、友達と2人で担当した。
作り方は簡単である。お米を研ぎ、計量した水を入れて浸水させ、そこに豆を入れて炊く。味付けは塩と酒、こんぶ。
お米の準備を終え、あとは調味という段になったところで、隣の班のアキちゃんが来た。
「ねえ、塩の量って、あれを6倍すればいいんだよね?」
そう言って黒板を指さした。黒板にはその日作るメニューの材料が板書してある。
「6倍?」
「だってあれ、1人分の材料でしょ?」
見ると、左上の書き出しのところに「材料 1人分」と書いてあった。
「ああほんとだ。じゃあ、6人だし6倍するんじゃない?」
「そうよね、それでいいんだよね」
「うん、小さじ6だね」
私が「小さじ6」という答えを出すと、アキちゃんはよし、と納得した顔で戻っていった。
「じゃ、小さじ6ね」
「良かったね、知らせてもらえて」
私は担当の子と二人でそんなことを言って調味を開始した。ここで間違えては大変なので、慎重に「い~ち、に~い」と声を合わせて数を数え、塩を入れていく。
計量スプーンからさらさらと流れ落ちていく塩を見ながら、4杯目位で一瞬、「さすがにこれは多くないか?」という思いが頭をよぎり、思わず黒板を見た。確かに「塩 小さじ1」と書いてある。視線を左上に移すと、これも確かに「材料 1人分」と書いてある。間違いない、これで合ってる。6人だから小さじ6で大丈夫。よし、あとはこれを炊けばおいしい豆ごはんの出来上がり!
「ちょっ…これ、しょぱぁ~い!!」
無事に献立が仕上がり、いただきますを言った後、一番に豆ごはんを食べた班の子が驚いた声を出した。え、塩辛い?ご飯が?あれ、塩、偏ってた?混ぜ方が悪かったかな?いやでも、塩加減は好みだからね。私は多少塩が効いてた方が好きだけどな。
そんなことを思いながら「え~、そうなの?」とか言いつつ、大好物の豆ごはんを口に運んだ。
「しょっぱ!!」
私は思わず叫んでいた。好みとか、塩が効くとか効かないとかの問題じゃない。海水か?保存食か?っていうくらい、しょっぱい。これは無理だ。
どういうこと?!と思って、私は隣の班に走った。アキちゃんのとこも、こんなにしょっぱいのか?!
「ん?いや別に?おいしくできたよ?」
アキちゃんは口をもぐもぐさせながら、こともなげに言った。
「え、だって、塩は小さじ6でしょ?!」
ああ、とアキちゃんは笑って、黒板を指さすと「一番最後」と言った。材料一覧の最後尾、黒板の右下を見ると、なんとそこには、緑の黒板に緑のチョークで
※塩の量は6人分
と書いてあったのである。え、ええええ~。なぜそこだけ6人分?それにアキちゃん、それならそうと、アキちゃん、気づいたなら教えてくれよぉ~!
しょんぼりして自分の班に戻り、失敗の原因をみんなに説明する。何倍の塩を入れてしまったのか、もう考えたくもない。
「将来、同窓会で会った時に、私たちが高血圧になってたら原因はこの豆ごはんだね」
そんなことを話しながら、口をつけた分のご飯は食べてもらい、残りは、みんなはいいよと言ったけど、責任をとって私がおにぎりにして持って帰った。
帰宅して、おにぎりをテーブルに出し、親にこの出来事を話す。おいしそうにつやつや光る豆ごはんのおにぎり。しかしこいつは凶暴なやつなのである。こうして持って帰ってきたはいいが、さてこれをどうしよう…?
と、その時兄が帰ってきた。部屋に入ってくるなり「お、いいもんがある!も~らいっ」と言っておにぎりを取った。
「あっ、それはダメ、それは…」
言いかけた私を、兄は
「ケチケチすんなって。じゃ、俺バイト行ってくるわ」と言って制し、すぐにまた玄関に向かった。
廊下を歩く足音が、爆発までのカウントダウンのような気がした。3、2、1…
「うわぁ~!!なんだこのおにぎり~!!」
私は玄関から響いてくる兄の断末魔を聞き、「食べたか…」とつぶやいた。だからそれ、ダメって言ったのに。