EXIT兼近事案から学ぶ公序と公共性
概要
パリピ口調のネオ渋谷系漫才で人気上昇中のお笑いコンビ「EXIT」の兼近大樹に文春報道が出た。高三の女子生徒に男性客といかがわしい行為をさせた斡旋の罪で二十歳の時に逮捕され、罰金刑10万円の判決を受けていたという。兼近は北海道札幌市北区の出身。この話は、どうもあのすすきの界隈での話らしい。これを受けて当人がTwitterにコメントを出した。
関係者、応援してくれている皆様へ
この度は、お騒がせしてご迷惑をおかけしてしまい大変申し訳ございません。
吉本、相方、先輩、後輩達にもご迷惑をおかけしてしまい本当申し訳ないです。
今回の事で改めて自らの過去としっかりと向き合おうと思いました。
兼近は過去の法律違反を美談にする気も肯定する気もありません。
今は永遠に背負い続け、こんな俺が夢を見たり簡単に他者と関わってはいけないと再認識しています。
しかしこんな俺だからこそ出来る事、見てほしい事、伝えられる事が沢山あると思って居ます。
この件は被害者が居なかったかもしれませんが法に裁かれずとも俺は沢山の人に迷惑をかけたり傷付けてしまったりして生きて来ました。
でもどれだけ自分の生まれ落ちた場所、育って来た環境、当時当たり前になっていた普通を恨んでも、それは俺を生み育ててくれた親族、先生や友達、関わってくれた全て方の人生も否定する事になるので、恨んだり後悔する事はやめました。
そんな自分を否定する事を辞めれるよう、それがあったから今がありますといつか言えるような生き方をするように毎日心がけています。
最初から真面目にドロップアウトせず日々過ごしている皆様が正しいと思います。俺は途中から道に戻ろうとしてしまった別世界の奴なので同情してほしいなんてクソほども思いませんしそれでも俺はまだみんなと生きていきたいと思ってしまっています。
60億人60億色の生き方があって中には自分の今いる場所に違和感を感じている人も居ると思う。
そこから抜け出しても受け入れてくれる場所はまだあるぞと、失敗しても抜け出して楽しんで生きてる俺を見せることが人を励ます事になれればと本気で思っています。
今回の未成年時の罪を報道されてしまった事に関しては自分のした事なので、ルールはどうあれ受け入れます。
むしろ世に事実を伝えられたので多少の感謝もあります。
もちろん事実ではないことも多く書かれてあるので、それは文春さんが兼近の否定の文章も載せてくれています。
見出しだけで判断せず、買って内容を読んで見てください。
多少のカットはあるものの割と兼近の言葉で書いてくれてます。
何故そんな日々を送っていたか、兼近の何が本当で何が違うのかを知りたいと思う方には全て本当の話を別媒体で必ずしたいと思います。
日々の辛いことの出口になれるようなコンビEXITをこれからもよろしくお願い致します。
「この件は被害者が居なかったかもしれませんが」や「むしろ世に事実を伝えられたので多少の感謝もあります。」等をあえて入れ込んだのは素直な気持ちの表れだったのか、意図的だったのかはよく分からないが、いずれにせよ少し世間で波紋を呼んだ。
売春防止法の「被害者」とは
「少女」「売春」「あっせん」という言葉が続いたこともあって、一部に誤解も含んだ批判もあった様だが、売春防止法と児童売春法はまったくの別物である。
売春防止法は、元は戦後間もなくの昭和32年に成立した法律だ。当時は、赤線と呼ばれる公認で売春が行われていた地域が存在した。そうした地域の風紀の乱れが目に余る様になり、社会的な批判・非難の機運と共に生まれたものだ。実際に、「赤線」はこの法律の施行の翌年に廃止されたこととなっている。
法律は冒頭において、
第一条 この法律は、売春が人としての尊厳を害し、性道徳に反し、社会の善良の風俗をみだすものであることにかんがみ、売春を助長する行為等を処罰するとともに、性行又は環境に照して売春を行うおそれのある女子に対する補導処分及び保護更生の措置を講ずることによつて、売春の防止を図ることを目的とする。
第二条 この法律で「売春」とは、対償を受け、又は受ける約束で、不特定の相手方と性交することをいう。
第三条 何人も、売春をし、又はその相手方となつてはならない。
「人としての尊厳」「性道徳」「社会の善良の風俗」といった言葉が並ぶことからも分かる様に、この法律は一定の社会的規範を提示している。第5条以降ではその具体的な類型として、
第5条:勧誘等
第6条:周旋等
第7条:困惑等による売春
第8条:対償の収受等
第9条:前貸等
第10条:売春をさせる契約
第11条:場所の提供
第12条:売春をさせる業
第13条:資金等の提供
等と続いていく。
ただし、これまでの説明から分かる様に、本法律は年齢に対してスポットをあてたものではない。17条では、
第十七条 第五条の罪を犯した満二十歳以上の女子に対して、同条の罪又は同条の罪と他の罪とに係る懲役又は禁錮につきその刑の全部の執行を猶予するときは、その者を補導処分に付することができる。
あくまで補導処分についての規定であり、主眼は社会規範にある。
最高裁(S30/10/7)
当時の判例を一つ見ておこう。昭和30年10月7日、この法律ができる前に、上記で言う前貸(前借)を公序良俗として無効にしたものだ。「料理屋業に関する酌婦稼働」とある。酌婦とは、宴席に侍し杯盤の斡旋をなすことを業とする者のことであるが、当時は売春業がセットであることが普通であった。要は借金のカタに娘を売った、事案である。下記の通り、娘は16歳未満であったが、契約の公序性にスポットが当たっていることが分かる。今だったら有無を言わさずにアウトだが、高裁が「半分だけ無効」としたことからも分かる様に、当時、「児童の権利」擁護という観点は一般的ではなかったのだ。
(判決文)
原審認定の事実によれば、上告人A1は、昭和二五年一二月二三日頃被上告人等 先代Dから金四〇、〇〇〇円を期限を定めず借り受け、上告人A2は、右債務につ き連帯保証をしたが、その弁済については、特にA1の娘EがD方に住み込んだ上、 同人がその妻の名義で経営していた料理屋業に関して酌婦稼働をなし、よつてEの うべき報酬金の半額をこれに充てることを約した、前記Eは当時いまだ一六才にも 達しない少女であつたが、同人はその後D方で約旨に基き昭和二六年五月頃まで酌 婦として稼働したに拘らず、Eの得た報酬金はすべて他の費用の弁済に充当せられ、 上告人A1の受領した金員についての弁済には全然充てられるにいたらなかつたと いうのである。そして原審は、右事実に基き、Eの酌婦としての稼働契約及び消費 貸借のうち前記弁済方法に関する特約の部分は、公序良俗に反し無効であるが、そ の無効は、消費貸借契約自体の成否消長に影響を及ぼすものではないと判断し、上 告人両名に対し前記借用金員及び遅滞による損害金の支払をなすべきことを命じた のであつて、以上のうちEが酌婦として稼働する契約の部分が公序良俗に反し無効 であるとする点については、当裁判所もまた見解を同一にするものである。しかし ながら前記事実関係を実質的に観察すれば、上告人A1は、その娘Eに酌婦稼業を させる対価として、被上告人先代から消費貸借名義で前借金を受領したものであり、 被上告人先代もEの酌婦としての稼働の結果を目当てとし、これあるがゆえにこそ前記金員を貸与したものということができるのである。しからば上告人A1の右金 員受領とEの酌婦としての稼働とは、密接に関連して互に不可分の関係にあるもの と認められるから、本件において契約の一部たる稼働契約の無効は、ひいて契約全 部の無効を来すものと解するを相当とする。
児童売春防止法
他方で、児童売春防止法は少し沿革が異なる。本法律ができたのは1999年のこと。当時ストックホルムで開催された「第1回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」で児童ポルノの8割が日本製と指摘され厳しい批判に合い、加えて日本においては援助交際が社会問題化していたことを世界でクローズアップされ、日本は児童への性的搾取に対する取組が遅れていると世界中から批判されていた。設立当時の正式名は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」と言い、2014年の改定を経て現在は「児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律」と言う。
本法律は冒頭でこう始まる。
第一条 この法律は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性に鑑み、あわせて児童の権利の擁護に関する国際的動向を踏まえ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を規制し、及びこれらの行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利を擁護することを目的とする。
第二条 この法律において「児童」とは、十八歳に満たない者をいう。
対象は18歳未満の「児童」であり、その目的は「児童の権利の擁護」だ。その上で、児童売春を以下の様に定義する。
2 この法律において「児童買春」とは、次の各号に掲げる者に対し、対償を供与し、又はその供与の約束をして、当該児童に対し、性交等(性交若しくは性交類似行為をし、又は自己の性的好奇心を満たす目的で、児童の性器等(性器、肛門又は乳首をいう。以下同じ。)を触り、若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。以下同じ。)をすることをいう。
一 児童
二 児童に対する性交等の周旋をした者
三 児童の保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)又は児童をその支配下に置いている者
売春という言葉でいう「春」とは情愛の比喩である。「春を売る」という点においては、売春防止法も児童買春防止法も共通しており、法律上も「対償を供与し、又はその供与の約束をして」という文言は同じであるが、法律が保護している範囲がまったく違う。
先の兼近のコメントに言う「この件は被害者が居なかったかもしれませんが」という言葉の裏の思いはこの辺りに隠れているのだろう。報道によれば、この「少女」は19歳だった様だ。
吉本興業の反論
そもそもこの事案は世の中に公表しなければならなかったのか。
闇営業問題で揺れた所属事務所の吉本興業であるが、この一件に対する行動は早かった。9月5日のプレスリリースで「当社所属タレント兼近大樹に関する一部報道について」として以下の様に文春に反論する。
株式会社文藝春秋社が発行する雑誌「週刊文春」(2019年9月12日号)において、弊社所属タレント「EXIT」兼近大樹(以下、「兼近」といいます。)について、過去に刑事処分を受けた事実があるという内容の記事(以下、「本件記事」といいます。)が掲載されております。
弊社所属タレントに限らず、ある者が刑事事件につき被疑者となり又は有罪判決を受けたという事実は、その名誉又は信用に直接関わる事項として、プライバシー権・名誉権による憲法上の保護を受けることが裁判例上確立しています。そして、その者が有罪判決を受けた後は、更生し、社会に復帰することが期待されているところ、公益を図る目的なしに前科に係る事実を実名で報道することは、不法行為を構成し得る行為とされております。しかも、当該刑事処分が未成年の時点での犯行に対するものである場合には、成人後に犯した犯罪に対する刑事処分よりもその報道について一層の留意が必要であると考えられます。仮に、未成年時の前科に係る事実を、その事件から長期間経過した後に、正当な理由なく軽々に実名で報道することが許されるとすれば、未成年の者についてその後の更生の機会を奪ってしまうことになりかねず、社会全体として非常に危惧すべき問題であることは明白です。
本件記事は、兼近が未成年であり、弊社に所属して芸能活動を開始する前の2011年の時点における事実を、公益を図る目的なく報道するものであり、弊社所属タレントのプライバシー権・名誉権に対する重大な侵害にあたると考えざるを得ません。また、本件記事は、兼近が何らの刑事処分を受けていない事実についても、あたかも兼近が犯罪行為を行ったかのように伝えており、この点においても弊社所属タレントへの著しい権利侵害となるものです。
弊社としては、週刊文春の発行元である株式会社文藝春秋社に対し、事前に、①本件記事は公益性なく弊社所属タレントの前科を実名で報道するものである、②しかも、当該前科はタレントが芸能活動を開始する前の未成年の時点におけるものである、③さらに、何ら刑事処分を受けていない事実についても、あたかも犯罪行為を行ったものであるかのように報道するものであり、兼近の人権を著しく侵害するものであることを伝えておりました。しかし、文藝春秋社は、これらの点を全く考慮することなく、本件記事を掲載するに至っており、弊社としては、同社の報道機関としての倫理観・人権意識の希薄さについて大変遺憾に考えており、文藝春秋社に対し本件記事を掲載した行為について強く抗議するとともに、民事・刑事上の法的措置についても検討して参る所存です。
また、弊社は本件事実について兼近より事前に相談を受けておりましたが、兼近がその後自らの行為を反省、悔悟し、当時の関係者とは一切の関係を断ち切り更生して新たな人生として芸能活動を続けており、また、上記のとおり未成年時代の前科という高度のプライバシー情報であることも鑑みて特段の公表はせずにおりました。弊社としては兼近が今後も芸能活動を通じて社会に貢献できるよう、芸能活動のマネジメントを通じて最大限に協力してまいります。取引先各位におかれましても、未成年時代の前科・前歴に係る事実が重大なプライバシーに関する事柄であること、何ら刑事処分を受けていない事実について犯罪行為を行ったかのように報道されることが弊社所属タレントの権利を著しく侵害する行為であることについてご理解いただいた上、兼近のタレント・私人としての生活に支障が出ることの無いよう、この場を借りて切にお願い申し上げます。
前科に関する公表の妥当性は過去にノンフィクション「逆転」で問われた。(詳細は下記リンク参照)
https://note.mu/shizulca/n/n94e9217b7be1
その中で裁判所は、「ある者の前科等にかかわる事実を実名を使用して著作物で公表したことが不法行為を構成するか否かは、その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができるものといわなければならない。」
「本件事件及び本件裁判から本件著作が刊行されるまでに一二年余の歳月を経過しているが、その間、被上告人が社会復帰に努め、新たな生活環境を形成していた事実に照らせば、被上告人は、その前科にかかわる事実を公表されないことにつき法的保護に値する利益を有していたことは明らかであるといわなければならない。」
等の分析を経て、この実名報道の必要性を否定した。
過去の古傷をどういう目的でどこまで掘り起こせるのか、掘り起こすべきなのか、が問われているといえる。
週刊文春のコメント
この吉本からのリリースを受けて、週刊文春はオンライン上でこうコメントをしている。
(前半略)
兼近さんは逮捕によって、更生を決意して、芸人を目指し、上京しました。兼近さんは「週刊文春」に逮捕について、こう語っています。 「自分のやっていること、生きてきた道っていうのが外れてる道をただ走っていたんだなってことにそこで気づいて、警察の人と話して、出たらむこう(東京)に行く手続きをとって」 ご本人の言葉にもあるように、兼近さんという芸人を語る上で、逮捕の過去は、切り離せない事実です。また、テレビ番組に出演し、人気を集める芸人は、社会的に影響力が大きい存在です。 「週刊文春」では、兼近さんが取材に対して、「やっと話せる」「すべてをさらけ出してほしい」と説明されたことを踏まえて、記事を掲載しました。 3ページにわたる記事をお読みいただければわかるように、「週刊文春」記事は逮捕の過去によって現在の兼近さんを否定するものではありません。兼近さんという芸人がいかに生まれたのかを、ご本人の言葉によって伝える記事であることは、読者の皆様にご理解いただけるものと思います。
本人の意向も踏まえて、事実をそのまま報道した、記事に否定的な意味はない、と言う。
忘れられる権利?(H29/1/31)
本当に「今は永遠に背負い続け、こんな俺が夢を見たり簡単に他者と関わってはいけない」のだろうか。犯罪の履歴は一生付きまとうのかについては、昨今のインターネット時代において色々と議論がある。ヨーロッパにおいては自身の犯罪履歴をGoogleに削除する申し立てする権利が認められ、昨今欧州域内の個人情報保護として導入された共有規制であるGDPRにおいては(*日本語は仮訳)、
Article 17 Right to erasure (‘right to be forgotten’)
1. The data subject shall have the right to obtain from the controller the erasure of personal data concerning him or her without undue delay and the controller shall have the obligation to erase personal data without undue delay where one of the following
grounds applies:
1. 以下の根拠中のいずれかが適用される場合、データ主体は、管理者から、不当に遅滞することなく、自己に関する個人データの消去を得る権利をもち、また、管理者は、不当に遅滞することなく、個人データを消去すべき義務を負う。
(a) the personal data are no longer necessary in relation to the purposes for which they were collected or otherwise processed;
(a) その個人データが、それが収集された目的又はその他の取扱いの目的との関係で、必要のないものとなっている場合。
(b) the data subject withdraws consent on which the processing is based according to point (a) of Article 6(1), or point (a)of Article 9(2), and where there is no other legal ground for the processing;
(b) そのデータ主体が、第 6 条第 1 項(a)又は第 9 条第 2 項(a) に従ってその取扱いの根拠である同意を撤回し、かつ、その取扱いのための法的根拠が他に存在しない場合。
(c) the data subject objects to the processing pursuant to Article 21(1) and there are no overriding legitimate grounds for the processing, or the data subject objects to the processing pursuant to Article 21(2);
(c) そのデータ主体が、第21 条第1 項によって取扱いに対する異議を述べ、かつ、その取扱いのための優先する法的根拠が存在しない場合、又は、第21 条第2 項によって異議を述べた場合。
(d) the personal data have been unlawfully processed;
(d) その個人データが違法に取扱われた場合。
(e) the personal data have to be erased for compliance with a legal obligation in Union or Member State law to which the controller is subject;
(e) その個人データが、管理者が服する EU 法又は加盟国の国内法の法的義務を遵守するために消去されなければならない場合。
(以下略)
等と明文化された。
一方で、日本ではこれに関する最高裁判例が平成29年に出た。
訴えたのは、児童買春の容疑で平成23年11月に逮捕され,同年12月に同法違反の罪により罰金刑に処せられた者。この逮捕事実は逮捕当日に報道され,その内容の全部又は一部がインターネット上のウェブサイトの電子掲示板に多数回書き込まれているが、人格権ないし人格的利益に基づき,本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをした事案だ。最高裁は以下の様に述べて、この申し立てを否定した。日本の裁判所は未だ犯罪者に相当に厳しい。ただし、この事案も児童買春に関するものであって、判決も理由の一部で「児童買春が児童に対する性的搾取及び 性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁 止されていることに照らし」としている。
(判決文)
検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅 的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を 整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結 果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムによ り自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の 方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果 の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。また,検索事業者に よる検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インター ネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するも のであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割 を果たしている。そして,検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ,その削除を余儀なくされるということは,上記方針に沿った一貫性を有する表 現行為の制約であることはもとより,検索結果の提供を通じて果たされている上記 役割に対する制約でもあるといえる。 以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索 事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに 属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一 部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該UR L等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達され る範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事 等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記 事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と 当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判 断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明 らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除するこ とを求めることができるものと解するのが相当である。
これを本件についてみると,抗告人は,本件検索結果に含まれるURLで 識別されるウェブサイトに本件事実の全部又は一部を含む記事等が掲載されている として本件検索結果の削除を求めているところ,児童買春をしたとの被疑事実に基 づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライ バシーに属する事実であるものではあるが,児童買春が児童に対する性的搾取及び 性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁 止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。ま た,本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合 の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程 度限られたものであるといえる。
以上の諸事情に照らすと,抗告人が妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処 せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわ れることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越するこ とが明らかであるとはいえない。